第40話 書架の戦い
最初の一撃は、本だった。
壁から、背表紙が一斉に飛び出した。
何百冊が、同時に。
俺は、影渡りで床に沈んだ。
沈んだ先で、本が床に突き刺さる音が、雨みたいに響いた。
「――灰島さん!」
ヰナの声。
俺は、七位の背後の影から浮上した。
右腕を、振り抜く。
――当たらなかった。
七位が座っていた椅子ごと、二メートル、横に「ずれた」。
歩いていない。移動していない。
――ページが、めくれた。
『わたしのいる場所は、頁だ』
声が、頭に置かれた。
『めくれば、変わる』
◇
「――ヰナ! こいつ、どうなってる!」
「空間が、書物構造です!」
彼女は、短刀で本を弾きながら叫んだ。
「この部屋は、ページの集合です! 七位は、ページをめくることで、位置を変えている!」
「じゃあ、どうすりゃいい!」
「――めくらせなければいい!」
彼女は、床を蹴った。
短刀の刃が、七位の膝の上の本に、突き立った。
『――』
七位の動きが、止まった。
「――今です!」
俺は、影を渡った。
七位の真下の影から、浮上する。
右腕を、振り上げた。
◇
――当たった。
黒い腕が、背表紙の胴体に、めり込んだ。
紙の裂ける音。
背表紙が、ばらばらと剥がれて、床に散った。
『――痛みは、ない』
七位は、そう言った。
『わたしは、本だ。破れるが、痛まない』
剥がれた背表紙が、床から浮き上がった。
そして、元の場所に、戻っていく。
――再生した。
「――冗談だろ」
『ここは、わたしの棚だ』
七位が、立ち上がった。
初めて、椅子から。
『棚の中で、本が壊れることはない』
◇
俺たちは、二時間、戦った。
いや、正確には――二時間、殴り続けた。
俺が右腕で破る。七位が再生する。ヰナが刃を入れる。再生する。
その間、七位は一度も、俺たちを殺そうとしなかった。
飛んでくる本は、全部、致命傷を外していた。
「――なんで、殺さない!」
俺は、叫んだ。
『――殺す必要がない』
七位は、静かに答えた。
『お前たちは、そのうち疲れる。疲れたら、帰る。……百二十年、そうしてきた』
――四十年前の、九人。
二人だけ帰ってきた、という記録。
あの七人は、殺されたんじゃない。
――疲れて、帰れなくなったんだ。
◇
「――ヰナ、下がれ!」
俺は、影に沈んだ。
沈んだまま、考えた。
――再生する。
この部屋の中では、こいつは無限に再生する。
なら。
――部屋の外に出せばいい。
でも、どうやって。こいつはページをめくって位置を変える。逃げるのは、こっちより上手い。
俺は、床の影の中で、目を閉じた。
――影渡り。
俺の影を、周囲の影と繋げる力。
この部屋の影は、どこに繋がっている?
――繋がっていた。
地下五階から、四階へ。三階へ。二階へ。一階へ。
地上の、ロビーの影まで。
◇
俺は、浮上した。
「――ヰナ! こいつを、俺の影に落とす!」
「なんですって!?」
「影渡りは、影と影を繋ぐ! ……こいつを、影の中に引きずり込む!」
「――可能なのですか!?」
「知らねえ!」
「知らないのですか!?」
「やったことねえからな!」
俺は、走った。
七位が、ページをめくって、位置を変えた。
――読める。
二時間、殴り続けて、わかったことがある。
こいつがめくるのは、**必ず、俺から一番遠いページ**だ。
俺は、走る向きを変えた。
わざと、遠くへ。
――そして、七位が「近くのページ」に現れた。
「――そこだ!!」
◇
俺は、右腕を、床に突き刺した。
自分の影に。
そして、引き伸ばした。
俺の影が、床を這って、七位の足元まで届いた。
――繋がった。
『――なにを』
「――落ちろ!!」
俺は、腕を引いた。
七位の足元の影が、口を開けた。
背表紙の巨体が、傾いだ。
――落ちた。




