第三話「聖女アステリア」③
もっとも、魔術ってのは、魔力さえあれば使えるというわけでもなく、魔力……マナに火や風みたいな属性を付与して始めて、魔術として使えるようになる。
俺は、その属性付与がまったく出来なかった。
アステリアや姉の賢者にも色々教えてもらったんだが、結局魔術はぜんぜん使えるようにならなかった……。
まぁ、実際は魔力を練り上げて、体外へ放出するって事は出来たんだが、そこから魔力に属性を付与するってのが、どうしても上手く行かなかった。
もっとも、そんなんでも魔道具を扱うくらいは出来たんで、そこまで困っちゃいないんだがね。
魔道具ってのは、魔力が少なかったり、全然魔術が使えない人間でも劣化版ながら魔術を再現できるようなものもあるから、俺も魔道具を使うことで魔術師の真似事位は出来る。
と言うか、そもそもエアライド自体が巨大魔道具と言うべき代物で、相応の魔力持ちでないと動かすのもままならない……そう言うものなんだよな。
ちなみに……俺は、爺様にちょっと使い方を説明してもらっただけで、いとも簡単にエアライドに火を入れることが出来て、爺様にもすげぇなって驚かれたっけな。
もっとも、結局……いくら魔力が多くても、いいところエアライドの緊急燃料タンクとか、魔道具を長々と動かせるくらいしか役に立ってないんで、完全に死にステータス化してるんだよなぁ……。
異界からやってきたチート魔術師とか呼ばれてみたかったし、空だって飛んでみたかったなぁ……。
飛行船の運行責任者免許取りに行った時に、飛行船からの緊急脱出体験ってことで、高度1000mからのスカイダイブもやったことあるんだが。
アレも怖いと言うより、最高に気持ちよかったからな!
「まぁ……そうだよな。考えてみれば、俺……ダンジョンとかでも瘴気も毒も全然平気だったからなぁ……。でも、エブラン村では、感染者らしいのも見なかったし、そんな話も聞かなかったんだが……。言われてみりゃ、確かに子供達が次々熱を出してて、風邪が流行ってるとかそんな話はチラッと聞いたな……」
「……恐らくですが、おじ様が村を出た時点では、火病が発生した直後だったのでしょう。マスターさん、実際……現地の状況はどうなんですか? それらしき、報告は来ていないのでしょうか?」
「あ、ああ。さっきも軽く説明したが、エブランで女子供や年寄がばたばたと高熱で倒れているらしい。俺も現地の薬師から、火病の可能性が高いって報告は受けていて、一応先回りで現地に火渡り草と解熱ポーションをありったけ送りつけようとしたんだが、どうやら失敗したらしい。そっちも同じ結論になったって事なら、改めて聖女の出動を要請させてもらえないか……緊急事態なんだ」
「そうですね。エブランで火病が発生しているのは、もはや確定……となると、かなり切迫した状況と言えますね。ええ、直ちに……」
マスターが頭を下げて、アステリアも快諾と言った様子だったんだが。
ミハイルとか言う聖騎士が、性懲りもなく割り込んでくるとそれを鼻で笑い飛ばした。
「アステリア様、何を勘違いされているのでしょうか? 今回は、アステリア様が神託を受けたという事で、その真偽について確認する為に、この地にお越しいただいただけの話です。火病の発生の確認ができたなら、それで十分なのです」
「あ? 確認できたから、それで十分って……アンタ、火病がどんなものか解ってんのかよ? ワリィが俺もセナも火病騒ぎには何度も関わってるんだ……その脅威は、誰よりも良く解ってる……火病ってのは、可能性があるとか、かもしれないとか、その時点で動いてちょうど良いくらいなんだ……それくらいお前らも解ってるだろ」
さすがに、マスターも聖騎士の言い草に腹を立てたようで、不機嫌そうに言い放つ。
マスターが言うように、基本的に火病対策はスピード命だからな……。
