27
砦のベッドは非常に硬くて、心配事も重なっているせいかなかなか寝付けなかった。
『あやめ。私にもたれて眠りますか? そのベッドは硬いでしょう』
見かねたルナールがそんな風に言ってくれたので、大きくなってもらい、ルナールのお腹にもたれかかって目を瞑る。
『寝付けませんか? あやめ』
「うん、どうにもね。ライカンさんもまだ山は越えてないみたいだし……」
『ライカンのことが気にかかるのですね、あやめは』
「そう、だね……」
気にかかる、というより、好きなんだと思う。
「私、ライカンさんのことが好き。この世界に残ってもいいと思っているくらい。だからどうしても助かってほしいんだ」
ぽつりぽつりと、ルナールに語りかける。
——するとその時、私の体が光り輝いた。
「な、何?」
昼間あれだけ願っても何も起きなかったのに、どういうわけかこの時、私のスキルに変化が生じた。
スキルを管理する画面が自動的に表示され、そこには『薬用シャンプー』の文字が、新しく光っている。
「女神様のお力なの……?」
『どうしました、あやめ』
「なんだか、新しいスキルが生えてきて……」
『薬用シャンプー』、それは、如何にも怪我に効きそうな名前だ。
少しでも、効果があるなら、今すぐにでもライカンさんに使ってあげたい。
私は深夜にも関わらず、部屋を飛び出して救護室へと向かった。
救護室には、痛みで眠れないらしき人々の呻き声が響いている。
その一番奥、衝立の向こう側にはやはり浅い呼吸を繰り返しているライカンさんがいた。
「うぅ、ん。どうしましたか、聖女殿?」
物音で起きてきた、救護室に寝泊まりしているらしき医師が、不審そうに問いかけてくる。
「実は、薬用シャンプーという治療に効果がありそうなスキルが出てきたので、使えないかと駆けつけたんです」
「……それは!」
医師は飛び起きて、ライカンさんの傍に駆け寄ってくる。
「試してみますか、スキルを」
「ええ、そうしようと思っています」
とはいえ、いきなり全身に薬用シャンプーを施すのは怖い。
まずはライカンさんの怪我をしている手だけ、ペットバスを召喚して、薬用シャンプーの泡を纏わせた。
すると、泡にドス黒い靄がまとわりついて、徐々に濃くなっていく。それと同時に、ライカンさんの手についた傷が薄くなっていった。
完全に消えたわけではない。けれど、生傷ではなく、塞がった状態でピンク色の薄い皮膚へと変わっていた。
「……! これなら!」
医師は押し殺した感嘆の声を上げる。寝ている他の人々を起こさないように気をつけつつも、私たちは顔を見合わせて喜んだ。
ライカンさんの包帯を外し、大きく召喚し直したペットバスに全身を入れる。
まだ意識が戻っておらず、魔獣の姿に変身してもらうことはできない。
鍛え抜かれた成人男性の体に気まずい思いではあるけれど、ライカンさんの命には変えられない。
私はなるべくその姿を目に入れないようにしながら、薬用シャンプーの泡でライカンさんの全身を包み込んだ。
すると、大量のドス黒い靄がライカンさんの全身から噴き出してくる。
それに従って、ライカンさんの浅い呼吸が徐々にゆっくりになり、眉間に寄せられていた皺が穏やかに緩んできた。
「ん……、あやめ、さん?」
その青い瞳がゆっくりと開かれる。
「ライカンさん!」
意識を取り戻したライカンさんに、私は泡まみれになるのも構わず抱きついた。
「あやめさん……どうして、ここに……。いや、ここは一体? シュナウザーの街ではないのですか?」
徐々に意識がはっきりしてきたのか、あたりを見まわしたライカンさんは戸惑いの表情を浮かべる。
「シュナウザー近郊の砦に避難してきているのです。そこへ聖女殿が駆けつけてくださり、こうしてお力を奮ってくださっています」
「怪我が治る薬用シャンプーのスキルが芽生えたんです、ライカンさん」
「そう、だったのですか。でも、この格好は、ちょっと……」
非常に恥ずかしそうな顔で、ライカンさんはバスタブの泡の中に埋もれる。
「あ、それじゃあ黒狼の姿に変身してください。それなら恥ずかしくないでしょう?」
「え、ええ。恥ずかしいですが、まだマシですね」
ライカンさんは美しい顔を赤く染めながら、黒狼の姿へと変身した。
分厚い毛皮の合間合間に、痛々しい切り傷が走っている。それに薬用シャンプーの泡をそっと乗せると、特に滲みたりはしないらしく、むしろライカンさんは気持ちよさそうにグルルと鳴いた。
黒い靄が濃厚に立ち上り、空気の中へふわりと消えた。
そうしてシャワーで洗い流すと、あの痛々しかった切り傷は塞がり、新しい毛が少し生えてきている。
シャワーで洗い流して、人間態はまだ裸のためライカンさんが変身して着替えるまでの間、衝立の向こう側に私と医師は下がる。
「着替え終わりました」
その声に衝立の向こう側へ赴くと、そこには病人着に着替えたライカンさんが、立っていた。あれほどの重傷を負って横たわっていたのに、今は自力でどこにも掴まらずに立つことができている。
ほっとした私は、感極まってライカンさんの胸に飛び込んでしまった。
「あ、あやめさん!?」
「助かってよかった……! ライカンさん!」
目から涙が溢れ出してくる。
「あ、あやめさん、泣かないでください。あなたに泣かれると私は……」
ライカンさんは言葉に詰まりつつも、そっと私の背中に手を回す。
「す、すみません! 感極まっちゃって、私……」
「いいんです。あやめさん。そんなに心配してくださって嬉しいです」
我に帰った私が慌てて身を離すと、ライカンさんは少し寂しそうな表情をする。
その顔に勘違いをしそうになるけれど、今はそれどころではない。
せっかく怪我に有効な薬用シャンプーのスキルを手に入れたのだ。この救護室の怪我人たちを救わないと。




