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雪と姫君

出来上がった文章は随時あげてきます。

 雪国の朝は早い。


 屋根に降り積もった雪を降ろしながらエリオットはゆっくりと白い息をはいた。


もっと早く全てをかなぐり捨てて、ミーシャとこの世界に来れば良かった。そう、今でも時々思う事もある。


この世界にも、勿論戦争はあるが聖遺物を仕様した戦争はないためか、精霊たちも人も狂っていないし、大地も疲弊していない。


 どこまでも澄んだ空気と穏やかなこの世界は、エリオットの心を幾分和らげてくれたが、政治の中枢のある場所に行くとなると、否応なしに前の世界の頃を思い出してしまうのだ。




 聖遺物に選ばれたのは唐突だった。五歳の頃、エリオット熱を出して寝込んでいたある日、犬を連れた男がエリオットの夢に現れた。その男こそが愚神ベルナードであった。彼は熱で苦しむエリオットに「また、数奇な運命の主だねぇ」と笑った。神の威厳の欠片もなく、ただ面白い者を愛でるように、それでいてどこか寂しそうに彼は笑いながらエリオットの体に聖遺物の苗を植え込んだ。酷い痛みと吐き気がエリオットを襲い、人外の意思を持つ札達はエリオットの魂を、肉体を貪るように寄生していった。

 

 彼が、寄生されてから十日間。エリオットは命を燃やし続け、それらを受け止め続けた。その精神力こそが、器の主の選ばれた理由の一つかもしれない。昔から我慢強かったエリオット少年は全ての札を訳が分からぬまま取り込み、神の玩具たる聖遺物に翻弄されることになる。


「そういや、アイツどうしてんだろうな。」


 雪かきスコップを肩に乗せると、エリオットはアヴァロンにいるある少女のことを思い出す。

そう言えば、彼女の髪も、この雪景色のように綺麗だったなと、微かに唇をゆるめる。


「……ラーナリア。」


 背筋の伸びた華奢な体の戦場の剣姫。常に前だけを見つめてきた強い瞳が印象的な彼女は、今も、戦場に立って居るのだろうか。


 ラーナリア・ブランベル。シュルデ王国ブランベル大公家に生まれた希代の適合者マーベラス

愚神ベルナードの対神である規律を司る剣の神・ラルフォスの聖遺物「白露の聖剣フェ・ルジュ」を手にシュルデ王国を導いてきた姫将軍である。彼女と相対したとき、エリオットの第一印象は「たぶん、殺せない」だった。


 感情を殺して、幾多の命を散らしていた彼は「できるだけ、殺したくない」というのが、敵に対して思う事だが、この少女に至っては「殺せない」だった。本能的、思考、全身から、彼女を殺したくないと叫ぶような無意識な拒否。それはエリオットが家族以外ではじめて抱いた感情である。


 恋かどうかは解らないが、彼女以上にエリオットの感情を揺さぶる女性は現れないかもしれない。


 エリオットは粗方雪を屋根から除去すると、屋根からひょいと飛び降りて着地する。煙突から、香ばしい鶏肉の焼ける匂いが漂い、エリオットは思わず「ぐぅ」と鳴る音に、お腹をおさえた。


「腹減ったなぁ。」


「エリオットさーん!」


 素直な胃袋に苦笑していると、若い女の子の声がエリオットの耳に入ってきた。


「おはよ、ナナリス。どうしたんだ?こんな朝早く。」


 近くに住む木こりの娘のナナリスだ。そばかすほっぺを赤く染めて、白い雪の中を悪戦苦闘しながら雪をかき分け、エリオットに近寄ってきたナナリスにエリオットがあいさつをすれば


 ナナリスは、大きな瞳を揺らめかせて、エリオットの顔を見上げる。その表情は不安げなので、エリオットは何かあったのかとナナリスを見下ろす。


「エリオットさんが、エリオットさんが、首都にいって、魔術師になるって…聞いて、私っ」


「魔術師ね。免許取りに行くだけだけど。なんでそれをナナリスが知ってなんだ?」


「村中で噂になってるよ!学院の偉い先生達が、凄い勧誘してたって。」


 ナナリスの言葉にエリオットは思わず額に手を置いた。確かにサリダンとフラウドとか言う教師達に酒場で凄い勧誘をされた。魔術師の免許を取るのは半ば脅される形で承知はしたが、魔術師になるつもりは欠片もない。どういう訳か、昨日の今日だというのに尾ひれがついて狭い村中で噂が広がったらしい。


「カサドラと、レイニとかもうエリオットさんと結婚して一緒に首都に行くって言い出してるらしいし、私もその…っエリオットさんに自分の思いを伝えた…っ」


「悪い。ちょっと用事思い出した。」


「えっ!ちょっエリオットさん!!」


 呼び止めるナナリスを置いて、雪道をさくさくと民宿のある方角へと向かうエリオットに、おいてかれた少女は「やっぱり、私じゃ駄目なのかな。」と独り言をつぶやく。


(それにしても、エリオットさんて不思議)


 村人でも雪道をあそこまで早く歩けないのに、彼は難なくすたすたと歩いていく。重たい雪の中を一定の速度で歩くと言うことは足腰が強い証拠だ。ナナリスが聞いた話では、両親を早くに無くしてプラムを頼ってきたらしい。詳しいことは解らないが、戸籍が無いところを見ると孤児か、どこかの妾の子供か。


 村人達は犯罪履歴がないので、エリオットを受け入れた。しかし、村での彼の状況は少し変わったのだ。エリオットに魔術師の才能があるとしれた以上、村での熾烈な婿取り合戦が繰り広げられるだろう。魔術師は村では重宝されてきた存在だ。魔物退治に、物資の運搬など今では村には欠かせない役割をもつ。しかし、魔術師の資格を持つ者は少ない。ゆえに、魔術師の可能性があるのなら村はその村人をバップアップして、抱き込もうとする。