初期段階なら、火渡り草を山程用意して、そこらの薬師や治癒術師を4-5人程連れていけば、鎮圧は十分可能なんだが……とにかく感染速度が早いから、もう即日対応くらいの勢いでちょうど良いくらいだった。
なんでまぁ……この世界最速の輸送手段……エアライド乗りも必然的に動員される訳で、俺の同業者なんかもこの火病については、皆それなりに詳しいし、相応のリスクがあるのも承知の上で、最優先で引き受けるってのが、暗黙の了解だった。
だが、エブランが火病の汚染区域になってるって事なら、もう四の五の言わずに速攻で動くべきだった。
ぶっちゃけ、こんなところでムダ話してる時間すら惜しい。
「もちろん、我々聖堂教会関係者にとっては、今や火病対策は主要任務となっていますからね……。火病についてはあなた方以上に良く理解しています。ですが……今回、聖女アステリア様に課された任務は、神託が正しかったかどうか……。あくまで火病の発生の確認までがその任務となっているのです。すでに教会本部には、私が確認結果の報告を送っています。その上でどうするかは、上層部が判断する事なのですよ……」
「お前バカか? 偉そうなこと言って、結局火病の脅威を全然解ってねえだろ! そんなモタモタ上へお伺いとかやってたら、何もかもが手遅れになるだろ!」
「そ、そうですよ! ミハイル……そもそも貴方はただの私の護衛ではなかったのですか! 私の判断は即座に現地に赴き、大規模浄化結界術での清浄化が必要……一刻も早くに対処しないといけません!」
当然のように、マスターとアステリアが揃って、抗議する。
なんせ、火病ってのは感染から時間が経って、段階を経るにつれて、死亡率が右肩上がりに高まっていくからな。
初期段階で治療できれば、死人だってまず出ないんだが……犠牲者無しに済ますには、発生後24時間が勝負と言われていた。
もっとも、二人の抗議をまるで聞き流したかのように、ミハイルとかいう聖騎士は、フンと鼻を鳴らすと偉そうに腕組みしつつ言い返す。
「では、お聞きしますが、どうやってエブランまで赴くと言うのでしょうか? 幸い……と言ってはなんですが、この雪で現地は陸の孤島となっています。故に火病もそれ以上は広がらないでしょう。どのみち雪解けまで待つとなると、三日はかかります。三日もかかっては、確実に全滅するでしょうな……。つまり、もはや手遅れと言う事なのです。故に無意味な事をするまでもない……。アステリア様、貴女にはこのような些事に携わっているような暇はないのですよ」
……マジで、何いってんだ? コイツ。
確かに、火病の感染速度は極めて早い……。
最速のケースでは2日程度で数百人の村人……全員が感染と言うケースもあったし、一週間もあれば小さな村くらいなら、軽く全滅する。
感染した住民が近隣の村や町へ逃げ出してしまった場合は、更に感染範囲が広がる可能性もある……。
ちなみに、最大の感染要因は感染者の成れの果て……赤い水晶の塊が砕け散った後に撒き散らされる赤い粉だと言われている……この場合の感染範囲は風に乗ったりしたら、まさに爆発的に広がる。
……それが、火病がヤバ過ぎる理由でもあるんだ。
もっとも、俺が出発した時点では、まだ罹患者は出てなかったみたいだし、時間的に手遅れどころか、まだまだ全然余裕がある。
それこそ、今すぐアステリアが行けば、なんとでもなる……前も見えない雪道だろうが、俺が運べば何の問題もない。
「些事だと! てめぇ、言うに事欠いて、そんな言葉で……エブランを見捨てるってのかよ!」
「見捨てるなんて、人聞きが悪いですね。これは、優先順位の問題です。人口数百人程度の寒村での火病の発生……3日も空けてしまえば、もはや手に負えないことになっているでしょう。そして、この天候では、3日以内にたどり着く方法がない。なら、もう諦めて、他の救えそうな地へ聖女を向かわせる……これは妥当な判断ではありませんか」
