第49話 九条シキの査定
十一月の終わり、俺は支部長室に呼ばれた。
机の上に、書類が積まれていた。
俺が地下書庫で書いた、記録の写しだった。
「――四十七件、書いたな」
「はい」
「これは、灯守の書式ではない」
「はい」
「様式外の文書を、公式記録に混ぜるのは、規則違反だ」
九条支部長は、書類を指で叩いた。
「――だから、新しい様式を作った」
彼女は、一枚の紙を出した。
『灯守 補完記録票 様式第七号(第七支部試行)』
「本部に上申して、通った」
彼女は、あっさり言った。
「これから、君が書くものは、これに書け。……写しは、本部の書庫にも送る」
「――本部にも?」
「全国の支部に配る」
彼女は、俺を見た。
「八十年、灯守の記録には、名前と日付しかなかった。……君のおかげで、中身が入る」
◇
俺は、その様式を、手に取った。
欄が、増えていた。
『氏名』『年齢』『消失日』――ここまでは、従来通り。
その下に、大きな空欄が一つ。
『生きていた記録』
「……この欄、名前」
「私がつけた」
支部長は、コーヒーを飲んだ。
「気に入らんか」
「――いえ」
俺は、その欄を、指でなぞった。
「いいと思います」
◇
「――で、本題だ」
支部長は、別の書類を出した。
『灰島トワ 存在値推移報告』
「君の存在値は、八・〇で安定している」
「はい」
「三週間前は三・一だった。……三倍に増えた人間を、灯守は初めて見た」
彼女は、書類を置いた。
「本部が、興味を持っている」
俺の背中に、嫌な感じが走った。
「――どういう意味ですか」
「言葉通りだ」
支部長は、正直に言った。
「存在値ゼロから回復した唯一の事例。捕食で位階を上げる唯一の存在。記憶の返却が可能な唯一の人間」
彼女は、指を三本立てた。
「――君は、唯一が三つある」
「……はい」
「本部は、君を第七支部から引き上げたがっている」
◇
「――反対します」
部屋の隅から、声がした。
ヰナだった。
いつからいたのか、彼女は壁際に立っていた。
「白羽。ここは支部長室だ」
「はい。ですので、反対の意思を、正式に述べます」
彼女は、机の前に進み出た。
「灰島さんは、兵器ではありません」
「知っている」
「本部は、そう扱います」
「知っている」
支部長は、頷いた。
「知っていて、私は本部に逆らえない」
◇
部屋が、静かになった。
「――白羽」
支部長は、椅子にもたれた。
「君は、私を悪役にしたいのか」
「いいえ」
「では、聞け。……本部は、灯守の八十年を背負っている」
彼女は、机の書類を指した。
「八十年で、二百三十七人が存在値ゼロになった。生還したのは、灰島くん一人だ」
彼女は、俺を見た。
「二百三十六人は、還らなかった」
彼女の声が、少しだけ、低くなった。
「本部には、その二百三十六人の家族が、何人か勤めている」
――ああ。
「その人たちが、灰島くんを見て、何を思うと思う」
◇
ヰナは、答えられなかった。
「――『この子なら、うちの子も助けられたんじゃないか』だ」
支部長は、静かに言った。
「私は、その気持ちを否定できない。……だから、本部は君を使いたがる」
彼女は、コーヒーを飲み干した。
「悪意じゃない。……もっと厄介な、期待だ」
◇
「――支部長」
俺は、口を開いた。
「なんだ」
「俺、本部に行ったほうがいいですか」
「――質問がおかしい」
彼女は、俺を見た。
「君が、どうしたいかだ」
「……」
「灰島くん。君は三年間、誰にも思い出してもらえなかった。……その三年で、一つ、身につけたものがあるはずだ」
彼女は、身を乗り出した。
「――誰にも決めてもらえない、ということだ」
◇
俺は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「――残ります」
「理由は」
「地下書庫の箱が、まだ三十九年分あるからです」
支部長の眉が、上がった。
「……それだけか」
「それだけです」
俺は、言った。
「本部に行ったら、たぶん、書く時間がないです」
九条シキは、しばらく俺を見ていた。
それから――笑った。
この人が声を出して笑うのを、俺は初めて見た。
「――上等だ」
彼女は、書類を畳んだ。
「本部には、私が言っておく。『第七支部の記録整備事業に不可欠のため、異動不可』とな」
「――そんな理由が通るんですか」
「様式に則っている」
彼女は、判を押した。
こん、と乾いた音がした。
「灯守は、書式の組織だ」




