第六話「想定外」①
「そうですね……。おじ様のお話だと半日前……正午過ぎの時点で、抵抗力の弱い女子供が初期症状を訴え始めていたようですからね。エドガー様が現地の薬師から報告を受けたのは……何時頃ですか?」
「そうだな……やはり昼過ぎくらい……。俺も村の薬師のバーナードから、緊急支援要請って事で連絡を受けたから、即座にエテルナに火渡り草を届けに行かせてたんだ。まぁ、その時点ではまるで確証もなかったんだが、火病対策は先手先手でやるくらいでちょうどいいからな」
「ええ、その認識はあっています。となると……。やはりおじ様がエブランを出立した頃くらいに、すでに初期症状の患者が複数発生していたということですね……。その時点で火病の可能性を想定して、適切な対処が出来ていた時点で、現場の対応としては十分迅速ですね。ですが、それより前……数日前から初期症状を訴えていたような方はいましたか?」
「いや、バーナードの話だと、昼頃から、いきなり女子供が急患って事で診療所に続々と運び込まれてきて、アイツも前に火病対応に駆り出されたことがあったから、すぐに思い当たって、こっちに連絡を寄越してくれたらしい……。いずれにせよ、発生してから一日も経ってないってのは断言できるぜ」
まぁ、俺がエブランを発ったのは正午くらい。
村の食堂で昼飯食ってて、食堂のおばちゃんの子供が朝から熱を出してて、風邪が流行ってるって話を聞いた。
だが、それを考慮しても、まだ発生から一日も経ってないのは事実だった。
「そうなると、やはり対応自体は不備どころか、最善の対応と言えますね。ええ、実際……私も始めからエブロン村周辺が感染地の可能性が高いと予想はしていましたからね。ですが、ミハイル達からは確証もないのに動くなと言われまして……。申し訳ありません……ミハエルの戯言に付き合って、こちらもすっかり初動が遅れてしまいました……」
「そりゃ、アンタのせいじゃねぇだろ。だが、これは俺にもおかしいって解る……。さっきまで雪が降ってたのに、上着着てて、暑苦しくなってきたくらいだ……。あ、俺は大丈夫だよな?」
「そうですね……。エドガー様も元A級冒険者だっただけに、それなりに潜在魔力も高いので、常人よりも抵抗力は高いと思います……。いずれせによ、まだ汚染地域に入っていないから、心配は無用かと思いますが……この先となると、なんとも言えませんね」
この辺も火病対策が難しい理由の一つで、一般人や生半可の魔力の持ち主程度では、汚染地域にはいるとあっという間に二次感染を起こして、ミイラ取りがミイラになってしまう……。
なんせ、感染者に近づかなきゃいいって訳でもないみたいだからな。
一応、対策としては、火渡り草を使った解熱ポーションを予め飲んでおけば、半日程度なら予防効果が持続するし、一人前の治癒術士なら、自前で予防も対策もできる……もちろん、限度はあるんだが、初期症状くらいなら、それでも十分感染予防は出来る。
それに強力な魔力保有者……剣士や騎士と言った前衛職の連中でも上級冒険者クラスになると、普通に高い魔力を持ってるので、火病に対する抵抗力は高い……どうもこの魔力自体が抵抗力になってるみたいなんだよな。
ごく普通の一般人でも窓を閉め切って気密性を高めた家に閉じこもって、火渡り草の現物を通気口に詰め込んでフィルター代わりにするだけでも、十分感染の予防ができる。
要は、空気感染のような性質があるらしくて、空気を遮断することで感染はかなり防げるんだよ。
そうやって、現地で時間を稼ぎながら、薬師や治癒術士を大勢送り込んで、初期段階で食い止めるってのが火病の基本対応だ。
まぁ、実際のところ、神託があるなしに関わらず、火病の感染騒ぎってのは、割としょっちゅう起きるようになってて、冒険者ギルドや薬師協会なんかが、火種の段階でこまめに潰してるってのも事実なんだよな。
ちなみに、第二段階まで症状が進んで、理性をなくした狂戦士みたいになった場合は、むしろ冒険者やら騎士なんかの出番だ。
要するに、力付くで大人しくさせてから、緊急処置を行う事で救える可能性はある。
もっとも、あり得ないような怪力と凶暴性で、とにかく見境なしに暴れまわるので、自分の体のほうが持たずにボキボキに骨折してしまったり、脈拍も凄まじいことになるんで、心臓の過負荷で心肺停止……死んでしまう場合もあり、この段階での致死率はかなり高い。
そして、ひとしきり暴れ回って力尽きたように動かなくなって、水晶化が始まってしまったり、動けていても、体から水晶が突き出してくるようになると、もう完全に手遅れ。
こうなると、欠片の飛散防止として、穴を掘って生き埋めにするとか、建物の中にでも押し込んで、弾ける前に建物ごと焼く……そんな対応となる。
蔓延して、手が付けられなくなった町や村を封鎖して、まるごと焼き払うってのも、別に大げさでもなんでもない。
何よりも、この最終段階の罹患者が多数発生すると、あちこちで自然発火が始まり、何もしなくとも火の海になって、半ば自滅するように、感染源も焼失する……。
ただ、伝染病としては、罹患者がすぐに死んでしまうようだと、むしろ感染力は低くなるんだよな。
これは、割と単純な理由で、感染者がすぐに死んでしまうと、他に感染する前に宿主諸共、共倒れになってしまうから。
地球でも、アフリカとかで高致死率のヤバい伝染病が発生しても、思ったよりも広がらずに終わるってパターンが多かったんだが……あれは、そう言う理屈なんだ。
