第22話 逆探知
異変に気づいたのは、翌朝だった。
ヰナが支部の端末室で、観測網の定期照合をしていた時だ。
「……おかしいです」
彼女の声に、俺は振り返った。
「外周の観測点が、七つ、応答しません」
「故障か?」
「観測点は機械ではありません。人です」
◇
灯守の観測網は、機械じゃなかった。
観測特異体質を持つ人間を、街の外周に配置している。彼らが「視た」ものを、端末で共有する。それが網の実体だ。
その人間が、七人、応答しない。
「連絡は」
「取れません。……いえ」
ヰナの手が、端末の上で止まった。
「連絡先の登録が、消えています」
◇
俺の背中に、冷たいものが走った。
登録が、消えている。
それは、故障じゃない。連絡不能でもない。
――喰われた。
喰われた人間は、記録から消える。灯守の内部書式でも、存在喰いに喰われた者は消える。だから支部長は「葬式も出せない」と言った。
「七人」
俺は言った。
「一晩で、七人だ」
◇
九条支部長が呼ばれて、端末室に飛び込んできた。
彼女は画面を三十秒見て、それから、机の縁を強く掴んだ。
「……外周の、東側だけだ」
「はい」
「白羽。君が、この一ヶ月に観測を集中させた領域はどこだ」
ヰナの顔から、色が引いた。
「――東側です」
◇
支部長が、地図を広げた。
この一ヶ月間、ヰナが観測に使った座標を、赤いペンで打っていく。
単語帳の塾ビル。犬の散歩コース。川沿いの遊歩道。バス停。ドレスショップ。
俺たちが、遺品を拾いに歩いた場所だ。
打ち終えると、赤い点は、街の東側に固まっていた。
そして、消えた観測点七つは――その赤い点の、周囲を囲むように並んでいた。
◇
「……逆探知」
支部長が呟いた。
「観測は、一方通行だと言われてきた」
彼女は、地図を睨んだまま言った。
「我々が視る。奴らは視られていることに気づかない。だから灯守は成立している。……その前提が、間違っていた」
「支部長」
「白羽。君の観測は、奴から見て『光っていた』んだ」
支部長は、赤い点の集まりを指した。
「一ヶ月、同じ領域を、同じ観測者が、繰り返し視た。……七位は、その光の中心を探して、周りから順に、観測者を潰していった」
◇
ヰナは、動かなかった。
微動だにせず、地図を見ていた。
それから、静かに言った。
「――私が、殺しました」
「白羽」
「七人です。私の観測が、七人分の地図になりました」
彼女の手が、端末を握り潰しそうなくらい、白くなっていた。
「拾いに行ったのは、私です。灰島さんに『行っていいですか』と言ったのは、私です。私が一ヶ月、東側を視続けたから――」
「おい」
俺は、彼女の肩を掴んだ。
「それは違うだろ」
「違いません」
「違うっつってんだよ」
俺は、彼女の顔を覗き込んだ。
真顔だった。真顔で、目の焦点が合っていなかった。
「悪いのは喰った奴だ。お前が仕事したから七人死んだんじゃない。七位がそう決めたから死んだんだ。……順番を間違えるな」
「……」
「順番を間違えると、次に間違えるのは、判断だ」
◇
支部長が、俺の言葉に、少しだけ目を細めた。
「……灰島くん」
「はい」
「君、意外と、指揮官向きかもしれないな」
「やめてください」
「冗談だ。半分は」
支部長は、地図を丸めた。
「白羽。君の観測を、当面停止する」
「――!」
「異論は認めない。君が視るたびに、位置が漏れる。これは能力の問題であって、君の落ち度じゃない」
「ですが、観測が止まれば、街の被害は――」
「増える」
支部長は、はっきり言った。
「増えるが、観測者が全滅すれば、街は永久に無防備になる。……三十人死ぬのを見過ごして、三百人を守る。私の仕事はそういう仕事だ」
◇
ヰナは、唇を噛んだ。
俺は、その横顔を見ていた。
――こいつ、絶対に言うことを聞かないな。
そう思った。
思った通りだった。
◇
その日の深夜。
俺の物置部屋の窓が、外から叩かれた。
開けると、ヰナが屋根の上にいた。私服で、鞄を背負って、端末を握って。
「灰島さん」
彼女は言った。
「観測を、一度だけ、します」
「……支部長が止めただろ」
「止められました。だから、支部の外でやります」
彼女の目は、据わっていた。
「七位は、観測の光を追ってきます。……つまり、光を出せば、来ます」
「――おい」
「私が餌になります」




