エピローグ
週明けに出社した今村の顔を見て彼の同僚は遠慮なく笑った。笑われた今村は怒るわけでもなく落ち込んでいるように見える。
「彼女の家に挨拶に行ったんだろ? 今どき珍しい親父さんだな」
「……そうだな」
「「娘は嫁にやらん!」ってね! それにしても親父さん、かなり本気で殴ったんだなぁ」
右の頬を腫らして目の下に青アザを作っている今村を、一頻り笑いながら感心している同僚に溜息が出てきた。そして、小さな声でポツリと呟いた。
「……今どき殴る親父なんていないよな」
「ん? 何?」
なんでもない、と言いながらまた溜息を吐いた。
*
凛の両親は、誠意と覚悟を持って挨拶をしに行った今村を待っていた。高校のころからの付き合いだから、お互いに面識はある。
「久し振りだね、今村くん」
ニコニコしながら出迎えてくれた凛の父。
そして――
「今村君、ちょっと歯を食いしばってくれるかしら?」
何ですか、と聞き返す間もなく飛んできたのは凛の母の平手打ち、ではなく拳。
娘が何も言わなくても母親はだいたい察しが付いていた。娘が泣きながら仕事を辞める、帰りたい、と言っていた訳を。
*
「で? 結婚は許してくれたの? 親父さん」
「ああ……まぁ」
「親父さんはな……」とやはり小声で呟く今村。
男同士なら拳で語り合い解りあえるのだろうが、母親が相手ではそうはいかないらしい。
今後、凛の母親に許して貰うまで誠意を尽くすしかない。
それから今村はニヤ、と笑った。
「今村、その顔気持ち悪い」
「まぁな」
『ごめんね……あの、待ってるから……頑張って、今村くん』
凛は腫れた頬を冷やしながら困ったように笑って言ってくれた。
『ああ、頑張る。何でもするよ……それでさ、そろそろ名前で呼んでくれない?』
『え……?』
『だって、名字が同じになるんだから』
あー、うー、と恥ずかしそうに呻ったあと、小さな声で彼の名前をやっと口にした。
『……とおる、くん?』
疑問形なのが気になり、今村は痛む頬を引き攣らせながら笑った。彼の中のもう一人の彼も笑ったような気がした。




