第四話「聖女強奪、そして始まるカーチェイス」③
……さて。
このストレイ・キャッツ号。
見た目は、俺が前世で愛車にしていた業務用軽ワンボックスと、ほとんど変わらない見かけをしている。
もっとも、車幅は180cmと向こうの3ナンバー車くらいの幅はあるので、斜め前から見るとちょっと寸詰まりな印象を受ける。
さすがに、ストレイ・キャッツ号をそのままエアライド仕様で再現までは出来なかったので、ガワとかは薄いブリキ板を張った木製なんだが、結果的に軽量化は出来てるし、空力パーツをいくつも貼っつけたことで、そこそこのマシンに仕上がってる。
何よりもパワーについては、レア度SSRの特大精霊石を使っている上に、俺自身が強烈な魔力保持者だから、割と天井知らず……。
まぁ、ちょっとしたモンスターマシンってとこだ。
こっちの世界の輸送用エアライドも基本的にワンボックス形状なので、ぶっちゃけ同じような車両はあちこちに止まってるし、この時間でも街道に出れば、夜間輸送の業者が走らせてるってのも珍しくもない……そう考えると、この地味な外観も足が付きにくくて、悪かねぇよな。
当然のように横風に弱かったり、スピードを出しすぎるとめちゃくちゃ不安定になるんで、基本的には、出してもせいぜい時速120km程度としている……日本の車と比べてもそこまで遅くもないんだが、別に早くもない。
もっとも、こっちの世界の人間の感覚だと時速120kmとか、狂気の速度って認識のようで、普通はせいぜい4-50km程度でのんびり走ってる。
ただ、例外はあって高速輸送用や軍事用車両なんかは、空力を考慮し車高も低くして、ウィングのようなエアロパーツをゴテゴテと付けたようなのも見かけるし、そのあたりになると乗り手も一級品。
その辺だと広めの道でって条件付きながら、100kmどころか200kmくらいの猛スピードで走らせたりもするんだから、侮れん。
ちなみに、俺はこう見えて、トップクラスのエアライダーにしか与えられないS級ライダーライセンスを勇者パーティ時代にもらってるから、その手の高速カスタム車両にだって、乗ろうと思えば乗ることもできるんだが……。
別に、この手の輸送用車両でもその気になれば、スピードなんていくらでも出せるんだよなぁ……。
形状的に空力に問題があるのは、確かなんだが……そこは、俺等の間で流行ってた最新AI設計車両からパクったローコスト空力チューンのノウハウがある上に、実のところ空力的に不安定だろうが、腕さえあればなんとでもなるからな。
ひとまず、裏門から街を出て街道沿いをひた走る。
裏門を出ようとしたところで、先回りしてた聖騎士の手下どもに見つかって、身体を張って止めようとしてきたから、軽くひき逃げしてきたんだが……まぁ、大事の前の小事って事で!
もっとも、その時点でマスターが言ってたみたいに、裏門から締め出されて、追跡不能ってのは無しになった。
状況的に、俺らを止めるんじゃなくて、門番に聞き込みにでも来てたみたいなんだが……ものの見事に鉢合わせちまった。
聖女が消えて、まっさきに門を抑えに行くとか、あいつらも解ってるよなぁ……。
道についても、街の周囲はまだまだ平地だし、城壁の外と言っても、いきなり人家がなくなるような事もなく、街道に沿って、そこそこの密度で人家やら商店も点在していて、郊外に向かうにつれて徐々に減っていって、そのうちまばらになる……概ね、そんな感じだ。
城壁の外は安全が保証されないので、土地代もタダ同然ってことで住民もそれなりにいるって訳なんだが、別にスラムでもないし、ちゃんと税金も払ってるらしい。
雪もまだまだ降り始めだから、車両に積もって重量バランスを崩したり、空気抵抗になるほどじゃないし、一定間隔で標識灯があるから、道を見失うほどじゃないし、視界もまだまだ問題ない。
もっとも、これは序の口も序の口だ。
一時間ほど走って、人家も標識灯もほとんどなくなって、平原地帯を抜けて、山に向かって徐々に傾斜が付いてくる辺りになると、一気に様相が変わってくる。
「な、なんだこりゃあっ! み、道が全然見えねぇじゃないか……セ、セナ、もう少しスピード落とさないか? いくらなんでも飛ばしすぎだろ!」
「アステリア……タイムリミットは、どのくらいだ?」
そう言うと、アステリアも胸の谷間から銀の懐中時計を引っ張り出してくる。
……昔、露天でねだられて、俺が買ってやったんだが、いまだに持ってて、そんなとこにしまってるとか……まったく、けしからん奴だな!