だからこそ、感染症ってのは、なるべく感染者を死なせずに、出来るだけ広範囲に感染を広げるように、致死率自体は低下するように進化していくってのが常なんだわ……。
実際、2020年代に流行った新型コロナなんかも、当初は致死率が高いことで大騒ぎになってたようなんだが……。
年を追うごとに致死率が低下していって、2050年代に入っても新型コロナウイルス自体は変異を重ねまくって絶滅はしていないらしいんだが……。
致死率も症状も従来のコロナ風邪のウイルスと代り映えしなくなってて、要するにただの風邪と変わりなくなっちまったからな。
そして、この火病も致死率が高いことで、広域感染のパンデミックまでは至っていないと言う……なんとも皮肉な話だぜ。
「……見たところ、エブランでは自然発火とかは起きてないようだな。あのひときわ暗い辺りがエブランのはずなんだが、見たところ、まだ騒ぎは起きていないようだ。一箇所だけ、明るくしてるところがあるから、多分そこが薬師のとこだな」
ひとまず、丘になってるとこから、お手製の双眼鏡でエブランの様子を観測。
現地の様子を見てみての結論がそれだった。
「なんだそりゃ、双眼鏡なのか? だが、そんなもん夜に使うもんじゃねぇだろ……それでエブランまで見えてるってのか? 確かに、言われてみれば、森の中にぼんやり明かりが見えなくもないんだが……お前どんな視力してんだよ……」
まぁ、確かに雲が出てるせいで、月明かりも星明かりすらない。
周囲はほぼ真っ暗闇で明かりなしだと、自分の手も見えないくらいには暗い。
「……見えてるから、わざわざ教えてやってんだろ?」
俺は夜目が効くし、視力も良いからな。
かつては、すっかり老眼が進んで、小さな文字や本が読めなくて、苛ついたりもしてたけど……。
今の身体は、若かりし頃よりハイスペック……視力も、裸眼で2.0は余裕だぜ。
一応、この世界にもレンズや双眼鏡もあるんだが、ガラスの精錬技術が未熟で、レンズっても物凄く暗くて夜には使い物にならんので、これは俺の自作だったりする。
例のスライムの外皮……それを2枚重ねて、間に魔力を浸透させた純水を入れて、凸面鏡の形に成形することで透明度の高いレンズが作れる……まぁ、この辺は爺さん直伝なんだが、いわばコンタクトレンズみたいなもんだな。
あとは、一時的に夜間視力を強化する目薬みたいな魔法薬があるんで、それも併用してる。
副作用として、瞳孔が開きっぱなしになるから、明るいところに出ると眩しすぎて目が眩むようになるんだが、ダンジョンや夜間の戦闘、なにより夜間走行では必需品だ。
「おじ様はいつも、そのやたらと性能の良い双眼鏡を使って、遠方から私達のピンチを察するとお迎えに来ていただいて……本当に、何回命拾いしたことやら……」
……まぁな。
俺も話を聞いた時点で、どう考えても無謀じゃね? って思った時は、予め先回りで救援の手筈を整えてたり、近場の山の上とかに観測ポイントを設置して様子を見ながら、救援要請が来るより前に、やばそうだなって思った時点で動いてたからなぁ。
事前調査……要は、威力偵察ってことで、勇者パーティに先んじて、魔王軍の拠点とか、何やってたんだかしらんが、魔王軍が入ったダンジョンなんかにこっそり潜入して、これアイツらじゃ勝ち目無くねって思った時は、やめとけって警告したりもしてたんだがなぁ。
双子姉妹はともかく、勇者はいつも反発して、強行して……案の定、ぼろ負けってなってた。
と言うか……RPG的に例えると、レベル50推奨のとこに20とか30で挑むような無茶ばっかりだったんだよなぁ。
真面目な話、勇者パーティの勝率なんて1割とか2割とそんなもんだった……要するに連戦連敗……。
そもそも、勇者がアホすぎた上に、上の連中は勇者が戦えば必ず勝つとか、何の根拠もなく言い放って、自分たちの都合最優先で勇者に出撃要請をだしてたんだからな。
戦略的な意味とか、そもそも勝ち目があるとかないとか、そう言うのも全くお構い無し……。
むしろ、殺したいんじゃないのかって思ったくらいには、無茶振りのオンパレード。
なんでまぁ、撤退支援要員の俺や、いつも後詰めで後続してた勇者パーティ支援専門の騎士団……勇翼騎士団とかはむしろ大活躍。
なお、ストレイ・キャッツ号で迎えに行くときは、途中で当たり前のようにモンスターとか魔族共に出くわしたりもするんだが、その辺はまとめてひき逃げ。
ストレイ・キャッツ号は精霊砲を後ろに向かって撃ち出すだけじゃなくて、正面にガチガチに結界を張って、衝角アタックみたいな事も出来るんだが……割と何でもイチコロの最強体当たりアタックでもあってだな。
ダンジョンの奥深くで、魔王直々に待ち構えてて、なし崩し最終決戦みたいになったときも、案の定勇者パーティはぼろ負けしてたんだが。
救援に来た俺がストレイ・キャッツ号で魔王に思いっきりラムアタックをブチかまして、シールド割られて、怯んだ隙に思いっきり一発ぶん殴って、ダウンしてる間に、全員脱出させた。
そいつが魔王様本人だったって知ったのは、後からアステリア達に教えられて知ったんだがね。
もっとも、俺のエアライド衝角アタックをまともに食らって生き残ったのは、後にも先にもアイツくらいだったから、まともに戦ったら、そりゃ勝てねぇだろってな……。




