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【更新休止】魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
6月:キングス・ファイブ 【魔法使い】VS【魔女】
55/62

side SS:優介たちは週末を過ごす ②

一週間更新くらいには戻したいと思いつつ

 送信先:西園寺優介

 

 件名:午前十時

 

 本文:車田ラーメン

 


 ******

 


 ――カランコロン

 

「へいらっしゃい! お、来たな坊主」

 

 扉を開き店内へと足を踏み入れるといつものように野太い声で元気な挨拶が耳に届く。

 声がする方へと振り向けば、そこにはカウンターテーブル越しから顔を覗かせる強面の男性の姿が見える。

 僕は一言、こんにちはと挨拶をしながら会釈を返す。


「注文は嬢ちゃんから受けてるぜ。ほれさっさと座りな」


 右手でくいっと指示されたカウンター席へと向かいそのまま円形の椅子へと腰を下ろす。

 ふと気がつく。指定席なんてことはないだろうけど、店主に案内される時は大体このカウンター席な気がする。

 そんな些細な気づきで、僕も結構このお店に馴染んできたよなーなんて思ったりする。

 いや実際行きつけのお店なのは事実なのだけれども。


「外は暑かったろ。ほらキンキンに冷やした水でも飲みな」


 そう言いながら冷水が注がれたコップを僕の目の前に置くと、店主は次にお店に備え付けられているテレビを指差す。

 そこでは店主の言葉を補完するような話をニュースアナウンサーが淡々と解説している。

 いわく時期に合わない異常気象だとかなんとかかんとか。


「今日は夏みたいな猛暑日だって昨日からニュースで言ってたからな。おまえさんも結構汗を掻いてるだろ」

「蝉の声が聞こえてくるんじゃないかってくらい暑いです。ほんと、少し早い夏日ですよ」


 そう。たしかに今日はとても気温が高く、めちゃくちゃ暑い。

 昨日まで春服か夏服かどちらを着るべきかなんて迷っていた気温とは訳が違う。

 もう夏の半袖一択である。

 すごい生地が薄くて通気性の高い半袖シャツ。いつぞやに買っておいた服がここぞという時に役に立つわけで。

 そんなささやかな優越感を感じながら、僕はコップに口を付けて冷水で喉を潤す。氷の冷たさがとても心地よかった。



 ******



 ――通称『車田ラーメン屋』

 

 決して有名なお店ではないけれど、僕をはじめとした一部の学生たちからはよく知られている御用達のこじんまりとしたラーメン屋。

 建物が裏通りに位置するため飲食店が並ぶ表通りからは見えないのが立地としての弱さを感じさせるものの、口にしてみれば分かるラーメンの濃厚な味や値段の安さ、そして見た目と反してフレンドリーな店主の人柄に惚れ込む人が少なくない隠れた名店。

 それが僕からこの車田ラーメン屋に向けた印象である。

 とはいえさすがに時間が時間。まだ昼食には早いこの時間帯にはお客の姿など()()()くらいしか見当たらない。

 常連の皆さんがくるのはもうしばらく後の話だろう。

 

 閑話休題。

 さてここまではそんな車田ラーメン屋のお話を進めてきたが、話の本題は当然なぜ僕がこのお店に足を運ぶことになったのかという点に尽きるだろう。

 こんな猛暑日にも関わらずわざわざラーメンを食べに行きたいなどと、そんな衝動に駆られたわけではない。

 もっと言えば僕の意思でここにきた訳でもない。

 となれば答えはもう一つしかないよね。

  

「ってか、あんたはいつまで挨拶もなしにぐびぐびと水を飲み続けてるわけ? というかあんた。人を待たせといて謝罪の一つもないわけ」


 ほらきた。

 

「ははっ。待たせた? いや、あそこにかかっている時計を見てごらんよ。まだ十時前だよ。君が指定した待ち合わせ時間より前ですけれどもなにか」 

「はぁ? あんたレディより遅く来るってどういう了見よ。何より私との待ち合わせよ? 集合時間より三十分は前に来るのが常識でしょ」

「はーい。じゃあまずメールを受け取ったのが一時間前だった件について話し合いたいと思いまーす」


 手に持ったコップをテーブルの上に置き、僕は改めて隣に座る彼女と向き合う。

 黒のワンショルダーのトップスにフレアスカート。頭には赤いベレー帽を被り、少しおとなしめな印象を受けるメガネと後ろに縛ったお団子髪が二つ。

 やや地味ながらもどこかオシャレを感じさせる彼女は、それこそ口を開かなければ一定の男性に好まれそうなお淑やかな令嬢を思わせる。

 ――まこと残念である。

 

「あんた今なんて思ったか言ってみなさいよ」

「まこと残念である」

「なんで語り言葉口調なのよ。……はぁ、もういいわ」

 

 やれやれと言った様子で彼女はこれ見よがしに肩をすくめて見せる。

 なるほど。では僕の何が悪かったのかをとんと問い詰めてみたいという気持ちに駆られるのは致し方ないと言えるだろう。

 言葉にするのであればこうなる。

 何いっとんねんこのアマ。



 ******


 

