26
兵士さんに案内された部屋は——、負傷者の救護室だった。
大きな広間に、大勢の負傷者たちが横たえられている。その奥の奥へと、案内の兵士さんは進んで行った。
奥へ進むほど、重症者がいるようだ。
左右に増える重症者の姿に、不安が募る。進んでも進んでも、兵士さんは「ここです」とは言わない。
そして、ついに広間の壁際まで辿り着くと、そこには一つの衝立があった。
「侯爵家のご子息ですから、人目を憚って衝立をしとるんです」
その言葉に、少しだけ安堵する。一番奥にいたのは、侯爵家の血筋だから人目から隠すため、なのだろうか。
けれど、衝立の向こう側を覗き込んだ瞬間、私は衝撃を受けた。
「ライカンさん……!」
悲鳴のような声が喉から迸る。
衝立の奥に横たわっているライカンさんは、全身を包帯で覆われていた。明らかな重症だ。
額に脂汗をかきながら、浅い呼吸をしている。
「た、助かりますよね? 大丈夫ですよね、ここ、魔法の世界ですもんね?」
私は思わず、すがるように兵士さんに問いかけていた。
ここは魔法の世界だ。きっと、ポーションとか、魔法の力で大怪我を治す方法だってあるに違いない。
「できる治療は全てしとりますが……。あとは本人の回復力に任せるしかない状況です」
兵士さんは、気まずそうに目を逸らしながら答えた。
「なんで……、こんなことに……」
「シュナウザーの街で市民を身を挺して守ったと聞いとります。立派な衛兵さんですよ」
そんな情報は、なんの意味もなかった。
私はライカンさんに無事でいて欲しかった。
もうこれ以上は、誤魔化しようがない。——元の世界に帰りたいから、この世界に馴染み過ぎたらいけないと、ずっと自戒していたけれど。
とっくの昔に、私はライカンさんのことを好きになっていたんだ。
傍で兵士さんと話していても、ライカンさんは目覚めない。時折小さな呻き声を上げるだけだ。
気づけば私は祈っていた。「女神様。聖女としてこの世界に骨を埋めても構いません。だからどうか、どうかライカンさんを助けてください」と。
「聖女様、そろそろ別の場所にご案内します」
ライカンさんのそばで跪いて祈っていた私に、兵士さんが声をかける。
この世界に実在するという女神様は、何も応えてはくれなかった。
落胆する気持ちを抑えつつ、兵士さんに従って砦の中を案内してもらう。
マグヌスから第二波の攻撃が来たら、ゼフィールとルナールが戦いに出て、私は砦の中で街の人々と立てこもることになる。
ライカンさんのことが気に掛かって少し上の空だったけれど、食堂や洗濯室、寝室などの砦の中の構造を把握していく。
「私にもできることは無いでしょうか。浄化やトリミングでの女神様の祝福を与えることもできるので、少しは戦力増強になるといいのですが」
「それは助かります!」
忙しくしていた方が少しは気がまぎれるかと思い、兵士さんに申し出る。兵士さんは顔を輝かせて、早速と言わんばかりに獣人たちや使役魔獣の浄化とトリミングを頼んできた。
砦の中の空いている一室に場所をもらい、簡易的なサロンとする。その部屋には大きな窓があり、もし万が一邪竜が襲ってきたらすぐにゼフィールが飛び出していけるようになっていた。
「聖女様が祝福をくださると聞いて伺いました!」
獣人たちや、使役魔獣を連れた人々が大勢集まってくる。その中には、グレイさんとアッシュさんもいた。
「グレイさん! アッシュさん! 無事だったんですね!」
思わぬ再会に、私はハサミを取り落としてはしゃいでしまう。この二人は主に店の警備を担ってくれていた衛兵さんだから、それなりに親しくしていた。
「あやめさんこそ、無事でよかったぜ。でも、前線に来ちまっていいのかい?」
アッシュさんが、心配そうな顔で問いかける。
「正直、国王陛下のご意向には反しているんです。ゼフィールたちに王宮を守って欲しかったらしくて。でも、みんなが心配で駆けつけてしまいました」
最初に大人しく留め置かれていたことが悔やまれる。最初からヴァルガ軍に帯同していたら、シュナウザーの街の被害ももう少し抑えられたかもしれないのに。
邪竜に対抗するのは、人間では難しいと聞く。実際ヴァルガ軍も、逃げ惑う人々を庇いながら砦まで撤退するだけで精一杯だったそうだ。
そんな状況で、多くの人を守り抜いたライカンさんは英雄視されているそうだ。そんな話を、シャンプーの傍グレイさんたちから聞く。
「聖女様が来てくれて助かったっす。祝福が強化されれば、その分戦力も上がるっす」
改めてトリミングで祝福をかけ直したグレイさんからは、祝福が如何に身体能力の強化に繋がるかを説明された。
ヴァルガ軍の獣人たちや使役魔獣が強化されれば、今後の戦いにおいても少しは有利になるはずだ。
そうして、砦での一日は束の間の平穏を消費しながら過ぎていった。




