第3話 宅配司書と女学生 ⑯
これはアジアのとある入院患者の物語。難病を患うこの絵本の著者は、当時わずか九歳です。
少女の病のために仕事を休まなければならない両親も、一人での生活を強いられる兄も。
周りの人々もまた言葉を飲み込んでいるということを、この年齢にして少女は理解しています。
ふっつりと、スウィーティの目尻に露が浮かぶ。
スウィーティに病気はない。
アジアの小国からは遠く隔たった都市ロンドンにいる。
なのに。
言葉を何度も飲み込み続けると、どんなに胃が、肺がもたれるか。
スウィーティは知っている。
少女の内を引き裂く慟哭がそのままこの胸にこだまするようだ。
ラヴェンナの語り口がふいに、途切れる。
「しばし、休憩をいただきます」
ラヴェンナは一度部屋に戻りまた屋根の上に舞い戻ってきた。
携えてきた絵本を開いたあるページ。
そこには、病室のオーバーテーブルの裏側に刻まれた文字を見つけた少女が描かれていた。
健康を祈る言葉。
病気と闘う同志への励ましの言葉。
この部屋に入院してきた患者たちの表現であり、コミュニケーションの跡だった。
『来年、わたしは長期入院をひかえている。二平方メートルの世界でまた、わたしらしく生きていく。オーバーテーブルにではなく、心に言葉をきざみこむ』
『それがだれかに届くかもしれないから』
少女の独白で、物語は終わる。
静かな干潮のような読後感。
そこへ満ちる月の光。
☆彡ブックトーク部分参考文献
『夜間飛行』 サン=テグジュペリ/著 二木麻里/訳 光文社古典新訳文庫
『地獄の悪魔アスモデウス』 ウルフ・スタルク/著 アンナ・ベグルンド/イラスト 菱木晃子/訳
あすなろ書房
『二平方メートルの世界で』 前田海音/文 はたこうしろう/絵 小学館