「へいお待ち! 豚骨とバター醤油、本日一番乗りの注文だ!」


 その後もああだこうだと言い争う僕と彼女のささやかなやり取りを経て、気がつけば店主が調理を済ませていたようだ。

 いつものように味の異なる二つのラーメンと片手に持てるくらいの大きさの小皿を僕達の前に並べてくれる。


「どっちがどっち?」

「私が豚骨であんたがバター醤油よ」


 そう言いながら彼女は慣れた手つきで自分のラーメンを箸で掴むと小皿に装っていく。

 蓮華でスープを掬い箸でトッピングから海苔やメンマを選び小皿に盛り付けるとやや小ぶりなミニラーメンの完成だ。

 本家の四分の一くらいの大きさでミニラーメンを作り終えると、その器を僕へと手渡す。

 続いて僕も同様に手元のバター醤油ラーメンからミニラーメンを作り上げる。

 同じように彼女の元へと差し出せば、今度は彼女がそれをこぼさないようにと丁寧に受け取る。

 

「…………うん。おいしい」


 間も無く食事を始める彼女は、その口元を緩めながら小さな笑みを浮べる。

 一方、僕も同じように目の前に並んだ二つのラーメンを見比べながら、それぞれの味を楽しもうと最初にレンゲでそれぞれのスープを口に含む。


「うん。美味しい」


 先ほど耳にした彼女の感想と全く同じ言葉を口にしつつ、その後は黙々とラーメンを食べ進める。

 濃厚な味付けに口の中に広がるバターの香り。

 引いたはずの汗を再び掻きながら、その心地よい暑さにはつられて口元が緩んでしまう。

 まぁ、あれだ。

 暑い日にラーメンも悪くないのかもしれない。

 


 ******



「あー、お腹いっぱい。ごちそうさまでした」


 んー、と声を上げながら彼女は腕を大きく上げつつ身体を背面へと逸らす。

 浮かべる表情はとても満足げで、どうやら本日のラーメンは彼女のお眼鏡に適ったらしい。


「ごちそうさまでした」

 

 続けて僕もラーメンを食べ終える。

 とても美味しかった。そんな感想に尽きる今日この頃である。


「ふーっ、やっぱり仕事明けのラーメンはいっそう美味しく感じるわね! あんたも付き合ってくれてありがと」


 先ほどの食ってかかってくる態度とは異なり、彼女は柔らかな表情を見せる。

 まぁ、こういうところもいつも通りと言えばいつも通りである。

 

「どういたしまして。というか仕事明けって、まだ午前十時頃だよね」


 ふと彼女の話が気になり店内に掛けられた時計を見ると、まだ十時を少し過ぎたくらいの時間であることが分かる。

 この時間にして、およそ高校生の口から飛び出る言葉ではないだろう。


「ん? あぁ、朝少し仕事の打ち合わせがあったのよ。ほら明日から私たちって泊まりがけでこっちにいないじゃない? だからその前にって強引に時間を作ったのよ」

「……なんていうか、だって昨日も仕事だったでしょ? 平日は学校だし、一体いつ休んでるのさ」

「慣れっこよ。別に今更って感じだわ。――あ、昨日って言えばそういうあんたは昨日デートのよね。良いご身分だことね」

「えぇ。おかげさまでテレビ出演までさせて頂きまして。昨夜は当方大変盛り上がることになりまして」


 唐突に向けられた妙な方向の話に、僕は昨日の惨劇を思い返す。


『ユーくん。今朝お姉ちゃんの誘いを断ってまでどこに行ってたのカナ?』

『優介。随分と雰囲気の良い喫茶店を知ってるみたいね。彼女さんの趣味かしら?』

『貴様なぜ返事を返さない。よもや今まさに星宮先輩と――』

『オマエヲコロス』


 家では姉が笑みを浮かべ、幼馴染からは声色優しい電話が、返事がないことを心配したのか悪友からは定期的に大量のメールが届き、そのほかモブどもからは心温まる連絡でスマートフォンが鳴り続ける。

 僕はなんて素晴らしい人たちに恵まれているのだろうと思わず目尻から涙が溢れたほどである。

 

「――ふーっ。ていうかさ、あんた結局星宮先輩とはどうなのよ? お付き合いとかしてるわけ? そこんとこ詳しく教えなさいよ」


 一方そんな僕の惨状をつゆほども知らない彼女は愉快そうに詰問を続ける。

 

「さぁ、どうだろうね」


 ま、僕も答えるつもりはありませんが。


「ふーん。まぁ別にいいけどぉ……でもやっぱり気になるのよね。あんたと女たちの関係」


 女たちって言い方はどうにかなりませんかね。

 あ、すみません。杏仁豆腐ください。


「レースの本命はやっぱり星宮先輩でしょ? 次にスメラギさん。幼馴染って強いわよね。で、そのすぐ後ろにあんたの女たちが並んでるわけよ。松永さんに佐倉さん。姫島さんは……ちょっと違うか。あぁ、あとうちのボスも。でも最近は後輩ちゃんともよく一緒にいるって話じゃない」


