↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
存在ゼロの俺は、世界を喰らう怪物たちを逆に喰らうことにした ~家族に忘れられた最弱の俺が、捕食で成り上がって思い出してもらうまで~  作者: 燈野いさり
第1章 世界に忘れられた日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/60

第38話 閉鎖中

 市立中央図書館は、三年前から閉まっている。


 耐震工事のため、というのが理由だった。工事は、一度も始まっていない。


 朝六時の正面玄関は、鎖と南京錠で塞がれていた。ガラス越しに、暗いロビーが見えた。返却ポストに、ガムテープが貼ってある。


「――裏に、職員通用口があります」


 ヰナが、地図を畳んだ。


「よく知ってるな」


「昨夜、下見しました」


「寝てないのか」


「三時間寝ました」


「短くね?」


「充分です」


 この女は、たまに、俺よりよっぽど無茶をする。


   ◇


 通用口の鍵は、壊れていた。


 というより――**内側から、押し開けられていた**。


 ドアが、蝶番ごと歪んでいた。金属が、内側から外に向かって、めくれていた。


「……何かが、出てきたのか」


「あるいは、何かが、出入りしている」


 ヰナが、腰の鞘に手を置いた。


 彼女の武器は、短刀だ。灯守の支給品で、刃に「灯」の字が彫ってある。


「灰島さん。存在感知を」


「やる」


 俺は、目を閉じた。


 ――影渡り。


 八位を喰って手に入れた力だ。自分の影を、周囲の影と繋げる。繋げた先の気配が、なんとなくわかる。


 図書館の中の影に、意識を伸ばした。


   ◇


 ――広い。


 外から見た建物の、三倍はある。


 中の空間が、物理的におかしい。二階建てのはずが、影を伝っていくと、下へ下へと続いている。


 地下三階。四階。五階。


 まだ、下がある。


「……ヰナ」


「はい」


「この建物、地下何階まである」


「一階です」


「――嘘だろ」


「設計図で確認しました。地下一階、書庫のみ」


 俺は、目を開けた。


「――五階まであった。まだ下があった」


 ヰナの顔が、強張った。


「……巣です」


「巣?」


「上位の蒐は、自分の周りの空間を『膨らませ』ます」


 彼女は、短刀を抜いた。


「収穫したものを、置いておく場所が要るからです」


   ◇


 中に入った。


 ロビーは、埃だらけだった。


 カウンターに、返却された本が積まれたまま、三年放置されている。掲示板に、三年前のイベントのポスターが貼ってある。


『夏休み こどもよみきかせ会』


 日付は、三年前の八月。


 ――三年前。


 俺が、喰われた年だ。


「灰島さん」


「わかってる」


 俺は、掲示板から目を離した。


 偶然かもしれない。三年前に閉鎖された建物なんて、この街にいくらでもある。


 ――でも。


「――ヰナ。一つ聞いていいか」


「はい」


「俺が喰われたのって、三年前の、何月だ」


「八月です」


 彼女は、即答した。


「八月十一日。……あなたが、私に最初に言った日付です」


   ◇


 地下への階段は、書庫の奥にあった。


 地下一階までは、普通の階段だった。


 そこから先が、違った。


 ――階段が、続いていた。


 設計図にはないはずの、下へ続く階段が、暗闇の中へ落ちていた。


 壁は、コンクリートじゃなかった。


 ――本だった。


 背表紙が、壁一面に、びっしりと。積んであるんじゃない。壁そのものが、本でできている。


 俺は、一冊に触れようとして、手を止めた。


 背表紙に、字が書いてあった。


 『沢井ミチル』


   ◇


「……ヰナ」


「はい」


「本に、名前が書いてある」


 俺は、隣の一冊を見た。


 『二宮ケイタ』


 その隣。


 『佐々木ハルヒコ』


 被害者名簿の、十七人。


 全員の名前が、この壁にあった。


「――これが」


 ヰナの声が、掠れた。


「抜かれた、記憶」


 俺は、『沢井ミチル』の背表紙に、手を伸ばした。


 抜けた。


 驚くほど簡単に、壁から一冊、抜けた。


 俺は、それを開いた。


   ◇


 中は、白紙ではなかった。


 文字でも、なかった。


 ――朝だった。


 ページを開いた瞬間、俺は、朝の五時の匂いを嗅いだ。


 まだ暗い部屋。目覚ましの音。冷たい床。ジャージ。玄関。息が白い。走り出す。足の裏がアスファルトを叩く。心臓が、じわじわ上がっていく。


 ――三年間、毎朝。


 俺は、本を閉じた。


 膝が、震えていた。


「……ヰナ」


「はい」


「これ、返せるのか」


 彼女は、答えなかった。


 答えないまま、階段の下を見た。


 暗闇の底から、音が聞こえてきた。


 ――ぱさり。


 ページを、めくる音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。