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第2話 宅配司書と劇作家 ⑨

「『オペラの完成期限を延ばしてほしい』……」



 大ホールとはまるで別の空間のような、閑散とした執務室で。

 ラヴェンナの言付かった願い出をそのまま繰り返したアルペッジョは遠くを見るような目つきをした。

「わたしからもお願いいたします。彼はきっと傑作を書き上げると思います。もう少し、時間さえあれば」

 アルペッジョはどこか哀れむように、哀しげに微笑む。



「お気の毒だが、お嬢さん。とうに、時間切れは過ぎているのだよ」

「そこをなんとか」

 再度頭を下げる彼女に、頭を上げなさいと、座長は静かに命じた。

「きみは、わたしの言う意味が正確にはわかっていない」

「……?」



「この劇場の契約作曲家の中には、グリッサンドーニという者はいないのだよ」



 意味が飲み込めず、かすかに開けた薄桃の唇に。

 徐々にひび割れのような震えが走り出す。

「それは。……それは」

 認めがたい真実に首を横に振るラヴェンナの心中を察するように、その肩に置かれたのは、二世紀前より格段に需要の少なくなったクラシック音楽界を率いる、たくましい手。



「正確に言うと、もういない、ということになるかな」

 寂し気に、痛まし気に。だがきっぱりと。

 彼を待っている公演シーズンはもうないと、アルペッジョは告げた。

「歌劇を発掘した男が最上と言われるオペラを上演しつづけた年月は、きっかり一年前までの十年間。彼とした仕事は楽しかった。心躍る日々だった。それはそうさ。かつてのヨーロッパのように多くの人々が彼の書く筋と音楽に熱狂した。古典音楽を愛する者にとっては奇跡だ。音楽が人々の心を掴んでいた時代を彼は再来させたんだよ」

 その口から語られる栄光が輝かしいほどに、辛い。

 震える唇を、ラヴェンナは必死で噛みあわせる。

 耳を塞ぎたかった。

 その先を、聴きたくないと思った。

 だが。



「だがそれ以来グリッサンドーニはさっぱり曲が作れず、納期を守れないことが続いてね」

 いつかは必ず終幕を迎える。

 オペラも、スポットライトも、物語も。

「もう一年前になるか。あらゆる劇場との契約が打ち切られたのだ」


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