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第2話 宅配司書と劇作家 ④

「申し訳ありませんでした」

 初日の夕べ、西日が湖の都にゆっくりと沈みゆくテラスにて。

 ラヴェンナの面積の狭い頭部を、椅子に腰かけたままグリッサンドーニは眺めた。

「わたしはわけあって音楽が聴けない身体です。ですが」

 彼女は真摯に上げた顔を歪め、言う。

「信じていただけないかもしれませんが、わたしは」

 ウィスタリアの瞳に一滴、マンダリンオレンジを宿して。



「音楽が好きなのです」



 きっぱりと言い放った。

「……こうなる前は、幼い頃、毎日のように劇音楽を耳にしていました」

 南国の風がかすかに、グリッサンドーニの使い古した染みだらけの頬にかすかな刺激を運ぶ。

「甘やかな調べに天上の世界を思い浮かべました」

 そう。ほんの少しの、刺激。

 そんなものを含んだたわごとは続く。

「そして、文学はもっと好きです。二つの芸術の融合を、見てみたいと思います。一生、叶わないかもしれませんが……」



 かすかに俯いた後、ラヴェンナはその目を上げた。

「本の中の登場人物が目の前に現れて台詞を言い、歌い、生き生きと動いたら。どれだけ胸が打ち震えることでしょう。そう思います」

 一音一音、まるで舞台で喋っているかのように、くっきりと。

「とりわけわたしは、ずっと古典と言われていたオペラを新たに創造し、それも人々に感動を与えた――音楽雑誌『ミューズ』で長らく表紙を飾られた、グリッサンドーニ様のオペラをいつか、見たみたいです」

 台詞のピリオドを彼女は、深い礼とともに締め括った。



「わたしに、この仕事をお任せいただけないでしょうか」



 その頃にはもう、グリッサンドーニはその目を背けていた。

 役立たずな女などより、この広大な運河を見ていた方が、よほど創作の源となりうる。

「……ふん」

 しばらくそうしていた末、彼は目を閉じた。

「わたしはこの通り頑固な気難し屋だ。提案された物語が気に入らなければ即却下する。いくら持ってこられても、延々とな」

 そして――ぞんざいなピリオドを。

「小娘ごときがいくら奮闘しようと、及第点は手に入らないかもしれんぞ」

 フォルティッシモの勢いで、女が息を吸いこんだ。

 了承の意を組み取ったらしいと、グリッサンドーニにはわかる。

「はい……! はい!」

 今にも泣き出しそうなほど、嬉しそうに顔を輝かせる。

 この皮肉な台詞の中、気まぐれとも呼べないほどの小さな我が意をよく掴んだものだ。それだけは褒められる点だとグリッサンドーニは口の中で独り言ちた。




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