25
「ライカンさんたちは無事なんですか!?」
「まだ情報を収集している段階だ。我が国の軍の損害も、まだはっきりとは把握できていない」
シュナウザー壊滅の報せを伝えにきた王弟殿下に、不敬とは知りつつも迫る。
ヴァルガ軍は敗走し、シュナウザーの街を放棄したらしいという話しか、まだわかっていない。
「私にシュナウザーへ行かせてください。いえ、反対されても行きます」
「こうなれば国王陛下も否やとはいうまい。たとえ言っても私がなんとかする。あやめさん、どうか気をつけて」
王弟殿下は、自分がなんとかするからと言って、私を送り出してくれた。
「ゼフィール! シュナウザーの街へ連れて行って!」
王宮の窓に足をかけて、肩に乗ったゼフィールにお願いをする。
するとゼフィールが窓の外へと躍り出て、カッと光を放つと巨大な竜の姿に変身した。
子犬姿のルナールを抱えて、ゼフィールの背中に飛び乗る。王宮の庭に居た人々がゼフィールを見上げてざわついていた。
『あやめ、速度を飛ばすぞ。風の魔法で守るゆえ、じっとしておれ』
ゼフィールの指示に従い、背中の上でじっと待っていると、あたたかな風が全身を包み込む。
ぐわ、とゼフィールが翼を広げて、一気に高度を上げた。
雲の上に躍り出る。以前ゼフィールに乗った時よりも速い速度で、眼下の景色は流れていった。
農村地帯を過ぎ、山々を越え、王都まで来た時の時間を巻き戻すように景色は動いていく。
唯一違うのは——。
「ひどい……」
瓦礫の山と化したシュナウザーの街だった。すでにヴァルガ軍は撤退済みで、マグヌスの戦力も今は立ち去っているらしく、人気はない。
そこかしこに人だったものの遺体があり、私は思わず目を逸らした。
街へ入ろうとすれば、焦げた石壁が崩れかかって、危なっかしい。
『あやめ、気をつけろ。細かい瓦礫などが落ちてくるかもしれぬ』
「うん……」
せめて生き延びている人はいないかと探すが、生きた人の気配はなく、街は死んだように沈黙を保っていた。
「これをやった邪竜と、戦うんだよね……?」
『ああ』
私の問いに、ゼフィールは厳しい声で応えた。
大丈夫なの、と聞きたいけれど、それを聞いてどうすることも私にはできないから、口にするのを憚られた。
ゼフィールなら大丈夫だと信じたい気持ちと、このシュナウザーの惨状を見て怯える気持ちとが心の中で渦を巻く。
『あやめ、邪竜の気配はまだ遠い。まずはヴァルガ軍と合流しよう』
ヴァルガ軍は、シュナウザーの街のほど近くにある砦に居るらしかった。そちらへ向かって、ゼフィールに飛んでもらう。
砦の上空まで出て、ゼフィールが高度を下げていくと、怯えた顔の兵が矢を射かけてきた。だが、それはゼフィールの風の魔法に阻まれて届かない。
「待て! あれは聖女様と神獣様だ! 攻撃するな!」
軍の上層部で事情を知っているらしき人物が弓兵を諌め、矢が飛んでこなくなる。その頃にはゼフィールも砦の上縁と同等程度まで高度を下げており、人々に声が届く距離だった。
「援軍に来ました! 聖女の白石あやめです! 砦の中へ入ってもいいですか!?」
声を張って中の兵たちに伝えると、ゆっくりと砦の門が開かれた。
「聖女様! 駆けつけてくださってありがとうございます。神獣様のお力があれば、あの邪竜にも対抗することができます」
砦の中には、シュナウザーの街から避難して来たらしき人々が、老若男女、大勢いた。
彼らは砦内部に設けられている畑で立ち働いていたり、水汲みをしたりと忙しそうにしている。けれども全員、チラチラと横目であやめたちの様子を伺っていた。
「邪竜は人の手には荷が勝つと思います。ゼフィールなら邪竜とも戦えますから、私たちに協力させてください」
「ありがとうございます。ありがとうございます、聖女様……!」
兵たちが、シュナウザーの街の人々が、私に向かって平伏する。
その光景は、あまりにも責任が重くて、直視するには心の負担が大きい光景だ。
だけど私は、その光景を目に焼き付けた。
聖女になることだなんて、望んでいなかった。
わけもわからずこの世界に召喚されて、流されるようにトリマーとして好きな仕事をして、少しずつ馴染んでいただけだった。
だけど、このシュナウザーの街で、少しの間過ごしたこの街で、大勢の人達が亡くなっていた。
その光景は、私の目に深く焼き付いていた。
聖女とかそういうのは関係なく、できることがあるならどうにかしたい、と思う。
そう思わざるを得ない程度には、お店の経営を通じて私はこの世界の人々と交流を重ね過ぎた。
「それで、一つ伺いたいんですけど、ライカンという方はここにはいませんか? 軍に召集されていった衛兵さんなんですけど」
「ライカン……。ああ、あの方ですね」
私の対応をしてくれていた兵士さんは、ライカンさんの名前を聞くと表情を曇らせた。
その反応に、嫌な予感がする。
「ご案内しますね。こちらへどうぞ……」




