魔法使いの花嫁たち:スメラギ・アリス ①
私は今日も夢をみる。
過去幾度となくなぞった夢を今日もみる。
******
「ねぇ、この曲ってなんの曲か分かる?」
「え、えっとぉ」
意表をつく唐突な問いかけに私は声を詰まらせる。
いつも通りに一人で黙々と食事を進める給食の時間に、それまで会話らしい会話などしたことのない男の子が急に声をかけてきたのだ。
驚きのあまり返答に困ってしまうのも無理はない。
ただまぁ、そうでなかったとしても私は他人との会話が苦手なわけなのだが。
「…………」
「…………」
私が返事を返さないためか、その後も彼が口を開くことはなかった。
聞こえるのは賑やかな周囲のクラスメイトたちの話し声と、スピーカーから流れる誰かがリクエストしたらしい音楽のみ。
小学校二年生の春。二年三組。スメラギ・アリス。
今日も無事にクラスメイトとの会話がゼロで終了しました。
……はぁ。
******
『それじゃあ二人組を作ってくださーい』
「……はぁ」
私の気が重くなる授業の一つに運動というものが存在する。
あとは家庭科とか、たまにある英語の授業とか。
言わずもがな。その共通した理由とはペア作りに他ならない。
まず前提として、私は運動がそれほど苦手ではない。
女子の平均よりは動ける方で、男子と比べてもそこそこ動けるくらいの身体能力は有している。
持久走のような個人競技であればまずまずの成績をあげることも出来ている。
だけどチーム競技となれば話は別である。
第一に私は人見知りである。
昔から誰かの意見に合わせることが苦手であり、自分の本当に思っていることでしか他人に言葉をうまく伝えられない癖がある。
さらに表情を自分でコントロールすることが下手で、すぐ顔に出ると親からもよく言われている。
ババ抜きが苦手そうとか、そんなイメージが分かりやすいかもしれない。
つまるところ、私はコミュニケーション能力が著しく乏しいというわけである。
閑話休題。
さてそんな私だからこそ、こういう運動の授業でペアを作れとか言われてもどうして良いか分からなくなってしまう。
友達はおらずクラスメイトもあまり私に話しかけてこようとはしない。
根暗で話し下手な私になど興味も湧かないのだろう。
で、その結果どうなるのかといえば――。
「よろしく」
「えっと。よ、よろしく……」
うん。まぁ同じく余りものである男の子とペアを組むことになったわけだけど、ただこの状況も余り好ましいものではないというか……。
「見てよ。またあの子、西園寺くんとペアになってるよ」
「ねぇ。ちょっと可愛いからってずるいよね」
うぅ……。
またひそひそと陰口を叩かれてる……。
周囲から刺さる無遠慮な視線に、私はついうつむき顔になってしまう。
何を言っているのかよく聞こえないけど、間違いなく私の悪口を言われているのだと分かる。
それはそうだ。この状況でこちらを見てそれ以外を口にすることなどあるはずもない。
それでもこうする他ないのだから仕方がないものだと私は割り切る他ない。
ただ一つ、幸いなことといえば彼とペアを組むこと自体が苦ではないことだ。
「ま、まずは準備運動だって」
「分かった。それじゃあ最初にスメラギさんから進めようか」
「うん、分かった」
先生からの指示で前屈の体制をとると、私はつま先を指で掴むように身体を前へと折り曲げる。
次に彼が背中をグッと押すことで私の身体はさらに前へと倒れ込みようやくつま先を掴むことができた。
「スメラギさん。結構身体柔らかいね」
「そ、そうかな。あ、ありがとう」
「ただ感想を口にしただけだけど。それじゃあ次は僕の番だから。よろしく」
「う、うん」
お父さん。お母さん。
今日は少しだけクラスの男の子と会話をすることが出来ました。
……えへへ。
******
「ねぇ、これってなんの曲?」
ある日、家でテレビを見ていると気になる音楽が耳に届いた。
何かのCMで流れていたその曲は、よくよく聞いてみればなんとなく私も聞き覚えがあったような気がする。
ただCMの映像を見ていなかったためヒントは得ることはできず、結局それが何の曲であったのかまでは思い出せない。
