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邪竜の支配が解け、亜獣人も多くがこちらに投降し、マグヌスの戦力は大幅に削れた。
だが、なかなかマグヌスの身柄を確保するには至らない。
戦力が削れ切ったところで見切りをつけたのか、支配しているテリア王国にも戻っていないようで、マグヌスの行方は杳として知れなかった。
テリア王国は王族が処刑され、新たな支配者となったマグヌスも行方知れずとなり、混乱を極めている。
私を最初に召喚して、追放した国だ。多少なりとも恨みはあるけれど、無辜の民が困っているのには心が痛む。
一方で、亜獣人たちはマグヌスを探し出そうと盛り上がっている。
彼らは皆孤児院や貧しい村などから買い取られていった子達で、散々ひどい環境で隷属魔法を施されて戦わされていたという。
その分、マグヌスに対する恨みは深く、何がなんでも見つけ出して捕まえるとみんな息巻いていた。
ルナールもまた、自分の住んでいた森を邪法で穢された被害者のため、マグヌスを追うことに意欲的だ。
『私の森の生き物たちも随分と邪法の影響で死に絶えましたから、マグヌスのことは許せませんね』
そう言って、鼻を利かせつつ砦の外に出てはマグヌス探索部隊に参戦している。
テリア王国との戦は、マグヌスの失踪によって一時休戦となっている。
そして私たちは、束の間の平穏を機に、シュナウザーの街の復興に手をつけることになった。
瓦礫の山の下には、痛々しいご遺体などもある。
目を逸らしそうになるけれど、私は少しでも生きている街の人たちが早く日常に帰れるようにと祈りながら、復興を手伝った。
そして、復興には差別されている、亜獣人たちが大活躍していた。
猿の亜獣人がその怪力で瓦礫を撤去し、狼系や馬系の亜獣人が荷車を引いて瓦礫を街の外へと運び出していく。
その姿に、亜獣人に対して侮蔑の目を向けていた人々も、少し態度が軟化してきたようだった。
私は復興の手伝いとして、青空サロンを開き、獣人たちや亜獣人たちのトリミングをしている。女神の祝福を受けた彼らは、膂力が増し、復興作業が捗るようになるのだ。
「聖女様、ありがとうございます」
鬣と尻尾をカットした馬型の亜獣人が、人間の姿に戻ってニコニコ顔でお礼を言ってくる。私も様々な形態の獣人や亜獣人のカットをして、トリミング技術も随分と向上していた。
「聖女様に切ってもらうとスッキリしますなぁ」
そんな言葉に、こちらも笑顔で返す。
少しでも早く街の人々が力を取り戻してもらえるといいのだけれど。
それから数日は、穏やかな復興の日々が続いた。
瓦礫の撤去された街は、がらんとしていて、明るい日差しに照らされているにもかかわらず、妙に物寂しい。
「ここにはパン屋があったんだよ」
トリミングを一通り終えて、瓦礫の片付けを手伝っていると、一人の獣人が悲しげに呟いた。
「こんがりと焼けた塩パンが美味くてなぁ。素朴だったけど、いい店だった」
「あの、店主さんは……?」
「助からなかったよ」
恐る恐る問いかけた質問に、獣人さんは絞り出すような声で答えた。
邪竜が退けられても、この街の現実は何も変わらない。それが物悲しかった。
復興作業は日が落ちる寸前まで続いた。
静かな夕暮れ、街だったものを西陽が照らし出しているその時間。山の向こうで、突然、黒い靄が大量に吹き出した。
「な、何っ!?」
『あやめ、あちらから邪竜の気配がする』
ゼフィールの言葉に、改めて山の向こうを見る。
『邪竜の気配が薄くなっていく……、だが、禍々しい気が増えているな。なんだ、これは?』
「駆けつける?」
『ああ。危険だが、浄化の力を持つあやめも居た方が良さそうだ』
私たちの会話に、そばにいたライカンさんが不安そうな顔をした。
「あちらへいかれるのですか、あやめさん」
「ええ、駆けつけた方が良さそうなので」
「ですが……!」
反対するライカンさんに、私はその手を握って説得した。
「私は聖女です。望んでなったものではないけれど、この世界に愛着ができて、みんなを助けたいと思ってます。そして、私にはその力がある。だから、このまま行かせてください」
「あやめさん……」
ライカンさんは、何かに耐えるように下唇を噛み締めて、けれど、ゆっくりと頷いてくれた。
「あやめさんの意思がそうなら、私は見送ります。ですが、どうか無事に帰ってきてください」
「はい」
私はゼフィールに乗り、空の上へと舞い上がる。
ぐんぐんと高度を上げていき、眼下の街は小さくなっていく。瓦礫がまだ残るシュナウザーの街は、高所から見るとその悲しい街の惨状がよりわかりやすく見える。
そうして私は、大量の穢れが吹き出している山の向こうへ、向かっていった。




