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第4話 宅配司書ができるまで ⑪

 ライラック通りの赤い扉が目印。

 ガラスの天井。連ねられた左右の本棚にぎっしりと詰まる、世界中の書物。

 通りを入って半ばを過ぎたあたりに、ウィスタリア一美しいといわれる書店『スフィア・ビブリア』はある。



 久しぶりの休日。

 ダイアンは少女を連れ、そこを訪れていた。

 くるくると、ウィスタリアの瞳がめまぐるしいほどに蠢く。

 店内の奥の児童書コーナーで行われている絵本の読み聞かせに興味があったようだから、しばらく聞かせるままにしておく。

 参加した子どもたちのそれぞれの感想の発表が終わった後、子どもたちの拍手が鳴り響き、会が終わり を告げた頃合いを見計らって声をかける。

「ほしいものはありますか」



 少女は小さな両腕をいっぱいに広げた。

 ぜんぶ、というジェスチャーか。

「申し訳ありません。さすがに持ち合わせが」

 盗賊の自分がそう言っていることに苦笑する。

 すると少女は、棚の一つから本を取り出してきて、アルファベットをなぞった。



 U―P―T―O―Y―O―U

 Up to you――お任せします。



 状況に合わせて意訳すると、あなたのお勧めを、といったところだろうか。

 弱ったと、ダイアンはかすかに首を傾げる。

 そう言われても。

「あなたの方がよほど、書物には詳しいと思われますが」

 それでもこちらを見つめてくる二つのウィスタリアは揺るがない。

 仕方なく店内を物色すると、スタンドに開かれている一冊の本に目が留まった。

 ある街を取材した写真集である。



 静かな石畳の街だが、その中身は華麗だという。

 モザイクの玉手箱と評される天蓋。

 金と瑠璃に彩られた壁画。

 暖色をふんだんに使い描かれた天井画。

 ページをめくる度、町の新たな色が鮮やかに翻る。

 ちらちとダイアンは斜め下からきらきらとした目でこちらを見つめてくる視線を手繰る。



 今はただ、表情の乏しい少女。

 だがその内部は色彩に満ち満ちている。

 純度の高い感受性と、膨大な文学知識。それはとどのつまり――花園になる可能性。 


 しゃがみ込みダイアンは少女に本の写真を示す。

「あなたは、この街のようになるでしょう」

 少女は首を傾げる。

 そう言われて示されたのは石畳の簡素な街角なのだから当然だろう。

 言葉が、天から舞い降りた。

「ラヴェンナ。――ラヴェンナ・ヴァラディ。この名をあなたに授けます」

 光の粒が幾筋も少女の瞳に光を宿していく。

「イタリアのとある小さな町の名です。岩壁で形作られた堅牢な街並みからは想像だにつかない、紺碧に彩られたきらびやかな内装のモスクが数多く点在する」

 目を細め、その様をまぶしそうに、ダイアンは見つめた。

「静かな外観に相反する豊かな実りを内包する。あなたはそういう女性になります」

 大切な聖域にするようにそっと、その両肩を撫でる。

「いずれは抑えがたくなった色たちが外側にも表出します。世界を染め上げるのです」

 ら、ゔぇんな。

 らゔぇんな……。

 必死に口を動かし、単語を手繰る少女にダイアンは笑いかけた。

「あなたを今日から、そう呼んでもかまいませんか。ラヴェンナさん」

 ぶどうのドロップのように瞳を光らせたまま、少女はこっくんと頷く。

 そして。

「あ……り」

 息を呑み、ダイアンは身を傾け、少女の口元に集中した。

「ありが……とう、です」

 ――まただ、と思う。

 きゅっと胸が締め付けられる。

 得体の知れない何かが溢れてきて、どうしようもなくなる。 



「……あなたは、言葉が話せるのですか」



 思考に口の動きが追いつかないような拙さで、少女は言葉を紡いだ。



「いままで……しゃべろう、と、おもわな、かった。でも、いろいろ、ことばは、おもってい、ました」



 初めて語られた言葉らしい言葉に、ダイアンは目を見開く。

 やはり。

 予感は間違っていない。

 この少女の中にはきっと。

 底知れぬ彩のある何かが。



「だいあん、さん」



 きっと。

 必ず。



「なまえを、ありがとう……です」


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