 杏仁豆腐どーも。

 あ、作りたてですか? それはラッキー。


「あーでもでも、私の見立てでは一番怪しいのはあんたの元カノなのよね。そもそも本当にあんたたちって別れて――」


 甘くて食感もなめらか。

 え、普通に美味しいじゃないですか。

 

「――って、人の話を無視してないで反応くらいしなさいよっ!」

「えー、じゃあはい。これ」

「あらどうも。……なかなか美味しいじゃない。この杏仁豆腐」


 なんやかんやと口元を抑えながら彼女は上品に杏仁豆腐を食べ進める。

 あまり食べ慣れないのかその独特の食感や甘さに関心を示している様子。

 お願いだからそのまましばらく黙っていて頂きたい。


「……ねぇ。もしも私がこれをもう一つ頼んだとして丸々食べるのは食べ過ぎだとは思わない?」

「そうだね。ついでにいえば僕ももう少し食べたいと思ってたところだよ」

「よし。――あ、すみません。杏仁豆腐もう一つくださーい」


 ニヤリと笑みを浮かべる彼女は店主に新しい杏仁豆腐を注文する。

 すると店主は「あいよー!」と元気な返事を返し、程なくして杏仁豆腐を彼女の前へと運ぶ。


「それにしても杏仁豆腐なんてもともとあったかしら? 今まで気が付かなかったわよ」

「そうりゃそうだ。なんたって夏に向けた新商品だからな」

「あら、それは素敵じゃない」

 

 彼女はスプーンで少量を小皿に取り分けると僕の前へと運ぶ。

 先ほどと同じく杏仁豆腐から香る甘く柔らかい匂いが鼻に届く。


「うん。美味しい。きっとお客さんもみんな喜ぶ味よ」

「へへっ、嬢ちゃんたぁ嬉しいねっ! よし、そいつは俺からのサービスだ!」

「あら気前が良い。それじゃあありがたく頂戴するわ」


 それだけ口にすると、彼女は黙々と杏仁豆腐を食べ始める。

 ――本当、美味しそうに食事をするよね。きみは。



 ******



「美味しかったわ。満足満足」


 しっかりと食欲を満たしたことにより彼女はとても満足そうな笑みを浮かべている。


「ふぅー。――ん? 何人の顔をじろじろと見てるのよ」

「いや別に。幸せそうだなーって思って」

「はぁ? そりゃあ美味しいもん食べたんだからそうなるでしょ」


 変なやつ。そんなふうに彼女はまた笑う。

 作り笑いではない素の表情。

 いわく上品さを求められる人物像を作り上げるため、誰に彼にも見せられるものではないとのこと。

 そういう意味では僕は恵まれていると言ってもいいのかもしれない。

 なんやかんやと彼女に振り回されるのも嫌いではない。

 ――まぁさっきみたいな話はご遠慮被りたいのだけれど。

 

「あ、そうだ。あんた今日はこの後予定とかあるの?」

「特にないよ。夜に音子がうちに泊まりにくるからそれまでは暇」

「……なんか気になる話が聞こえたけど、まぁいいわ。じゃああんた。この後も私に付き合いなさい。買い物に行くわよ!」

「忙しいのでごめんなさい」

「あんた今暇って言ってたわよね?」


 えー、だって絶対荷物持ちに付き合わさせるやつでしょ。


「それは半分だから安心なさい」


 えー。


「仕方ないじゃない。明日からの合宿に必要なものをまだ揃えてないんだから。そういうあんたはもう準備できてるわけ?」

「僕は一応。ちなみに何を買いに行くのさ」

「主に衣類ね」

「ほとんどの時間を制服で過ごすのに?」

「女子には色々あるのよっ! ほら、そうと決まればさっさと行くわよ! すみません、お勘定お願いしまーす」


 まだ行くなんて言ってませんけど。

 そんな僕のささやかな反論に対し、彼女は全ての支払いを自分の財布で済ませるという男気溢れた行動で黙殺させる。

 はい。どうもごちそうさまです。


「ところで、もうさっき買い物は目的の半分って言ってたけど」

「そうね。もう半分は気になる映画がもうすぐ終わりだって聞いたのよ。あとは昨日あんたが星宮先輩と行った喫茶店で見かけたパフェがすっごく美味しそうで――」


 今から隣町に行くの? とか、その映画ってもしかして? とか、まだ食べるの? とか聞きたいことは色々あったけど。

 とりあえずこの一言だけは伝えておきたい。


「昨日あんな大っぴらにデートだって公言した喫茶店に別の女の子と二人っきりで行くってどうなの?」

「大丈夫でしょ。てか誰もあんたのことなんて気にしてないわよ。気にしすぎなのよあんたは」

「そうかなぁ」


 ともあれ、もう逃げられないことを悟った僕はどうせなら楽しもうと前向きに気持ちを切り替える。

 そうだよね。何も昨日の店員さんがいるとは限らない。顔を覚えられているとも限らないし大丈夫だよね。

 

「さ、行くわよ」


 

 ******


 なお予想通り同じ映画を見るハメになったし買い物にめっちゃ付き合わされたし喫茶店に昨日と同じ店員さんがいて『あれ君昨日違う女の子と一緒に来たよね』って疑惑の視線を――。

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