第三話「聖女アステリア」④
「なら、決まりだな! すまんが、アステリア……最速で行くとなると、お供達まで連れて行く余裕なんてないし、今すぐ出るぞ……スマンが、長々と支度してるような時間はないぞ!」
そこまで言ってから、聖騎士が血相を変えて、間に割り込んでくる。
ちっ! わざと存在を無視してやってたのに、アピールしてくんなよ。
「バ、バカなことを言うな! 最速の聖騎士の称号を持つこの私ですら、この状況であの山を超えるのは、危険すぎると判断しているのだ。何より、聖女様を貴様ごときに任せられるものか! は、話は終わりだと言ったぞ! ……アステリア様、先ほどもお伝えしましたが、現地で火病の感染者が発生しているとすれば、もはや手遅れです。バルゼイ枢機卿からもこのような場合は、一旦王都に引き上げるよう指示されています故、この場は直ちに引き上げます……それでよろしいですね?」
問答無用のこの言葉に、この場の誰もが目を見開いている。
「おいおい、勝手なこと言うな。そんな現場の状況も解ってないようなお偉いさんの勝手な判断を根拠に、聖女様を引き上げさせるなんて……。お前ら教会は、始めからエブランを見捨てるつもりだった……そう言ってるようなもんだぞ! そんな事が許されるとでも……」
「み、見捨てるのではない……すでに手遅れだと判断したと言っているのだ! そんな手遅れな状況で聖女様を向かわせて、危険に晒すなどもっての外なのだ! そもそもアステリア様の任務も現地の視察……神託通り火病が発生しているかどうかを確認し、発生していた場合の判断は上層部が行う……その判断が手遅れと言うことで、すでに結論は出ているのですよ!」
「……てめぇが勝手に結論を出してんじゃねぇよ! そもそも、どう言う基準なんだそりゃ! テメェが勝手に手遅れって言ってるだけだろうが!」
「そ、そこは誠に勝手ながらすまないと、謝罪させていただく……」
そう言って、目を泳がせながら、頭も下げてみせるんだが。
こんな心に響かねぇ謝罪なんて初めてだぜ……。
「いずれにせよ、直ちに聖女様は引き上げさせた上で、我々聖堂教会が責任をもって対応……幸いエブランについては、人口も少ないため、村ごと焼却処分を行い感染拡大を防ぐ事は十分可能だ……。いいか? これは予め決められていた適切な対応なのだ。これ以上の問答は無用! アステリア様も、これが私の独断ではない事をご理解ください!」
アステリアを見ると、拳を固く握って口は真一文字……目にも怒りを湛えて……。
明らかに納得していない……そんな風に全身で主張していた。
ミハイルもその事は気付いていたようだが、一瞥すると再び傲慢そのものといった態度で言葉を続ける。
「……アステリア様、枢機卿のご判断はお伝えした通りです。故にこの場はその判断に従っていただく他ないのです。私も枢機卿の判断が正しいと考えますし、誰もが同じ判断に至る事でしょう。……判断を覆す余地はありません。何の意味もない自己満足で、御身を危険に晒す……それこそ、言語道断と言えましょうぞ」
「解り……ました。もう、手遅れ……なんですね……。枢機卿の判断なら、それも致し方ありません……ね」
「お解りいただけましたでしょうか? アステリア様にも異論があるのは承知の上ですが、御身の御立場をお考えください……いいですね? いかに聖女と言えど、現地に行けないのでは、何も出来ないでしょう?」
「で、ですが、おじ様ならこの程度……」
「まだ言うのですか! ……申し訳ありませんが、私はこの男をまったく信用できません。突然現れて、教会関係者に対する敬意も礼もわきまえず、聖女様に無礼極まりない態度で接するような男……誰が信用できると言うのですか! おい、貴様……昔馴染みか何か知らんが、話は終わりだ……元々、貴様なんぞに用はない……さっさと失せるがよい!」
さっきの意趣返しってか?
ったく、ゴキゲンな野郎だな……。
「……はっ! 言わせてもらうが、結局、テメェが前々からそうすることが決まってたって言ってるだけなんだよな? なら、この場で、力づくでテメェを黙らせるって方法だってある……。 いいか? お前らの見栄だの、責任問題とかそんなもんどうでもいい! 大勢の人の命がかかってるんだ……こう言う時こそ、聖女が動かなくてどうすんだよ!」
「す、すでにこれは決まっていたことなのだ。部外者の貴様に口出しされるいわれなどない……聖女の奇跡を与えるかどうかは、我々聖堂教会が決めることなのだ!」
「……そう言うことかい! なら、やっぱり……ここはテメェを黙らせれば済む……そう言うこったよな?」
そう言って、ゴキゴキと拳を鳴らして凄みながら、一歩踏み込むとミハイルも無言で一歩下がる。
「……偉そうなこと言っておきながら、ちょっとこっちが凄んだらビビって腰が引けるとか……ったく、ダセェ野郎だな! 聖騎士の名が泣くぜ……。そもそも聖剣への誓いを軽んじるような野郎に聖剣持ちの資格なんてねぇよ……捨てちまえよ、そんなナマクラ……」
「き、貴様ァッ! 聖騎士たるこの私ばかりか、我らの誇りたる聖剣まで侮辱するのか! ……もはや、万死に値するぞ!」
今にも腰の聖剣を抜かんばかりの様子で、まさに一触即発!
