第42話 十七人と、三人
三日、寝込んだ。
支部の仮眠室で、ヰナが看ていた。
目が覚めた時、彼女は、パイプ椅子に座って、報告書を書いていた。
「――起きましたね」
「……何日」
「三日です」
彼女は、ペンを置いた。
「存在値を測ります。腕を出してください」
「腕で測れるのか、それ」
「機械が肘に当たります」
彼女は、鞄から小型の測定器を出した。灯守の支給品らしい。
俺の肘に、金属の輪を当てて、しばらく待った。
――そして、彼女の手が、止まった。
「……灰島さん」
「なんだ」
「――十一・四です」
◇
俺は、体を起こした。
「三・一だったよな」
「三・一でした」
「三倍以上じゃねえか」
「はい」
彼女は、測定器を、二度、当て直した。
「機械の故障ではありません。三回、同じ値です」
俺は、自分の手のひらを見た。
――透けていない。
三日前まで、俺の手は、光にかざすと少し透けた。
今は、透けない。
「――ヰナ」
「はい」
「十から三十は、なんだったっけ」
彼女は、答えなかった。
答えないまま、俺を見た。
「――『夢と既視感』の段階です」
◇
その日、俺は家に帰った。
網戸から上がらなかった。
――玄関から、入った。
鍵は、開いていた。夕方だったからだ。
「……ただいま」
言ってみた。
台所から、母さんが出てきた。
「あら」
――あら。
その一言に、俺は、固まった。
三年間、母さんは俺を見なかった。俺の立っている場所を、避けて通っていた。
今、この人は、俺を「見た」。
「……ごめんなさい、どちら様?」
「――あ」
俺は、言葉に詰まった。
「ユメの、友達で」
「あら、そうなの! ごめんなさいねえ、ユメ、まだ帰ってなくて」
母さんは、笑った。
俺の顔を見て、笑った。
「上がって待つ?」
「……いえ、また来ます」
「そう? じゃあ、これ持っていって」
彼女は、台所に戻って、皿を持ってきた。
プリンだった。
――手作りの、大きい耐熱皿のやつを、小分けにしたもの。
「今日ね、なんでか多く作っちゃって」
母さんは、首をかしげた。
「四つ作ったのよ。うち、三人なのにねえ」
◇
俺は、玄関を出て、道の途中で、しゃがみ込んだ。
プリンの容器を、両手で持ったまま。
三年ぶりに、母さんが、俺に何かをくれた。
俺だと知らないまま。
――それでも。
俺は、その場でプリンを食った。
スプーンがなかったので、指で食った。
――甘かった。
◇
支部に戻ると、ヰナが待っていた。
「――どうでしたか」
「プリンもらった」
「プリン」
「四つ作ったって。うち、三人なのに」
俺は、空の容器を見せた。
ヰナは、それを見て――しばらく、何も言わなかった。
「……よかったですね」
「ああ」
「よかったです」
彼女は、二回言った。
二回目のほうが、少し、震えていた。
◇
「――で、本題だ」
俺は、椅子に座った。
「十七人分、入ってる」
「はい」
「返せるかどうか、試したい」
ヰナは、頷いた。
「支部長には、報告済みです」
「なんて言ってた」
「『やってみろ』と」
彼女は、少しだけ、口の端を上げた。
「あと、『調査だけと言ったのはどこの誰だ』と」
「怒ってたか」
「怒っていました。三十分」
「――三十分!?」
「ですが、最後に、こう言いました」
彼女は、俺を見た。
「『よくやった』と」
◇
その夜、俺はノートを開いた。
七冊目の、半分まで埋まったやつ。
新しいページに、俺は、十七人の名前を書いた。
一人ずつ、丁寧に。
沢井ミチル。二宮ケイタ。佐々木ハルヒコ。……
書き終えて、俺は、その次のページを開いた。
そこには、三つの名前を書いた。
灰島サチ。
灰島ユメ。
灰島ゲンイチロウ。
――母と、妹と、父。
俺は、その三行を、長いこと見ていた。
――返せるだろうか。
いや。
返したら、どうなるだろうか。
三年間、俺のいない家族として生きてきた三人に、いきなり「息子がいた」「兄がいた」を返して。
――それは、救いなのか。
俺は、ペンを置いた。
答えは、出なかった。




