第13話「勝者と敗者」
一番早かったのは、パチンコ玉だった。脇腹少し上にクリーンヒットしたそれの勢いに押し出されるように穣の身体がくの字に曲がる。体勢が崩れたところへ、テルが背後から穣の両手首を木刀で打ち付ける。手首を打たれた衝撃で意図せず穣の手が開く。握り込んでいた刀が床へ落ち、キィン、と音を立てながら床で跳ねた。
穣は首だけを後ろに回し、テルの姿を確認する。再度、上段からの打ち下ろしをしようと木刀を振りかぶっていたテルに、穣は左足で中段回し蹴りを放つ。脇腹へもろに直撃をもらったテルは1mほど横に吹っ飛んだ。
「ぐはっ」
強制的に息を吐き出させられたテルは、木刀を手放し両手で腹を抱え込んだ。穣は軽いステップでテルとの距離を詰めると、右上段回し蹴りで追撃する。その蹴りは吸い込まれるようにテルの頭部を捉えた。
「が……」
短く空気を吐き出すと、糸が切れたマリオネットのように、ぐにゃりとテルが床に沈む。その様子を見届けていた穣だったが、背中に強い衝撃を受け、両手を投げ出し、たたらを踏んだ。振り返ると、スリングショットを持ったヤンキーが腰袋からパチンコ玉を取り出そうとしている。
距離にして約5mは離れているだろうか。穣は屈みながら走り出し、ヤンキーとの距離を詰める。
「ひぃぃ! く、来るな!」
穣の接近に怯えたヤンキーは近くに会った椅子を蹴り飛ばし、後ずさった。さらに距離を詰めようとした穣であったが、足が思うように動かず片膝をついてしまった。
それもそのはず。スリングショットの直撃を受けた左肩は内出血し、左脇腹は肋骨が何本か折れている。右肩にはバタフライナイフが刺さったまま。両手首は木刀で打たれ、骨にヒビが入っている。キレており、痛みを感じてないとは言え、満身創痍なのだ。気持ちに身体がついてこれなくなってきている。
「よ、よし。今なら……」
片膝をついた穣を見たヤンキーはパチンコ玉を装填する。スリングショットを引き絞り、狙いを定める。狙いの先は――穣の頭。死刑宣告のようにキリキリ鳴るスリングショットを目前に、穣は考えていた。
(足が思うように動かない。目の前にはスリングショットを構えたヤンキー。危険。避けられない。止める。どうやって)
キレているため、思考がたどたどしい。
(接近は無理。なら……)
「う、うおおぉぉぉぉぉ!」
穣は右肩に刺さったナイフを左手で強引に引き抜いた。抑圧されていた血が一気に吹き出す。しかし、気に留めた様子もなく、穣は引き抜いたナイフをヤンキーに向かって投擲した。力任せに投げられたバタフライナイフは、激しく縦回転しながらヤンキーを襲う。
「ひっ!」
片膝をついた状態から投げられたとは思えない速度と威力で、ナイフはヤンキーの左胸に突き刺さった。刺傷を負ったヤンキーはその痛みから引手を緩めてしまう。装填していた玉は、弱々しく明後日の方向へ飛んでいき、壁に小さな傷をつけると床に落ちた。
「痛い、痛いよぉ」
狼狽したヤンキーはよたよたと後退すると、尻餅をつきへたり込んでしまった。
「あと……1人」
穣は膝に手を当てゆっくりと立ち上がり歩き出す。右肩の出血は止まる気配がない。両手の握力もほとんどない。しかし、歩みは止めない。ここで赤龍を逃せば、ヒカルと姉が毒牙にかかる。それだけは絶対にさせない。そんな思いを胸に、一歩、また一歩、最後のヤンキーに向かって歩を進める。
「来るな……来るなよ!」
最後の1人――モニターを監視していたヤンキーは、じわりじわりと近づいてくる穣と歩調を合わせるかのように後ずさっていく。近づかれた分だけ、下がる。その繰り返し。そして、壁と背中がぶつかると怯えた目で穣を見ながら両手を挙げた。
「降参! 降参するから! ほら、俺は何も持ってない! 喧嘩なんてしたくないんだよ!」
降伏の意を示したヤンキーであったが、穣の歩みを止めるには至らなかった。ゆっくりと、しかし確実に穣とヤンキーの距離が縮まっていく。ヤンキーとの距離が2mを切り、そこでようやく穣が立ち止まる。
「アキラ……。これで全員だよ。だから」
「だから、死ねよぉ!」
穣の声を遮るように、後方から罵声が聞こえた。振り返ろうとした瞬間、間髪を入れずに穣の横顔に激しい衝撃が走る。予想外の不意打ちに踏ん張ることが出来なかった穣は、半回転して床に倒れ込んだ。
不意打ちをした人物は、倒れ込んだ穣の背中にストンピングをする。
「手こずらせやがってぇ! 死ね! 死ねぇ!」
10数回穣の背中を強打すると、満足したのか背中に足を乗せたまま動きを止める。その様子を見ていた、先ほどまで壁に張り付いていたヤンキーは、諸手を挙げたまま泣き、鼻水を垂らしながら不意打ちをした人物の名を呼んだ。
「りゅ、リュウジざぁん!」
荒息を隠せず、全身で息をしているようなリュウジが、そこに居た。へそ付近から肩口まで、斜めに刀傷が出来ている。羽織っていた赤いジャケットは刀傷をなぞるように斬り込みが入っており、そこから見える地肌は血で真っ赤に染まっていた。ジャケットについた血は赤の濃淡を作り、一見すると立っていることが不思議な程の重傷である。
「はぁー……。はぁー……。マジで危なかったぜぇ。備えあれば憂いなし、ってかぁ?」
そう呟いたリュウジは、徐にジャケットを捲し上げると、分厚い週刊誌を取り出し床に投げ捨てた。