「今、午前二時ですから……清浄化結界の儀式の準備時間なども考慮すると、夜明け前には着かないと厳しいかもしれません。急ぎましょう!」
……今の時期だと、夜明けは午前6時くらい。
なんせ、冬至はとっくに過ぎててむしろ、夜と昼の長さがちょうど半分づつになるような時期なんだからな。
夜が明けて、住民が起き出してしまうと、間違いなく騒ぎが起きて、取りこぼしや逃亡者が出る可能性が出てくるから、その前にケリを付けないといけない。
となると、タイムリミットは5時……もう3時間もないと考えるべきだった。
なお、俺のエブラン行きのワダツミ峠最速レコードは1時間を切るくらいなんだが。
この豪雪と言う悪条件を考えると、その倍以上……2時間は軽く超えるはず。
要するに、全然余裕がない……距離としては、山の麓まで来た時点で、半分以上を消化してるんだが……。
むしろ、ここからが本番だな。
出来れば、日付が変わる前に出発したかったんだが、秘密裏に潜入って事で色々準備したり、ギルドの連中との連携やら調整やらで、割と時間を食ってしまった。
幸いアステリアが聖騎士達を眠らせてくれたおかげで、市街地での大捕物とかそんな事にもならず、大幅に時間を稼げたんだが……。
こんな峠の入口にも入ってない時点で、ここまで天候が荒ぶってるとなると、いつも以上に慎重にいかないと駄目だ。
「聖女さん、アンタもなんでそんな落ち着いてるんだよ! 前とかほとんど白い壁だし、さっきから、横Gの掛かり方や傾きが……っ! うっおぉおお……こ、これ……ヤ、ヤベェだろっ!」
ライトは……光の精霊をランプの芯みたいにした、精霊灯ってのを使ってるから、この世界の明かりとしては別格なくらいには明るいんだが……この雪じゃ、確かに真っ白な壁みたいになってて、あんまり意味がない。
ちなみに、高速コーナリング時の遠心力による横Gって言葉は、普通にこっちの世界の人間にも通じる。
少なくともエアライダーの間では普通に通じたし、エアライドに乗ったことあるやつなら大体解ってくれる。
この横Gって呼び方も例の異世界人が流行らせた言葉らしく、確かに他にいい言い換えなんて思いつかんしなぁ……。
ちなみに、今のは車体が70度くらいまで傾いてから、一気に揺り戻しが来たところ。
この程度、まだまだ全然大したことじゃない。
「いつもこんなものですから、私は慣れてますけど……。確かに慣れないと怖いし、キツイかも知れないですね。でも、これ……私達に気を使ってますよね? おじ様の本気の走りはこんなものじゃないですから」
まぁ、普段だったら斜め45度くらいまで傾かせるし、アクセルも全然踏み切ってもいないし、自前の魔力でのパワーブーストも全然使ってない……至って、マイルドなもんだ。
「まぁ、この雪だからな……いつもの半分くらいのスピードで走ってる。どのみち、ここからしばらくは登りの上に、向かい風だからな……そりゃ、遅くもなるさ」
「ば、ばっかやろうっ! 何処がおせぇんだよ! こんなの俺が知ってる輸送用エアライドで出して良いスピードじゃねぇぞ!」
現在、推定時速80km……スピードメーターなんてないから、勘だ。
一応、ボンネットの端っこに風向きを測る為の吹き流しみたいなのがあって、それのバタつき具合を見ることで、速度の目安にもなるんだが……。
こんな強風だと、もう全然当てにならんし、スピード違反の切符を切るお巡りがいる訳でもないから、そこは勘で構わん。
まぁ、下り、追い風だとストレートで軽く200kmは超えるんで、スピードなんて、まだまだ序の口っちゃ序の口……むしろ、この程度で騒ぐなって言いたい。
なんと言うか、始めて俺の車に乗ったイルマ君の事を思い出すなぁ……。
ちなみに、軽ワンボックスもだったが、ボックス型エアライドもあんまり飛ばすとコーナーでばったりと横転する。
基本的に重心が高い上にロール対策がなってないから、さもありなんなんだが。
フィーリングとしては、両サイドに足を出せるスポーツバイクとかに近いかもしれん。
なんでまぁ、アレと一緒でロールが起きても、倒れないギリギリまで傾けてバランスを取る……所謂ハングオンってテクニックだな。
エアライドの場合、精霊石の浮力バランスを調整することで、傾きを調整する……まぁ、本気でやるような奴は滅多にいない高等テクじゃあるわな。
幸い、四輪車だったら片輪が完全に浮くくらい傾いても、エアライドなら問題ない。
実際は、斜めになって片輪浮かせながらコーナー攻めるとか、限り無く綱渡りなんだが、そこは慣れと経験次第って奴よ。
なお、乗り心地については風に煽られても右に左にグワングワン傾いて、その度に当て舵入れてるから、左右に揺れまくっててお世辞にもよろしくはない。
嵐の中の船とか、もっと酷いんだが、エドガーのおっさんもリバースしないだけ、頑張ってる方だな。
「ったく、だから大人しく執務室で待ってりゃ良かったのに……。なんなら、降りるか? この程度のスピード、アンタなら飛び降りたって問題ないだろ……大丈夫! 死にゃしねぇよ!」
「ばっかやろうっ! 大丈夫じゃねぇよ! 殺す気か!」
「まぁまぁ、マスターさん。お静かに……一度エアライドに乗ったら、ライダーに命を預けるつもりでいないと駄目ですよ。それに安全のんびりなんて言ってたら、絶対に間に合いません……お荷物になりたくないなら、もう、死んだ気になって黙っててくださいな。大丈夫です……おじ様もかなり安全運転してますから、思ってるほど危なくはないですよ」
アステリアの一言にギルマスも沈黙する。
まぁ、確かに別に頼んで乗ってもらってるって訳でもないしなぁ……。
「おじ様、感ありです! 後ろからスゴい速さで接近する複数のエアライド……この感じ、ミハイルですね。まさか、おじ様に追いついてくるなんて……」
バックミラーを見ると、結構な速さでしかも、赤い精霊灯まで点けて、思いっきりアピール中。
「……やはり貴様かァッ! よりにもよって、聖女様を誘拐するとは言語道断! 直ちに止まれっ! 正当なる法の裁きにかけてやるっ! いや、この場で我が聖剣で叩き斬る! 覚悟するがいい!」
……拡声器まで使って、怒鳴り散らすとか無駄にハデなご登場ですこと。
と言うワケで、冒頭に戻る……。
聖騎士現る! 聖女様を賭けた猛レースの始まりってこった!




