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オオエドの雪にも似たり男たち  作者: 笹吉 栄一
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第一章 五月(柏餅)

第二幕  ~~家出と少女とお手紙と冒険譚~~


(家出)

「…はい、これでよし。ちょっとここを動かしてみて。」

「ほぉ~、痛くねぇ!せんせぇ。ありがとうごぜぇやす。」

「今は痛くないだろうけど、無理しちゃいけませんよ。」

午前の最後の患者が、痛みのなくなった肩を上下させながら、診療所を出て行った。

【諸病療治 みどり庵】の看板が、強い風に煽られてカタカタと揺れている。

「…シロ?」

先程から養い児の気配がない。

今朝早くから、彼と少しばかり言い争いをしたので、拗ねて部屋に籠っているのだろうか?

「シロ?ちょっと…」

部屋の前で声をかける。反応がない。

「シロ?」

呼びかけて襖を開けた。部屋に人影はなかった。

さして広くない家の中を、名を呼びながら探してみる。

「…?…」

居間のちゃぶ台に、一枚の紙が置いてあった。

「…探さないで…ください?」

手紙を読みながら、玄関に向かう。確かに彼の履物がなかった。

「…さて、どこに行ったんだろうねぇ。」

みどりはしばらく手紙と家の外を交互に眺めつつ、ため息を一つ。

そして、手紙を裏返して一言。

「行先くらい書いて行って欲しかったなぁ…。」


…みどり先生…それじゃ家出になりませんや(苦笑)


ボクの名前はシロ。お医者のみどり先生のお家にご厄介になってる。

歳は十五。成長期!

………で、只今絶賛ストライキ………

だって、聞いてよ!!この時代で十五っていえば、もう成人として認められるよっ?!

(元服は12歳頃から行われ、15歳から18歳位までが多かったようです)

それなのにうちのみどり先生ってば

「お前にはまだ早い。ゆっくり大人におなり。」

の一点張り!!もうっ!可愛い見た目して、頭固い!!!

それにそれに!!

ボクがいなくなってる事も気付くか分からないし!

気付いてもきっと困らないし、

きっと探してもらえない…

だって、先生いつも忙しいもの……


…あれ?もしかして、ボク、心配してもらえないんじゃ…

………。

……かえろうかな……

と、家を出て四半刻も立たずして、足が回れ右をしかけたボクの頭上を

ひらひらフワフワと、白いものが風に乗って流されていった。


(少女)

「待ってぇ!その紙まってぇ!!」

飛んで行った白いものを追いかけているらしい、小さな女の子が、ボクの目の前で転びそうになった。

ボクは慌てて手を伸ばす。間一髪セーフ。背が高いとこういう時有利だね。

「お兄さん、ありがとう。」

女の子はキッチリと丁寧なお礼をして、ボクを見上げて口をポカンと開けていた。

…背が高いと、こういう時相手は大変だね…

ボクはしゃがんで、彼女の目線に合わせ、問いかける。

「さっきの紙、君の?」

「そう!大事なお手紙なの!!追いかけなきゃ!!」

そう言って、女の子は先へ先へと飛んでいく紙を見失わぬよう、グルリと向き直り、走り出した。

気付けばボクも女の子を追いかけ、走りながら聞いてみた。

「ねぇ!ボクはシロ!ボクも一緒に追いかけるよ。」

「ほんと?!ありがとう!!」

女の子も、走りながら笑ってお礼を言った。

それなら…

「ねぇ!抱っこしていい?!その方が絶対早いから!!」

女の子は驚いた顔をしてボクの方へ向き、数瞬考えて、頷いてみせた。

よし!と、ボクは彼女を抱え、一気に猛ダッシュ!!!

