第3話 宅配司書と女学生 ⑧
プラタナスの木々が黄色に色付き始めた日曜日。
木漏れ日零れる私室にスウィーティはラヴェンナを招き入れた。
部屋の中心には大きなキャンバスがある。
かけられた布を取り去った時、ラヴェンナの口から感嘆の声が漏れた。
コバルトブルーに、純白に、シルバーグリーンに、アメジスト。
一見ドレスにふわさしい鮮やかなグラデーションが飾っているのは、ジーパンにティーシャツの現代風の女の子。
頭には王冠とガラスの靴のチャームをつけ、ミラーボールの下、マイクを手に猛烈に歌ってる絵だ。
「これを、スウィーティが?」
キャンバスに近づいていくその顔から、隠し切れない笑顔が零れる。
「へへっ。おっかしいでしょ? シンデレラがひとカラしてるなんて!」
ぺろりと、お決まりのように画家は舌を出す。
「絵だけがわたしを傷つけたり裏切ったりしない友達だった。小さい頃から何度も仲間外れにされたしいじめられたこともあったけど」
わたしってのろまだからさ、ははっと、笑いを合間に挟んで、語る。
「自分が描いた絵だけが最終的に優しく慰めてくれるの」
陽光に照らされ光る現代画を。
吸い尽くすように眺めた後で、ラヴェンナは口を開く。
「それは。それはもしかしたら。世の理かもしれません」
しみじみと言うラヴェンナにうん、とスウィーティは頷いた。
「だよね。わたしもそう思う。自分を慰めるものって、自分の手でしか作り出せないんだと思うんだ」
そしてちょっとだけ重々しく、気どりも含めて。
「だからこの世界には芸術が生まれ、発展してきたんじゃないかなー」
「はい。きっと、そうです。能率至上主義になり、文化などというものとは相いれない時代になっても」
「それらは廃れることなく、人々に求められ続けている」
数秒真面目な顔で見つめ合い、ふふっと同時に笑う。
「何か学者さん同士みたいだね? わたしたち」
あ、もちろん美人学者二人ね、と付け加えると、ラヴェンナも笑い声を零した。
「わたしの解釈なんだけどね、現代にいたらシンデレラって陰キャかオタクに属すると思うの!」
二人の視界が導かれるように、再び絵画を含む。
「シンデレラが、お姉さんお母さんに仲間外れにされて舞踏会に行けなかったのは、継子だったからとか美人でねたまれたとかいう解釈もあるんだろうけど」
慈しむように、まるで撫でるように、女の子が描かれた枠にスウィーティは手をやる。
「要は相性が合わなかったと思うんだよねー」
そして、むむ、と、司書志望のラヴェンナを唸らせる。
「それは、斬新な解釈と言えますね。……しかしそう思うと合点がいく点が原典にも」
王子との結婚という、人間社会での成功に起点を置く継母と姉。
小鳥やねずみたちに助けられ、自然とのふれあいに価値を見出すシンデレラ。
「両者の価値観は相いれないものがあると言えるでしょう」
何を是とし否とするか。
美しいとし醜いとするか。
栄光とし恥とするか。
「それを異にした人々との生活からくる苦痛が、たやすく予測できます」
「はわぁっ、ラヴェンナちゃんわかってるーっ‼」
「わわ、ちょ、スウィーティ」
抱き着いた拍子に、二人は同方向によろめき、あわててキャンバスの無事を確認してまた、笑い合った。




