第3話 宅配司書と女学生 ⑤
少しずつ、落ち葉を重ねるように互いの情報や嗜好を連ね、同じ色を見出すことで、二人の少女は距離を縮めていく。
長い人生の岐路にあり、学生生活は瞬く間である。
そのうちに、二人が出会ってから四度目の秋が巡ってくる。
「……このところ毎晩」
交代で清掃することにより、住み始めた頃の清潔さが保たれている、寮のキッチンで。
身体を前のめりにしたラヴェンナは思考するようにスウィーティに問う。
「帰宅した後も朝まで作業していますね」
「ばれてた?」
ぺろりと舌を出すと、スウィーティは言う。
「お姉ちゃんがね、今度結婚するの」
「それは。おめでとうございます」
「うんっ」
弾むように頷いた後、スウィーティは弾むように、言う。
「それでね、いろいろ準備手伝ってるんだ。招待状のデザイン、婚約披露パーティー会場の手配、相手方との打ち合わせ」
弾んでいないと、川に落ち、沈んでしまう毬のように。
「それは、手伝っているという域でしょうか」
「家族だし、助け合わなくちゃね」
「家族とは、大変なのですね。他にも何かやられているのですか?」
「うーんとー」
弾んだ毬はいつしか、崖に追い込まれる。
「他の人には言うなって言われてるんだけど、ラヴェンナちゃんなら、いいかな……」
弾むことに疲れ、微睡みながら。
「いえ、その、無理に応えていただくほどの動機で質問したのでは――」
「郊外で一人暮らしのおばあちゃんの認知症、けっこうひどくてね。……たまに行って様子見てるんだ。もの壊したり暴れたりるすから、なんか疲れちゃって」
「それは……」
疲れるという言語で表現されるほど軽いものでは、と言いかけるラヴェンナの言葉も耳に入っていない。疲れのあまりふわふわした声音で、スウィーティは続ける。
「施設に入れるように国にかけあってはいるんだけどねー。難しくって。このあいだなんて市庁舎まで道が複雑で迷っちゃったよ。わたしって方向音痴だから」
ラヴェンナの眉間に筋が刻まれる。
道に、迷った。スウィーティが方向音痴だから。
それは。
「すべて、スウィーティ一人が行っているのですか? 生活に支障のあるご家族の介護手配から、お姉様の結婚式の手配」
「うーん……」
うつらうつらと船を漕いでいる今ならば。
「憚りながら、ずっと思っていました。休日あなたがなぜ、ずっと外出しているのか」
答えてくれるかもしれない。
そんな狙いもあってラヴェンナは、思い切って口にする。
「念のため、いつかのように、訊きます。――その手の傷は」
四年の歳月が経っても消えない傷はつまり、幾度となく新たなものが刻まれたことを意味する。
スウィーティの西洋栗を思わせるチェスナットブラウンの瞳が、はっとしたように見開かれた。
「広範囲に渡っています。誤って包丁で切った跡には見えないのです」
そしてまた、まどろみに瞼が上下する。
「お母さんは……都心の企業のトップをしている人だし。お姉ちゃんの結婚前なのもあって……いろいろ……色々と気が立ってるから」
「答えになっていません」
「うーん、眠い……」
「スウィーティ」
「気が立ってて……あたっちゃうことも、あるの」
「……」
長くともに住んで、わたしはあなたの何を見ていたのでしょうか。
ごく小さな呟きに返答はなかった。
もはや決定的だ。
愕然とラヴェンナはマグを持ったまま静止する。
「助け合わな、きゃ」
二十歳を超えた、成人女性の受けている仕打ち。
それが由々しき事態にカテゴライズできるかはわからないけれど。
助け合い。家族だから。
美しい言葉で覆っているそれは。
「傷つけられた者が傷つけた者の弁護をしている、その関係は」
「わたしには、健全とは――」
「ねぇ」
うるさそうにぶんぶんとまどろみを振り切り、スウィーティはラヴェンナを遮る。
「最近本読めてないからさ。お勧めの本教えてよ。未来の司書さん」
いつものように、純粋な笑顔で。
「……」
瞼の上下によって見え隠れするチェスナットブラウンの瞳。
その中に裂け目が、見えそうな気がする――。
「『ナイチンゲール』」
ん? とスウィーティが眠そうな目を見開く。
「アンデルセン童話に、ナイチンゲールという話があります」
ラヴェンナには、今のスウィーティがその小鳥に見えた。
ナイチンゲールというその小鳥は、王様に美しく鳴くようにと、城に連れてこられる。ところがルビーとダイヤでできた小鳥が王様の手に入り、お払い箱となる。
放たれた森の奥から、均整のとれた人工的な輝きをうらやましそうに見つめている。
でも、その小鳥は。本当は、その小鳥は――。
そこまで行くと、ラヴェンナは口をつぐんだ。
「よければ、読んでみてください」
「うん! ラヴェンナちゃんお勧めなら、絶対!」
生身の小鳥は、茶目っ気のある笑みを浮かべた。