彼女は、感じたことのない風の強さに最初こそ瞬きを繰り返していたが、すぐに慣れたようで、

「シロ君!あっち!!笹藪の方!!」

と、ナビをかって出てくれた。


走り出してすぐ、その手紙らしきものが、笹藪の方へヒラヒラと飛んで行くのが見えた。

ボク達は、もう少しで届きそうな位置にまで来た。

―――ぶわっっ

いきなり強い風がボク達を追い越し、紙は一気に加速して、笹藪を通過した。

慌てて追いかけるボクの横で、笹がガサッと大きな音をたてたけど、確認の暇はない。

ボク達は急いで紙を追いかけた。


「どこ行った?!」

「あ!あっち!」

「どこどこ??」

「長屋!屋根のとこ!!」

裏木戸の屋根に引っかかっている紙を見付けたボク達は、息を切らせながら長屋まで来た。

…いや、実際息切れてるのは、ボクだけなんだけど…

屋根の端っこに引っかかってる紙が、ヒラヒラしてる。

ボクの背でも、あとちょっとだけ届かない。

「お嬢、ちょっとだけ休憩したら、肩車するから。」ボクはお嬢に提案する。

彼女は頷くと、膝に手を置いて息を整えているボクによじ登り始めた…お転ば…アグレッシブだ。

お嬢の足がボクの肩にかかった所で、背中を伸ばす。

もちろん、落ちない様に気を付けながら肩にのせると、お嬢は腕をいっぱいに伸ばして…

「つかまえた!!」

「やった!!!」


―――ピリ―――


お嬢の指先で、小さく何かが裂ける音がした。

と、同時に、風が――ふっっ―― とふいた。


「「ああああああぁぁぁぁ!!!!!」」


なんっっだよっっ!!ごがつのかぜ!!ぜんっぜんさわやかなんかじゃない!!!


「どっち行った?!」

「あ!!あっち!」   再放送早いしっ!!!

地団駄を踏みたくなったボクとは違い、お嬢は冷静に紙の飛んで行った先を指さした。

慌ててボクは、お嬢を抱え直してダッシュする。

井戸の近くで、誰かが「猫」の話をしていたような気がする。

いや、それどころじゃない!走らなきゃ!!


紙はヒラヒラしながら、空地の草むらに落ちて行った。

ボク達は草の根をかき分けて、手紙を探す。

「この辺に落ちて行った気がしたんだけどなぁ。」

お嬢がボクの隣でブツブツ言いながら、草をガサガサしてる。

ボクは四つ這いになりながら、草の合間に目を光らせている。…あんまり格好つかないか。

しばらく探していると、ちょっと遠くでガサガサ言う音がしていた。

よく耳を澄ますと「ニャー」とか「ニャーオ」と、可愛い猫の声が聞こえてる。

さっき長屋で聞こえた『猫』って、この子のことかも?

でも、ボクらは今、それどころじゃないんだ。

「ねぇ…シロ君…」

お嬢がボクに何か聞きに来た。

「草むらのネコちゃん…大きいのかなぁl?」

それはボクも気になった。

なにせ、倒れている草の範囲が大きいのだ。

聞こえていた声からは想像つかない、大きな道が出来ている。

「まぁ、大きくても声の可愛い猫だっているさ」

うん、きっと………。


(お手紙)

「!!!あった!!!」

やっとお嬢の手紙発見!!

お嬢も、今度は逃げない様にしっかりとつかんだ…

「って、駄目だよ、そんなにぎゅっとしちゃ。折角の手紙が!」

ボクは、つい大きな声を出してしまった。

でも、お嬢は首を横に振っていいんだと言う。

「破れちゃったし、汚れてるし、クチャクチャになっちゃったから…」

「でも!それお嬢が一生懸命書いたんでしょ?」

探しながら、ボクはお嬢に聞いたんだ。こんなに一生懸命に探す手紙に、なんて書いているのか?と。


『赤ちゃんが大事なのはわかるし、かわいいけど、赤ちゃんばかりかまってないで、私ともたまにはあそんで』って。

お母さんに向けて、頑張って書いたんだって。

そんな大切な手紙なのに、ちょっと汚れたくらいで、ちょっと破れたくらいで!

