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飛び込み大キック立ち強パンチ  作者: 安井智樹
第1章 リ・トライ
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第15話「漆黒」


 叫びながら、愚直に突っ込んでくるリュウジ。振り上げたメリケンサックをつけた右手とは対照的に、左手はぶらぶらと揺れている。穣の斬撃によって左胸筋が断裂され、腕はあがらなくなっていた。腹部への致命傷は避けたものの、リュウジも限界が近い。


 対する穣は、軽く肘を曲げながら右手を突き出し、左手は握りこんだ上で腰に添えていた。

 左右逆ではあるが、ゲームセンターでリュウジのレバーを打った時と同じ構えを取る。右肩の痛みから、突き出した右手は小刻みに揺れていた。


 距離を詰めるリュウジ。

 待ち構える穣。

 先に動いたのは穣だった。


「ほらよっ!」


夜叉丸の台詞を口にしながら、突き出していた右手を勢いよく開く。


虚無手(きょむて)


 ゲームセンターで穣がアレンジして使い、リュウジが床に這いつくばるきっかけになった技である。

 【虚無手(きょむて)】に反応したリュウジは右に身体を傾ける。リュウジは同じ轍は踏むまいと、穣が構えた時から警戒していた。しかし、予想に反して飛んでくるものはない。


「てめぇ! ブラフか!」


 リュウジが身体を起こすのとほぼ同時に、穣が身体を捻り、溜めを作りながら一歩踏み込む。


「レバーが……丸見えだぜっ!」


「――なめんなぁ!」


 穣が放った渾身の左ブロー、【ボンボンパンチ】を、リュウジは肘を落とし、がっちりとガードする。


「ワンパターン野郎め! 同じ手が通用するわけねぇ――」


「おまけ――だぁっ!」


 ガードされた左ブローを押し込み、穣は腰を捻り溜めを作る。そして、割れんばかりに歯を食いしばりながら、右足で上段回し蹴りを放った。

 その蹴りはリュウジのこめかみにHITしてもなお、綺麗な半月を描き、振り抜かれた。

 穣が好んで練習していた、足立翼(あだちたすく)の【ボンボンパンチ】からの【→K(キック)】追撃である。


 頭部に蹴りを受け、声を発することすらなく吹っ飛んだリュウジは、四つん這いで肘を床についた。


「はっ……。はっ……」


 荒息を吐きながら、リュウジの様子を伺う穣。足は床についているものの、がくがくと膝が震え最早立っている感覚すらない。いつ倒れてもおかしくない状況だった。

 一方のリュウジは、視界に入るもの全てが歪み、視線の先を中心とした渦巻きを作っていた。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。その内に身体を支えていた肘にも力が入らなくなり、べしゃ、っと床に突っ伏した。


「なんだよ……もう終わりか?」


 床に突っ伏すリュウジを見届けると、穣は足立翼(あだちたすく)の勝利台詞を口にし、床に倒れ込み大の字に寝転んだ。


「アキラ……。終わったよ。ヒカル、姉さん。これでもう大丈夫だから」


 後は、警察が来るのを待つだけ。それで、全部終わり。そんなことを考えながら、穣はゆっくりと目を閉じた。




(姉さんとの約束、破っちゃった……)


――守れなかった、姉との約束。


(この身体じゃ、明日は勉強どころじゃないな……)


――守れなかった、ヒカルとの約束。


(アキラ……。ごめん。ごめん……)


――守れなかった、親友(アキラ)




 自分自身に対する忌避感(きひかん)に襲われる穣。押し寄せる罪悪感から、いつの間にか出た涙が滂沱(ぼうだ)として止まらなかった。




――オォン




――オォン、オォォォン




 嗚咽(おえつ)する穣に呼応するかのように、室内に声のような音が反響する。




――オォン、オォォォン、オォォォォン




 その音は、徐々に大きく、徐々に低く、響き渡っていく。


「うっ……。うぅぅ……。――っ! なんだっ!?」


 背中を預けていた床から、ウーハーで出したような重低音の振動が伝わって、穣は勢いよく上半身を起こした。

 袖で涙を拭うと、周りの様子を確認する。


「なっ、なんだこれ!?」


 穣の視界に入ったのは、闇だった。室内の半分ほどが歪な形をした闇に飲まれている。その闇は部屋の中心から徐々に広がっており、ゆっくり、ゆっくりと左右に広がっている。蛍光灯がついているにも関わらず、その中を窺い知ることは出来ない。光すらも飲み込んでいる闇の中は、ただただ、漆黒。


「漆黒の割れ目……」


 穣は、ぽつりと呟いた。





――オォン、オォォォン、オォォォォン





 漆黒の割れ目から、悲しげにも、憂鬱にも聞こえるような音が聞こえる。

 穣は呆然とその割れ目が広がっていく様を眺めていた。

 広がり続ける割れ目は、部屋に散乱しているベッドや机を飲み込み、ついには床に倒れているリュウジも飲み込み始めた。


「だめだ!」


 気を取り直した穣は、ガタがきている身体に鞭打ち起き上がると、リュウジの手を掴み、割れ目から遠ざけようと引っ張る。

 が、リュウジの身体はびくともしない。まるで鉄の塊を引いてるかのように、重い。


「がぁ……。てめぇ、何してやが……る」


 身体を引かれる痛みで意識を取り戻したリュウジが、剣呑な眼つきで穣を睨む。


「足元を見てみろ!」


 リュウジの手を引きながら、穣は叫ぶ。


「あぁ? ――な、んだ、これは」


 首だけ回し、足元を確認したリュウジは驚愕した。――膝下が、ない。


「なん、だ。なんなんだよぉ、これはぁ」


 このままではまずいことだけは理解したリュウジは、割れ目から逃れようと全身に力を入れるが、身じろぎ一つできなかった。


「あんたは、絶対に警察に引き渡す! こんな良く分からない割れ目に飲み込まれて、逃げられてたまるか!」


「に……げる? ああ、そう、かぁ」


 リュウジは穣に向き直り、にたり、と笑った。


「赤龍の、唯一のルールはなぁ。自由、だぁ。」


 そう言うと、リュウジは右手を引いてる穣の手を振り払い、そのまま左手を引く穣の手をメリケンサックで打ち付けた。


「ぐっ!」


「てめぇの思惑通り、には、ならねぇ。俺らは、自由だぁ」


 リュウジの身体は、もう腰まで割れ目に飲まれている。


「あば、よぉ。次があったら、また遊ぼうなぁ?」


 あの嘲笑(・・・・)を顔に張り付かせ捨て台詞を吐くと、リュウジは自ら割れ目に飲み込まれていった。


「待て!待てよ!」


 覚束ない足取りでリュウジを追う穣。しかし、追い付くことは叶わず、ただ見送ることしか出来なかった。


「ちくしょう……ちくしょうっ!」


 穣は膝を折り、怒りに任せて床を叩く。


「オレは……オレは、自分自身に課した約束すら守れないのかよ!


 穣が自分自身に課した、『赤龍全員を再起不能にする』という約束は、赤龍が割れ目に飲まれたことで果たすことが出来なくなっていた。

 ひとしきり床を叩いた穣は、(おもむろ)に立ち上がる。


「追おう。このままじゃ、自分が許せないや」


 そう呟くと、穣は躊躇なく漆黒の割れ目に向かって歩を進め、割れ目の中へと消えて行った。

 誰もいなくなったガラガラ病院の201号室では、割れ目の中から発される音がいつまでも木霊していた。


――オォォン、と。


第1章はこれにて完結となります。

次回投稿からは第2章となります。

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