第3話 宅配司書と女学生 ⑨
「また、内職ですか」
その夜。
バルーンにゴンドラ、虹色の尾をひく極楽鳥、ハートマーク。
カードにデザインを書き込むスウィーティに、ラヴェンナが言った。
「今度、うちでお姉ちゃんの婚約パーティーが開かれるから、その招待状。そこでわたしも向こうの家に紹介されるんだ」
かすかに、ほんのかすかにうつむくチェスナットブラウンの瞳。
「わたしは出来が悪いから、今はお姉ちゃんもお母さんも、振り向いてはくれないけど。でも、相手方の家に認められたら、そしたら」
にっこりと浮かべた笑顔。
「だから、パーティーが成功するよう頑張ってるの!」
愛らしい娘の満面の笑みをもし、絵画に写し取れば、真ん中にひびが入っているように思う。
まただ、とラヴェンナは思う。
不自然に、まるで故障して前のめりになった自転車のように、弾んだ口調。
「これが成功すれば、わたしもようやく、ハニービーンズ家の一員になれるかなって思ってるんだっ」
「スウィーティ」
危険な走行を止められるかはわからない。
それでもラヴェンナはゆっくりとブレーキに触れる。
「わたしは、孤児です」
「えっ」
衝撃を受けたように、スウィーティは眉を硬直させた。
「そうだったの。……ごめん。ごめんね。わたしってばちょっと家の人とうまくいかないからって不幸面して。そうだよね。もともと家族がいない人だっている」
俯き、やはり彼女は思考をやめない。
誰かがどんなに静止をかけようと。
「それなのに自力で難関の司書資格もとろうとしてて。ラヴェンナちゃんもきっと、ものすごく頑張ってきたんだね」
あたたかみのありすぎるある油は時にその身に火を点け。炎々と人を追い込んでしまう。
「その、推測の域を出ないのですが」
戸惑いつつもラヴェンナは、一つずつ確認することにした。
「スウィーティは、家族のいないわたしが、家族がいての不幸を嘆くあなたに怒りを感じていると、そう思っているのでしょうか」
きょとんと、チェスナットブラウンの目が見開かれる。
「違うの?」
「はい。それは、誤解です」
展開しかけた理論からひとまず返し縫いを試みる。
「今孤児であるということを申し上げたのは、『ゆえにこのような問題には疎いのですが』、という断りを入れるための情報提示でしかなく。わたしは、なにかのある・なしが幸福度を決定する、という価値観は持っていません」
「あーんもう、頭のいい人の言ってることって難しいよ。つまり、怒ってないってこと?」
繊細なエクルベージュの髪をかき乱すその姿がどこか愛しくて、ラヴェンナは微笑む。
「そうです。家族がいないゆえ、家族のことには疎いのですが、それでも」
そして、真剣な表情にギアチェンジした。
「今のスウィーティの話には何か、違和感を感じるのです」
知らず、スウィーティの目からも、おどけた色が消え去る。
「家族の一員、というのは。努力をしてなるものなのでしょうか。司書の資格を得るように。それは」
「そうなんだよ、きっと」
落とされたのは、普段より重く、低い声。
「そりゃ、元から自然になれちゃってる人たちもいる。でも、わたしは出来損ないだから、人一倍頑張らなきゃ」
かすかな違和感はとうとう深い深淵となる。
「そういう、ものなのですか……」
「うん」
スウィーティは微笑んでいる。だが。
この先も笑い続けると、加速を強いられた車輪が溝にはまってショートしてしまう。
そんな焦燥感が、ラヴェンナの胸を焦がす。