「いいの!自分で言う!いっぱい走っていっぱいお話してすっきりした!」

「………え………?」

「ありがとう!シロ君。一緒に探してくれて、沢山走ってくれて、お話し聞いてくれて。」

「………………」

「私ね、気付いたの。自分で言えばいいんだって。赤ちゃんも一緒に見てあげればいいんだって。」

「………自分で……?」

「そして、赤ちゃんもうちょっと大きくなったら、一緒に遊べばいいんだって!」

ボクはお嬢の言葉に、何も返せなかった。

ボクより小さな女の子が、自分の不満を自分の言葉で書いただけでもすごいのに、解決法まで見付けた。

「さ!シロ君。私帰るけど、シロ君は?」

「…!あ!!送ってくよ。女の子の一人歩きは危ないよ。」

…本当は小さな子の一人歩きって言いたかったけど、お嬢はボクよりずっと大人な気がしたから、小さな子とは言わなかった。

うん、ホントに。


ボク達は、みどり庵のすぐ目の前を曲がって、彼女の家に向かった。

先生の事が、ちょっとだけ気になったけど、でも、まずはお嬢を送り届けなきゃ。


シロとお嬢がみどり庵手前の角を曲がってからほんの数分後、みどり庵から一人の男が顔をのぞかせた。

左右を見回し、小さく息を吐きつつ首をひっこめる。

「…まだみたいですねぇ…」

誰とは言わぬが、本日何度目かの外部確認である。


お嬢のお家の近くまで来ると、赤ちゃんを抱えた女の人が、キョロキョロと何かを探していた。

「あ!お母さん!!」

お嬢は、その女の人を見付けるなり、ボクの手を振り払ってかけだした。

「あ、帰ってきた。もぉ、どこ行ってんだい?そろそろご飯なのに帰って来ないから…。」

「ごめんね!遅くなっちゃった。あのね?…」

そう言って、お嬢はお母さんと喋りながら、ボクを指さした。

お母さんがボクに気付き、頭を下げてきた。ボクもお辞儀を返す。

と、お嬢が小走りでボクの所へ戻ってきた。

「シロ君!今日はホントにありがとう!!」

「…いいえ、どういたしまして…こちらこそありがとう…」

「?」

ううん、何でもないよ。と、ボクはかぶりを振って笑った。

そっか。と、お嬢は小首をかしげ、そして、ボクに近付くよう小さく手招きをした。

ボクはかがんで、耳を近づける。

「シロ君もいつまでも拗ねてないで、早くお家に帰りなね。きっと『心配してるよ』。」

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

な!!なんで?!ボクそんな事一言も言ってない!!言ってないのに……

「わかるよぉ。だって、私、『お姉ちゃん』だもん!」


…あぁ…完敗です。はい、認めます。ボク、絶対に勝てません。

お嬢、すごいです。ボク、一生ついていきます。

みどり先生の次にボクの………

「お嬢!!お嬢の事”師匠“って呼んでもいいですかぁ?!」

ボクは走り去っていくお嬢に向かって、大声で確認した。

「…??…いいよぉ~!じゃぁねぇ!シロ君、またねぇ~!!」

お嬢、いや、師匠は少し考えた後、師匠呼びを許可してくれた。

また(・・)会おう(・・・)って言ってくれた。

どうしよう、すごく嬉しい。

ボクは、急いで家に帰りたくて、気付いたら大股早足で家に向かっていた。


最後の角を曲がって、門の前。

丁度みどり先生が、看板を外そうと外へ出ている所だった。

さすがにまだ心の準備が整っていなかったボクは、その場で足を止めてしまった。

「おや、お帰り。シロ。」

いつもと変わらぬ笑顔と声で…

「今日は遅かったね。」

みどり先生は師匠のお母さんみたいに心配なんか…

…さっきまであんなに早く家に着きたかったのに、なんでこんな気持ちに…

「シロがいなかったおかげで、今日の仕事はなかなか散々だったよ。」

「…?…」 ボクがいなくて―散々だった―??

「足のケガに包帯を巻いた時は、力加減を間違えてしまって、とても痛がられてしまったよ。」

「調薬は、さじ加減を間違えて、危うくとんでもないものを作りかけたし。」

「内服薬を多く渡しそうになったのもあったねぇ。」

「いやぁ、あぶないあぶない。」と、困ったように笑う先生。

でも、ボクは知っている。

みどり先生は、いつもなら『絶対に』そんな事しない。

どれも「患者さんに迷惑がかかる。」そう言って、ボクに丁寧に教えてくれる事ばかりだ。

それなのに、失敗した?ボクがいなかったから??


「そうそう、それにね?みんなが聞いてくるんだ。」


「シロはどうしたのか?」って。―――――


――――――ボクは――どうしたのか――?――――――


「本当に皆が尋ねるんだよ。面白いねぇ。」

みんなが?ボクを?

「患者さんもだけど、お紫乃さんも聞いてきたなぁ。」

患者さんだけじゃなく、お紫乃さんも?

「シロにだってプライバシーもプライベートもあるのにね。」


…どうしよう…ボク、目が痛い。

唇噛んでも、目の前が滲んできて…どうしよう…


「おかえり、シロ」


そう言って、みどり先生が、ボクの頭をポンポンってしてくれた。

やめてよ、せんせい。はずかしいじゃん。ボク、こどもじゃない………


もう、ボクは目の前が見えなくなった。


往来で大泣きするなんて、子供じゃないんだから…

ボクは、涙を必死に抑えていた…ら…当たり前なんだけど、鼻水が止まらなくなってしまった。

でも、往来で手鼻をかむ程、おじい……年とってないし。

結局、袖でコッソリ拭いてしまった。

「こら、シロ。」

見つからない様に拭いてたつもりなのに、みどり先生にはバレバレだった。

もしかして、背中にも目があるのかもしれない。


先に家に上がった先生が、振り返ってボクを見た。そして、すごく優しい笑顔で、

「お帰り。シロ。」

と、もう一回、ボクにお帰りを言ってくれた。

ボクはまた鼻がツンッとなりながらも、今度は笑って

「はい。ただいま、帰りました。」

と、言えました。

ホントにただいま、みどり庵。


(冒険譚)

