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第2話 宅配司書と劇作家 ⑩
水の都の石畳を、胡桃色のブーツが駆け抜ける。
――社長。
カーニバル用のマスクに、ヴェネチアン・グラス。
極彩色の光を放つショーウインドーに見向きもせず、女は駆けた。
――ごめんなさい。
駆けながら一心に、語りかける。
――マニュアルを無視し、独断で動くことをお許しください。
白い教会がそびえるサン・マルコ広場を抜け、小路地へ。
――物語のヒロインに恋をした、お客様の。
複雑に入り組んだ路地を何度も折れ、足をくじきながら。
――心が危機に、瀕しているのです。
宅配司書はお客様の元へとひた走る。