「……妥当だと? 彼女も神託があったから、ここまで来たんじゃねぇのかよ!」
「ええ、実のところ……火病が何処で発生したのか、どの程度の脅威なのか……細かいところまでは神託では解らないのですよ。神託もそこまで万能ではないですからね……。今回は災厄がうんぬんと言う内容だったようですが、毎回似たような内容ですから、別にことさらに騒ぎ立てる必要もありません。発生箇所も特定され、被害も村一つ程度なら細やかなものです。そして、これ以上感染が広がる心配もない。であれば、葬送部隊に後始末を任せて、聖女様は速やかに撤収する……何も間違っていないかと」
「ふざけんなっ! そんな説明で納得できるか! 確かにエブランは百人ちょっとしか住んでない寒村だ。だからといって見捨てていいはずねえだろ! テメェ……要するに、教会はエブランを始めから見捨てる気だったってことか? そんなのありえねぇだろ!」
さすがに怒りを隠せないようで、マスターが拳を机に叩きつけながら、怒鳴る。
ちなみに、エブラン村はマスター……エドガーの出身地で、元々は村長の次男坊ってのがエドガーの出自だった。
俺もこの世界に来てから、もう5年くらい経つんだが。
最初の頃はエブラン村を拠点にして、用心棒みたいな事もやってたから、里帰りで村に戻ってきたエドガーをそのあまりに凶悪な面構えから野盗と間違えて、向こうも見慣れない奴がいるって事で、ワケも分からず殴り合いが始まって……。
もっとも互いに事情を知ってからは、すっかり意気投合して、以後はダチとして割とよろしくやってたんだよな。
当然ながら、エドガーの家族の村長一家は、全員エブランで慎ましく暮らしてる。
恐らく、誰よりもエブランを見捨てたくないと思ってるんだろうさ……。
「なぁ、アステリアはどうする? この頭の硬いお供の意見とか、教会の暗黙のルールだのくだらねぇもんは、この際スパッと無視したって一向に構わんだろ。肝心なのはお前がどうしたいか……だろ?」
「なっ! 貴様……言うに事欠いて、何たる言い草……っ!」
「ああ? テメェは黙ってろって言っただろ……。そもそも、聖剣に誓ってってのは何処行ったんだ?」
なにか続けようとしてたんだが、俺がそう告げて一瞥すると押し黙った。
ったく、銘持ちのクセに聖剣に誓うなんて言葉を軽々しく使うんじゃねぇよ。
こんなのルードリックが見たら、ブチ切れてるぜ……。
「……私としては、現地に行けさえすれば、まだ間に合うと判断してるんですが……。どうでしょう、おじ様がエブランまで送っていただけるのであれば……」
彼女がそう返すと、マスターも期待を込めた目で俺を見つめる。
……まぁ、この状況で聖女様を送り届けることが出来るとすれば……確かに、俺くらいだな。
「……今夜いっぱいがヤマ……だな。すぐに動けるか? 俺ならすぐにでも動けるぜ」
「さすがですね……。良く解ってらっしゃります」
そう言って、アステリアが微笑む。
はっきり言って、国王やら教会が未だに騒ぎ立てている魔王の脅威なんかよりも、この火病の方がよほど世界の脅威なんだよなぁ……。
魔王軍の仕業……とか言われてるけど、発生場所は魔王軍とまるで関係ないところや、今回のような人の行き来も少ないド田舎だったり……厳重に警備されているはずの王都で発生したって例すらある。
教会や国の上層部は、何が何でも魔王の仕業ってことにしたがってるようで、そこは大いに疑問があるって誰もが思ってるんだが。
いかんせん、結論が先にありきってヤツで、偉い人たちが揃ってそう言ってるもんで、なかなか覆りそうもない。
さすがに、俺も魔王軍、あんま関係ないんじゃないかとしか思えないんだよな……。