 元々エリオットは働き者だし、細身の割りにはしっかりしてて力もある。何より外見も村の男衆に比べて比較的整っており、性格も温厚だ。魔術師の才能云々以前にエリオットは村娘たちのターゲットに据えられていた。


 ナナリスもミーハー感覚でエリオットに好意を抱いていたが、最近は本気になり始めていた。


 時たま見せる彼の寂びしそうな顔や、影のある背中がなんだか遠くて、支えたいと思うのだ。

でもエリオットはの視界には誰もいない。別の誰かが居るんだろうなとナナリスは直感で感じていた。


(それでも、やっぱり好き。諦めたくないもの)


 ナナリスはがんばるぞ!と自分に渇をいれると決意を新たに来た道を引き返した。



***



「…来たか。」


「お?」


 サリダンとフラウドは旅行鞄を馬車に乗せて旅立つ準備をしていると、こちらに歩いてくる少年の姿を目にとめると作業を中断する。


 荷物の点検をしていたファルコシスも、作業を中断してエリオットに深々と頭を下げた。


『これは、エリオット様。』


「そんな丁寧な礼をしないでください。俺は見送りに来た訳じゃないから」


「じゃあ、何のつもりで来たんだよ。」


 フラウドのツッコミにサリダンはどうでも良さそうに、エリオットに「我々に聴きたいことがあるのだろう?」と察したようにエリオットに視線を向ける。


「まぁ、そうですね。この村は冬の季節は外界から遮断されて、吹雪で連絡とかできないんじゃないかとおもって。」


「あ、やべっ。忘れてた。」


「…ふむ、入学の手続きや、その他色々の連絡事項があるのは確かだな。連絡はファルコの能力で何とかなるか。ファルコの他にも私が契約している雪霊梟(フリーズアウル)になんとか頼んでみよう。他に聴きたいことは?」



「いえ、連絡手段がわかれば十分です。」


「そか、じゃあ新学期にあおうぜ。」


「ではな。」


「はい。お気をつけて」



三人を見送ると、エリオットは鈍い色の空を見上げる。



風の精霊達がおっとりと空を舞っているのが見える。おそらく今日は1日晴れるだろう。




入学式まであと3ヶ月。やらねばならない事がある。エリオットはこの世界の事や国の事を知らなさすぎる。学ばなくては。


只でさえ同学年は自分よりも年下の少年少女達が入学するのだ。世間知らずでは立つ瀬がない。


戦場の死神もここでは田舎の青年であるということを改めて実感した瞬間だった。



***



少女はその剣が怖かった。


一切の穢れなき白銀の刃は美しく


少女を誘うような白露の輝きの先に



少女は自分に枷かれた運命を悟った。


逃げたかった。


投げ出したかった。



でもその()は赦してくれなかった。


「さすがブランベルの姫」


「我が王国に栄えあれ」


聴きたくもない賛美。向けられる畏怖と笑顔の下に隠れた悪意


神の剣を得た娘を政治の道具にしたいと野心をたぎらせる父にも、実の子を恐がる母も


何もかも、嫌だった。


彼女は誰にも踏みにじられない孤高な存在になることで、心身の不可侵を保ってきた。


そんな彼女は揺れていた。


「エリオット…。」



終戦してから半年が過ぎた頃、ラーナリアに縁談が舞い込んできた。


結婚相手は自国の王太子である。


あからさまにラーナリアを王家に抱き込みたいのがわかる。だが、この縁談受ければ母と妹を覗く父も兄弟らも粛清されるだろう。


王太子は国王とは違い、ラーナリアを化け物呼ばわりをす矮小な男で、危険なものを懐にいれず、随時警戒する狭量な性格であった。


いままでは、嫌味程度だったが結婚を期に王家に台頭してきたブランベル家を潰しにかかるだろう。


叩けば埃がでるような父の事だ、王太子に叩かれたら終わりだろう。


ラーナリアの平穏は全て失われ、待つのは戦場か豪奢な牢獄か…。考えるまでもない。



【行くのか。ラナ。】


「ええ。行きます。連れていってください。」


【彼の者は遠いところにいる。旅の神の守護を持たぬそなたを連れていくには代償がいるぞ?】


「いかなる代償も、受け入れます。」


聖剣を通し、語りかけてくる剣の神の声にラーナリアはキュッと噛み締めた。そして刀身に手をかけた時だった。


【やー、血は要らないよラナりん!】


陽気な声にハッとして振り向けば、見知らぬ男と黒犬が佇んでいた。最初からそこにいたかのような自然さに、ラーナリアは戦慄した。


【ベルナート…】


【おひさしぶりだねラルたん。】


【…その渾名はやめよ。】


【…ラルたん可愛いじゃん。エリィといい、君といい、ノリが悪いねぇ。】


【ノリの問題ではない。何しにきた。そなたはエリオット・クレインの体内に寄生しているのだろう?】


【うん、寄生してるよ。ただ、少し退屈になってね遊びにきたよ。】


規律と剣の神ラルフォスと対等な口をきく男が誰なのかさっしたラーナリアはポカンと開いた口を引き締め、真っ直ぐな視線を向ける。


その視線に気がついたのか、ベルナートは薄ら笑いを浮かべた。


【初めましてラーナリア。僕はベルナート。君の旅のお手伝いに来たよ。】


 試すような愚神は目を細めまるで姫君をダンスに誘うように恭しく手を差し出す。その道化じみた仕草から目をそらさず、ラーナリアはギュッと拳を握りしめた。


 運命の選択がラーナリアの前に提示された瞬間だった。

ラーナリア視線とエリオット視線がしばらく交錯します。

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