喉元まで出掛かっているような気がするのに――うーん、なんだっけ。
「そうねー。なんだったかしら」
ママも首を傾げながらうんうん唸っていた。
聞いたことがある? やっぱりそうだよね。
「ドラマの歌かしら。それともアニメとか。アリスちゃんアニメっていっぱい見てるでしょ」
昔から友達がおらず誰かと出かける機会も少ない私は、一人で過ごす時間が長いことからテレビを見ることが多かった。
その中でも特にアニメや特撮ヒーローが大好きで、ビデオで録画すると暇な時には繰り返し眺めることもあるくらい。
ただまぁ、誰かに伝えるのは恥ずかしいので内緒の趣味ではあるわけで。
……うん。話す相手なんていないけどね。
「でもアニメの曲なら思い出せると思うんでけど……」
「そう? それじゃあ今度パパにも聞いてみましょうか」
「うん」
それからテレビで再びCMが流れることはなかったけど、私は耳に残った音楽をつい口ずさんでいた。
でもそれは無意識だったみたいで、ママは微笑ましそうにしていた理由を私は最後まで気がつくことはなかった。
******
「……あ、これだ」
******
それから二週間後。
いつもの通り一人静かな給食の時間を過ごしていた頃、ふとあの音楽が流れ始める。
いつか曲がれたアップテンポでノリの良い音楽。
クラスメイトたちは特に反応を示してはいなかったけど、隣の彼は違う。
パンを食べる手を止め、考えるように首を少し傾げていた。
「……あ、あのね。この曲、なんの曲か分かったの」
放送部にリクエスト用紙を投票してからようやく訪れたこの時に、私は勇気を持って彼に話しかける。
もしかしたら緊張のあまり声が裏返ったりしていたかもしれないけど。
それでもなんとしても彼にその答えを伝えたい。
弱い私の精一杯の頑張りだ。
「……あぁ。そういえば前に聞いたね」
「う、うん。も、もしかしてもう知ってるの?」
「いや知らないけど。それで教えてくれるの?」
「う、うん。えっとね――」
いつも通り淡白な反応を見せる彼の様子に、なんとなしに挫けてしまいそうになるけど。
それでもなんとか彼と話を続けてみようと答えを伝える。
それはかなり前に映画化したアニメの曲で、少し前にテレビで映画が放映されたこと。
その続編が今度の夏にまた映画化されるため最近CMで宣伝されていたこと。
そして、私がそのアニメをよく好んで見ていたこと。
「あぁ、そうか。あの映画の曲か」
「……あの、もしかして西園寺くんもあの映画……」
「うん。家族で映画館に見に行ったよ。言われてみれば確かにあの映画の主題歌だったかも」
顎に手を当てながら彼は納得するように繰り返し頷く。
「あの映画って元々はテレビアニメだったんだよね。面白いの?」
次に彼はこちらの方を向くと質問を投げかけてくる。
そういえば彼がちゃんと私の目を見て話をすることなんて初めてかもしれない。
そんな感想を胸に抱きつつ、私は首を縦に振って彼の問いに答えようとする。
「う、うん。すっごく!」
コミュ障ここに極めり。
気持ちをうまく伝える手段に乏しく何てことのない言葉で返してしまったけど、彼は「そっか」とたった一言だけど返事を返してくれる。
「それじゃあさ、もしよかったらだけど――」
ただそこから続く言葉に、私は数日もの間頭を悩まされる羽目になる事を私はまだ知らない。
「……えっ」
小学校二年生の夏。二年三組。スメラギ・アリス。
パパ、ママ。今日はクラスの男の子と一緒に映画を観る約束をしてしまったみたいです。
本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。
「ポイント制勇者と名もなき魔法使い」
https://ncode.syosetu.com/n1290in/
ややシリアス寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。
※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。




