第14話「穴」
ゲームセンターでの喧嘩で辛酸を舐めたリュウジは、レバー打ちを警戒していた。そのため、この『血祭り』を開催する直前に週刊誌を腹に仕込んでいたのである。9人で囲んでリンチしようというのに、弱気とも言える行動。赤龍の頭としてのプライドもあり、他のメンバーには内緒での仕込みであった。
結果として、このリュウジの防御策は上策であった。もし週刊誌を仕込んでいなかったら、臓物を床にぶちまけ、絶命していた可能性が高い。負った傷は腹は薄皮1枚と、胸肩の裂傷で済んでいた。
「……無事なのはお前だけかよぉ。血祭りにしようとしたら俺らが血祭りにあげられたとか、シャレにもなってねぇぞ」
リュウジはため息をついた。9人いたヤンキーのうち、怪我がないのは1人だけ。6人が気絶しており、意識がある2人も軽傷ではない怪我をしている。一方的な暴力を振るうつもりが、蓋をあけてみたら大乱闘となってしまった。どうしてこうなった、と考え始めた時、咽び泣く声でリュウジは我に返った。
「いつまでも泣いてんじゃねぇよ。――っ! マッポの様子はどうなってる!」
リュウジは泣きじゃくるヤンキーに問いかける。
「えっ! あ、ふぁい! ……モニターに確認出来まぜぇん、院内に侵入されてまずぅ」
突然の問いかけに一瞬固まるも、直ぐに再起動したヤンキーはモニターを確認すると涙声でそう答えた。
「ちっ、まずいな。おい、寝てる奴らを叩き起こせ!」
リュウジと泣いているヤンキーは、手分けをして気絶しているヤンキーたちを起こしていく。ほどなくして何人かは目を覚ましたが、一番最初に日本刀で斬りつけられたヤンキーの意識は戻らなかった。出血が酷く、顔色は真っ青だ。
「キヨは……マズイな。おい、肩貸してやれぇ。早いとこ医者に診せねぇと、ヤバイ」
比較的軽傷の2人が率先して気絶しているヤンキーを抱え、カーテンで仕切られた部屋の奥へと向かった。
入院用病室であった201号室には、出入口が1つしかない。有事の際に脱出経路がなくなることを危惧した赤龍のメンバーたちは、奥の壁に穴を空け隣室との出入りが出来るようにしていた。穴は縦150cm、横100cmほどの大きさで隣室は明かりがついておらず、普段から1m先は真っ暗で何も見えない。
だから、誰も気づかなかった。
1m先どころか、隣室に201号室の光源そのものが届いていないことに。
真っ暗なのではなく、真っ黒であることに。
「殿は俺とテルでやる。お前らは先に行けぇ。凶器、忘れんじゃねぇぞぉ」
リュウジの指示に従い、ヤンキーたちは自分たちの凶器を拾うと骨折や裂傷の痛みに耐えながら部屋奥の穴へと向かう。顔は苦痛に歪み、その足取りは重い。口を開くのすら億劫なのか、皆、無言である。
「日本刀は俺が持ってくよ。それで、こいつはどうする?」
蹴られた頭が痛むのか、片手をこめかみに当てながらテルがリュウジに言う。
「このガキか。始末したいところだが、時間がねぇ。放置だ」
「いいのか? サツに保護されると厄介だぞ」
「アキラって野郎の携帯から学校は割れてんだぁ。ここ出たら直ぐに家調べて、被害届出せないように追い込みかける」
「それはそうなんだが……」
「言いたいこたぁ、分かってるよぉ。俺もはらわたが煮えくり返りそうだ。が、ここでマッポに捕まるよりはいいだろぉ」
「……そうだな」
「ヒカルとかいう女。次はそれ攫って人質にすんべ」
木刀と日本刀を拾いながら、物騒な会話をするテルとリュウジ。赤龍が警察にマークされながら捕まってない理由の1つに、被害届が出されていないことがあった。絡んだり、揉めたりした相手の素性を調べ、徹底的に追い込み被害届を出させない。その他にも証拠になりそうなものの排除も行っていた。ゲームセンターで喧嘩の様子を撮影したギャラリーを追ったのもその為だ。
「ちっ!」
「……う」
テルが穣の脇腹に蹴りをいれると、穣は小さく呻いた。さらに蹴ろうとするテルをリュウジが制止する。
「テル。気が付いたら面倒だ、その辺にしとけぇ」
「……分かった」
不満顔のテルであったが、リュウジの制止に従った。2人は穣から離れると、連なって部屋奥の穴へと向かう。テルが穴を潜ったところで、リュウジが違和感に気づいた。
「おい、テル。この穴、こんなに暗かったかぁ?」
しかし、リュウジの疑問に答える声は聞こえない。
「テルぅ? おい、テル!」
声を荒げ問いかけるも、やはり返答はない。訝しがりながらポケットから携帯を出し、カメラ用のライトで穴を照らす。
しかし、隣室の様子を伺い知ることは出来なかった。なぜなら――。
「どうなってやがる……。何も見えないじゃねぇか!」
ライトで照らされた穴の先には、何も見えなかった。まるで、光を吸い取っているかのような黒色が穴の中に広がっている。周りの壁と見比べると、明らかに異彩を放っていることが良く分かる。
「テル! オサム! ユウキ!」
先に穴に入ったヤンキーたちの名前を呼ぶが、一向に返事は返ってこない。リュウジが焦燥に駆られ始めると、背後から音が聞こえた。
――ズン、と。
力強く、床を踏む音。リュウジはゆっくりと振り返る。そこには、片膝立ちの穣がいた。両手を立てた膝の上に乗せ、歯を食いしばり、今まさに立ち上がろうとしている。
その様子を見たリュウジは苛つき、頭をがしがしと掻く。
「なんだ……。なんなんだよ、ゾンビかテメェはぁ!」
「ゾンビで結構、コケコッコー」
穣は笑いながら軽口を叩く。気絶したことで頭の中がリセットされ、穣は冷静さを取り戻していた。
「あんたらを見ていて分かったよ。赤龍はリュウジという頭がないと動けない。なら、その頭を潰せば話が早いよね。他の8人には逃げられちゃったみたいだけど……。あんた1人潰せれば、それでいい。だから、逃がさないよ」
穣の考えを聞かされたリュウジは苛つきを増すと、あああああ、と叫びながら更に激しく頭を掻き始めた。
「そんなに痒いなんて、頭洗ってないんですか? ハゲちゃいますよ?」
軽口を叩く穣であったが、その実、余力はまったくなかった。立っているだけでも精一杯で、自分からは仕掛けることが出来ない。なら、向こうから射程圏内に入ってもらおうと、リュウジを煽り始めたのである。
「と言うか……。こんだけ騒いでも誰も戻ってこないって、あんた慕われてないんじゃないの?」
「――っざけんなぁ!」
煽りに耐えきれなくなったリュウジが、猪突猛進に穣に襲いかかった。