こちとら丸腰だが、上等! 先に手を出してくるなら、かえって好都合ってもんだ。
「上等だよ……。やり合うってのなら、相手になってやるぜ? さっさと抜きな! だが、ソイツを抜いた時点で殺されても文句言えねぇぞ……そこは解ってんだろうな?」
聖騎士の目がすっと座ると、腰の聖剣に手をかける……だが、アステリアがすっと横に並ぶと、聖騎士の手を抑える……。
「ミハイル……およしなさい。これは、命令です!」
「ア、アステリア様……で、ですが!」
アステリアがじっとこちらを見つめながら、首を横に振る。
ひとまずここは抑えてくれってか?
まぁ……こいつを殴り倒したところで、問題は解決しないだろうからなぁ……。
なお、コイツ相手に負ける気は全然しない……。
アステリアもそこは解ってて、止めてる……もしも、剣を抜いてたら、俺も手加減無用のつもりだったから、むしろ命拾いしたってとこだな。
俺が弱いのは、あくまで勇者や賢者あたりのチート組と比較してって話だからな。
普通の冒険者や聖騎士程度なら、徒手空拳だって何とでもなるし、暗殺者と殺し合った事だって何度もある……。
伊達に魔王軍相手にやりあってたワケじゃねーんだよ。
だが、このままやり合うと、俺はともかく、マスターやアステリアの立場がかなりまずくなる……さすがに、それは不本意だった。
「ミハイル、せめて……枢機卿へ現状を詳しく報告し、現場の判断に任せるように取り図ることは出来ませんか? いくらなんでも、事前に命令があったからと言って、聖堂教会が無辜の民を見捨てたとなると、後日大きな問題になりますよ」
「そ、それは……繰り返しとなりますが、この天候では安全に現地に行く方法がありませんし、枢機卿の判断は……このような場合は、直ちに引き上げると言うことです……。そもそも、私はアステリア様がこんな辺境へ自ら向かうとおっしゃられた時点で、反対の立場だったのです! 申し訳ありませんが、これは絶対に許容できかねます!」
「つまり、貴方個人の判断……そう言うことですか? その場合の責任の所在……すべてミハイル……貴方が取ると言うこととなりますよ?」
「い、いえ……これは、私個人ではなく、枢機卿を含めた聖堂教会としての総合的な判断に基づいて……と言いますか……。なんと言うか……その……。とにかく、枢機卿の命に反する余地はありません!」
聖騎士のそんなダサ過ぎる答えに、アステリアも呆れたように深い溜め息を吐く。
聖堂教会ってのは、どいつもこいつも事なかれ主義……上の方の奴らもヤバい事態になると、責任なんて取ろうともせず、「神ですら過ちを犯すことはある。人の身たる我らの過ちも当然のことなのだ……」とかシレッとそれっぽいこと言って誤魔化したりするからな。
火病にしても、運び屋の俺から見てもヤバ過ぎるって思ってるくらいなんだから、相応の危機感持って欲しいんだがなぁ……。
いずれにせよ、上の命令は絶対厳守……ったく、つくづくしょうもねぇ野郎だ。
まぁ、この手の手合は何を言っても無駄だからな……それこそ、ぶん殴って黙らせるのが一番。
俺もそう思ったんだが、アステリアはそれ以外の手段で……ということのようだった。
「……解りました。ですが、今すぐ発つのはご容赦ください。私もこんな日も暮れきった時間から、出立なんて嫌ですので……。せめて、明日の朝一に出立……そう言う事でよろしいでしょうか?」
「は、はぁ……確かに、直ちにと言うのは流石に無理がありますな。かしこまりました……ただ、この街のさびれた教会で聖女様に一泊していただくと言うのは、さすがに申し訳無いと思いまして……。まったく、辺境はどこも教会への敬意に欠けているところばかりで、うんざりしますよ」
深夜の強行軍のほうがよほど、ブラックだと思うんだがな。
なるほど、アステリアはひとまず猶予を作ってくれた……なら、アステリアの立場を悪くしないように、俺が立ち回れば済む話だな。
「いえいえ、私も勇者パーティの一人でしたから、野営も慣れてますし、屋根があるだけで十分ですよ」
「かしこまりました……。では、その様に手配いたします」
そう言って、話が付いた隙に俺も口を挟む。
「アステリア……一応、聞いておくが……。「そう言うこと」でいいのか?」
なんとも意味深な問いかけなんだが、コレで通じる程度には俺達は以心伝心の間柄って奴だった。




