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第1話 宅配司書と作家志望 ⑬

 ホテル『アネラ』の大広間。

 普段は婚礼を挙げるゲストに提示する控室もまた、小ぎれいに彩られている。

 優し気な木片でかたどった家具。

 その上に豪奢な鏡。

 並べられるメイク道具。

 そこに、ホテル経営者の身内の者であるプルメリアは鎮座していた。



 主役というより、その部屋にあうように買われた花のように。

 化粧係の者が辞し、次に迎えに来るのは式の介添え人。

 開式の五分前。

 本の章の間の空白のページのように、束の間の静謐。

 プルメリアはコアの木材で縁どられた鏡に映った自身を見つめた。

 婚礼衣装に身を包んでいる。まるで当然のように。

 シルエットを強調した純白のドレス。

 その右耳の下で自身と同じ名の花は、蘭の圧倒的華やかさに気圧されたようにたたずんでいる。

 息の詰まる静けさだと思う。

 こういう時は、少しの安楽も堪える。

 本当の自分と向き合わざるを得ないから。



「プルメリア様」

 その窒息しそうな安楽地に、一羽、鳥が舞い降りた。

「ご覧ください」

 式に出席するように言ってあるから、艶やかな薄紫のドレスのスカートに、ローズクオーツと真珠を散らして。

 いつものようにハーフアップにした髪には、桃色のシャワーツリーを飾り。

 極楽鳥を思わせる気品漂う装いをしたお人形は、一冊の冊子を持っていた。

 こんな時でも密やかにそれでいて華やかに。

 放っておいたら、原生林にでも舞っていくような儚さをたたえて。

 ほとんど嫌悪するように、プルメリアはレースに包まれた手を振る。

「いいわよ。よして」

 強くしたつもりの拒絶も空しく、ぐっと、紙面を顔に押し付けられる。

「いいえ。見るべきです」



 あるページを強調したように二つに織り込んだ、その冊子。

 英語圏のとある国の文芸誌。

 投稿した小説の結果通知がそこにあった。

 絹を引き裂くような慟哭が静謐な空間を血染めにする。

「……何で」

「何で持ってきたのよ。こんなもの」

プルメリアの書いた作品が、佳作に入選した通知だった。



「もう逃れられないこの時になって」

 数歩よろめき、化粧台に手をつく。

 プルメリアをラヴェンナはまっすぐに見つめてくる。

「誰があたしを幸せにしてくれる?」

 そしてそのウィスタリアの瞳は。

「結婚相手? 友達? 家族? 好きな人?」

 この期に及んでプルメリアの奥の奥から、言葉を引きだしていく。

「冗談じゃないわよ」

 握った拳を台に押し付けると、洒落た造りの小瓶が跳ねて、倒れ、中からきらびやかな液体が流れ零れた。

「できるもんか。そんなこと。あたしのことなんかこれっぱかりもわかっていない世界になんか」

 バニラの香りで汚れた右手でプルメリアは胸元の絹の生地をむんずと掴んだ。

 皺になってしまえばいい。こんなきれいなドレスなんか。

「誰でもないあたしが、あたしを幸せにする。誰も信じなくても。それだけのことができる人間なんだって知らしめてやる」

 ブラックカラントの瞳は睨むように、ウィスタリアの瞳に据えられる。

 それが最後であり最奥の望みだった。



「……でも、もう」

 その続きは許されなかった。

 介添え人が扉を開けたのだ。

 しおれたように彼らに粛々と従うプルメリアに、ごく小さく、だが確実に聞き取れる音で、桃色の唇が呟く。いいえ、と。

「自分で自分を諦めないかぎり」

 扉が閉まる間際、はっとプルメリアは目を見開く。

「終わりません」

 式場へと促される歩みがほんの刹那、止まる。

「終わらないのです、プルメリア様」

 彼女だけが聴いている、その言葉を最後に、豪奢な扉が閉ざされた。


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