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第4話 宅配司書ができるまで ⑬

 斜め上から差し込む朝日と、身体のあちこちに感じる違和感に、ダイアンは目を覚ました。

 違和感――と言っても不快ではない。むしろ何かが楽になっているような。

 鏡を見た彼は目を見開いた。

 頬に肩に足に――あちこちにガーゼとテープが張られている。

 とっさに振り返ると、壁からひょっこり顔を出したラヴェンナが窺うようにこちらを見ていた。



「だいあんさんは、わたしにそうしてくれました。――おぼえて、ました」

 はっと、彼は息を呑む。

 彼女の虐待の跡は完全には消えないまでも、大分薄らいでいる。

 数か月前にしたことを。

 いつまでも覚えて。

 そのままに反射し返すような。

 まるでこのコットンのような吸収力と、弾力で。

 こんな柔肌のような心ではまるで。

 ただの。

 いじらしく健気で。いとけなくて。

 込み上げてくる何かを押さえつけるようにダイアンは顔を覆う。



「だいあんさん」

 たまらなくなったのかラヴェンナはとたとたと駆け寄り、彼の足に触れた。

「まだいたい、いたい、ですか」

違う。

「違うんですよ、ラヴェンナさん」

「それじゃ」

 指の間から見える小さな身体は、胸を抑えて感情を表現している。

「かなしい。しくしく、ですか」



 微笑みすらも、震えに消えてしまう。

 得体の知れない何かに呑まれる中で、どうにか答えた。

「そうですね、きっと」

「なんで、しくしく、になっていますか」

 そばに、ぬくもりを感じる。

 知らず小さな頭を撫で引き寄せていたことに、ダイアンは気付く。

「僕が、悪い人間だからです」

「……?」



 不思議そうにウィスタリアの丸い目を見開き見つめてくる。

 こういう存在を。

 生きるために、あたりまえの雑事としてただ、売り渡そうとしていた。

 考えることなどなかった。

 そうすることによって足掻き、得た生に、一体何を求めるのか。

 これまで思考に上らなかったその理由が唐突に、かつ強烈にこの身に押し寄せた。

 自分が頬に傷を負ったとしても。

 半身を引き裂かれたとしても。

 どこにも伸ばすべき皺一つとして起こらず動いていく世界を認識することが怖くて。

 思考停止していたのだった。

 当初のこの少女のように。



「――ありがとう」



「なんで、ありがとう、ですか?」



「ラヴェンナさん。あなたの、おかげで」



 そっと手をやった小さな頬は熱く、色付いている。

「痛かったんだということに気が付けたのです」

 少女はきょとんと首を傾げる。

「わかりま、せん」

「いずれ、わかります」

 そのぬくもりを宿した柔肌を愛しむように両手で覆った。

「今僕があなたによって学んだことが」

 最後に彼から呟かれた言葉は、呆然とした響きを持つ。

「痛いと感じなければ、傷を治そうとすることはできないのですね」

 少女の小さな両手がそっと、彼の頬に、触れた。


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