久しぶりの登校2(平岡大志)
学校に向かって歩いていた。
隣を歩くアソブに目をやると、身を縮込めるように猫背で、浮かない表情で、足取りも重たそうに見える。
オレにとってはいつものことだけど、ずっと引き籠っていたアソブにとっては久しぶりの登校だし、不安とか心配があるのかもしれない。
「大丈夫か?」ってきいたら。
「大丈夫……」と弱々しい声で答えた。
「無理すんなよ。なにか困ったことがあれば、何でも言えよ?」ときいたら。
「わかった……ありがとう……」とボソッとした返事。
本当に大丈夫だろうか。今は信じるしかない。
気を紛らわせるために、どうでもいい話を振りながら歩き続ける。
「おじいちゃんは元気か?」
「誰?」
「お前のおじいちゃんだよ」
「なんで? 元気だと思うけど」
「だと思うってなんだよ」
「しばらく会ってないから」
「しばらくって、この前も会っただろ」
「この前?」
「外でみんなで夕飯食った時」
「ああ、あの人は僕のおじいちゃんじゃないよ」
「じゃあ誰だよ」
「知らない、たぶん近所の人」
……そうだったのか。
大通りに出ると、アソブの様子はさらに変になった。
ちゃんと話を聞いているのかいないのか、返事がどんどん適当になり。
猫背はさらに曲がって、片腕を抱きかかえ、斜め掛けしたスクールバッグで股間を庇うようにして、寒そうというか、心細そうというか、顔も真っ白で、気分も悪そうに見える。
人や車とすれ違うときなんかは、顔を伏せたり横を向いたりして視線を気にしているみたいだ。
このまえ一緒に出掛けた時も気にしている感じはしたけど、今朝は特にだ。
「……ほんとに大丈夫か?」
「……だいじょうぶ」
そうだ、いいこと思いついた!
フォークダンスでやるように、アソブの右手を取って高く持ち上げた。
そのままアソブをくるんくるんと2回転させながら、オレも反対側に移動して、立ち位置の入れ替え完了。
「な、何っ!? 何だよっ? 急に何してんだよ!?」
戸惑った様子のアソブに言う。
「なんか人の視線が気になるみたいだったから」
「え……」
「オレが車道側を歩けば壁になるし。少しはましかと思って」
「あ……ありがとう……」
少し間を置いて、
「……で、いつまで手、握ってるんだよ」
「手つないで行こうぜ」
「なんでだよっ!」
「そのほうが安心するだろ?」
「はあ? べ、べつにそんなことしなくても……」
「いいだろ。スキップもするか?」
「するかっ!」
「楽しくなるかもよ?」
「嫌だっ」
「なんで」
「恥ずかしい」
あまり体調がよくなさそうだったから無理強いはしなかった。
歩く時も腕もあまり大きく振らないように気をつけた。
学校が近づくにつれて、制服姿の生徒がちらほら見え始めた。
「水着の人、誰もいないんだけど……」
アソブが不安そうにつぶやく。
「今日プールがあるのは1年だけなんじゃないか?」
適当に答えるが、アソブの顔は晴れない。
「1年生はどこにいるんだよ」
「知るか。どこかにいるんだろ」
「本当なんだろうな……水着で登校するって」
「本当だよ」
「ドッキリとか、いたずらじゃないのか」
「しつこいなぁ」
そんな時、向かいの歩道の先に、オレたちと同じ水着姿でリュックを背負った少年が歩いているのが目に入った。
「ほら、いるじゃねえか。水着のヤツ」
ちゃんと水泳帽子も被って、ゴーグルもつけて、リュックの側面には左右に1本ずつ野救のバッドが突き刺さってて
……って、よく見たら。
「あれオウシロウじゃねえか!」
オウシロウーッ!! と叫ぶと、彼はスッと振り向いて、オレたちを見つけた瞬間パッと顔を輝かせて駆けよってきた。
「おはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーッ!!!!!」
あまりの声量に、オレも反射的に負けじと叫ぶ。
「……おはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーッ!!!!」
目の前までやってくるなり、手を差し出してきたので反射的に握手した。
と思ったらするりと手の平をなぞられて、指先をひっかけられて、
「アイッ、アイッ、ェィーッ」
なんて言いながら、グーに握った手を上から振り下ろしてきたり、下から持ち上げてきたり、手の甲をぶつけてきたり、手のひらを振ってきて、また握手したと思ったら、引き寄せられて肩をぶつけてきて、そのままハグされて、「イェ~」と、背中のリュックをトンットンットンッと叩かれた。
これはオウシロウがたまにやる挨拶で、オレも教えてもらったことがあるので知っていたが、いきなり始まったからタイミングがあわなくてグダグダだった。
で、オウシロウは、ようやく離れたと思ったら今度はアソブに向かって
「おはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーッ!!!!!」
と全力で声であいさつをして。
面食らったアソブが「お、おはよう……」と言い終るのもまたずに、また「ッエイ~、アイ~ッ、ゥイ~ッ、アィ~ッ」とテンポよく、握手したり、手を振り下ろしたり、手の甲をぶつけたり、肩をぶつけたり、大切にぎゅ~っとハグして背中をトンットンットンッとしていた。
もちろんアソブも何が何だかわからないという感じでグダグダになってた。
そんなこと気にする様子もなく満足そうなオウシロウ。かけていたゴーグルを上にずらしたら、目の下のクマがすごいことになっていたので「どうしたんだよその顔」ってきいたら
「顔??」と、何のことかわからないって感じだったので
「目の下のクマがひどいことになってるぞ。寝てないのか?」ってきいたら
「ああ」と理解したようで
「ずっとバイトしてたから」って
ここ最近、バイトがんばってるのは知ってたから
「工事か」ってきいたら
「ちがう」
「コンビニ?」
「違う。倉庫の仕分け。そのあと新聞配達もしてきた」
「いったい、いくつ掛け持ちしてんだよ」
「なな? はち、あ、九か……あ、10かも??」
「あんま無理はするなよ」
「少しは寝たから大丈夫」
横でおとなしく聞いていたアソブが「……な、なんでそんなに働いてるの?」と遠慮がちにボソッと言った。
「こいつ結婚するんだって。キャプテンと。だから婚約指輪買うために金貯めてるんだって」
「へぇ……。すごい……」
「だれだおまえ?」とオウシロウ。
「アソブだよ。寺田アソブ。この前、家に行っただろ。一緒にこいつの部屋の掃除しただろ」と教えてやったら
「おお! あの時の!」と目を輝かせた。
「おまえ、学校行けるようになったのか!」
「今日から、登校するんだよな。久しぶりに」
オレがそういうと、アソブがちいさく頷いた。
「大丈夫なのか?」とオウシロウ。
「……ん……うん」
アソブは元々曇っていた表情をさらに曇らせ、はっきりしない。
「どうしたアソブ。さっきまでは大丈夫って言ってただろ」
「やっぱり、ちょっと……きついかも……うっ」
次の瞬間、アソブは腹と口元を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
「おい、どうした、大丈夫かっ!?」