ボク達は、夕飯の準備をして、支度して。

で、食べながら今日の出来事を話してたら、ついのっちゃって、

「箸持ったまま手を振らない。」とか、「喋るのは口の中の物を、ちゃんと飲み込んでから。」

って、先生に何度も注意されちゃった。


「…今日、シロはとても良い事をして、良い人に会えたんだね。」

みどり先生がお茶を飲みながら、ボクの今日の出来事の感想を言ってくれた。

師匠の事、手紙の事。猫の事。全部話した。

感じた事。考えた事。言いたかった事。全部全部話した。

先生は、ただ黙って時々頷きながら、全部聞いてくれた。

そして、少しだけ考えるような表情の後、

「お前と私は『ちまき』だったんだけどねぇ……。」

と、小さく呟くように話してくれた。

「?ちまき?」

「そう。シロは小さい時、よく私の膝の間に座って遊んでいたろ?」

「うん。一緒に本を読んだり、薬を挽いたりした。」

「小さいシロを、私は包んであげていた。」

あぁ…シロ(ボク)をみどりで包み込んでくれていた。だから『粽(ちまき)』…

「でも、今日、お前が話してくれたのを聞いて、当たり前のことを思い出したよ。」

「…シロ……きみも、大きくなっているんだって………。」

―胸がぎゅっとする。―

「先生、ボク…僕は大きくなれていますか?」

先生は『ん?』といった顔をし、破顔したあと、ちゃぶ台越しに僕に手を伸ばしてきた。

そして、僕の両頬に手を当ててきた。

「もちろんだよ。ほら、今の私にはお前の頬っぺたを包むのが精一杯だ。」

これじゃせいぜい柏餅だね。そう言って先生はまた笑った。

「身体だけじゃない。今日一日だけみても、お前は大きく心を育てて帰ってきた。」

―こころを、そだてて、かえってきたー

「いつかここから、飛び立つ日だってきっとくる。」

そう言って、先生は――両手を僕から放した――

ボクは、その手を…その手を追いかけ…

「でも、忘れてはいけないよ。」

追いかけようとした身体が、ガクンッと止まる。

「ここは、私は、いつだってお前の帰ってくるのを待っている。」

息が、詰まった。

「私だけじゃない。お紫乃さんも、大介も、紅十郎様も」

もちろん他の人達だって――――

「皆、お前の事が大好きで、大事に思ってるよ。」

先生の笑いは、とても綺麗だった。


「………でも、だからこそ、お前には『皆がどう思っているのか』」

「?先生?」

「私達がどんな思いを持ってお前と相対しているか…」

先生達が、どんな思いを持って…僕と関わっているか?

「そして、皆にもお前の思いを、知ってもらわなくちゃいけないね…」

ここで、先生は何故か少し悲しそうな顔をした。

先生は、大人は、そんなに大変な事を背負って、包んでくれていたのかな…

「先生!!なら、今度は僕が先生を包みます!」

みどり先生は、豆鉄砲くらった鳩より大きな目を開いて、僕を見ている。

「僕はまだまだ成長期なので。いつか、みどりを包める位大きくなります!!」

身体だけじゃない。

先生が今までボクにしてくれたように、

皆のそばで、先生の隣で、

僕も皆を守れるようになったら―――

きっと、素敵だ!!


「…柏の葉を、餅で包むのかい?」

みどりせんせぇぇぇぇぇぇ………

先生は、固いんじゃないのかなぁ?とか潰せない気が…とか言ってる。

…まぁ、いぃか。先生がそうなら、今は僕もそうしよう。

「いい事考えた!みどり先生、柏の葉じゃなくて蓬の葉ね!」

「よもぎの……はぁっ??」

「そう!よもぎ!それなら潰して餅になる!」

そうそう。草餅ならみどりを混ぜ込める。

僕が先生から沢山学んで、先生の持ってるモノ全部吸収して、

先生に負けない位、強くてかっこよくて――――

……ん~……ちょっと違うなぁ…

なんでだろう、先生はそんなんじゃない気がする。

なんて言うんだろう………それだけじゃない?

「シロぉ?さすがに私をすり潰したり、つき潰すのは、ちょっと…」

僕の考察を、先生が笑わして邪魔する。

「大丈夫だよ。うちの薬研は高性能だし。」

「いやいや、薬研は薬をすり潰す物で草餅の材料を潰す物じゃ…。」

まぁ、いいか。後で考えよう。

今は先生と一緒に、ここでいつもの生活を続けよう。


こうして僕と先生は、ささやかで柔らかな夜を迎える。


僕の冒険譚は、今日はここまで。


ボクが僕になったり、きみだったりお前だったり。人の心の中を表すのって難しいねぇ。


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