side 一年生:良太たちは一般基礎学科クラスの印象について話し合う
矢継ぎ早に狙い放たれる魔法弾を視認した後、男子生徒は至って冷静にその弾道を見極めると男子生徒はその身体を僅かばかり横へと傾ける。
一発、二発、三発。
身体のすぐ脇を通り過ぎていく魔法弾を見送ると、すぐさま放たれる次弾へと意識を向ける。
続く四発目。
先に放たれた魔法弾とは質の異なる、よく狙いの定められた一撃が男子生徒に届かんと再びその身に迫る。
彼は向こうに見える女子生徒の頭につけられたカチューシャを目を映すと、表情を変えぬままに左足を半歩後ろへと避ける。
そのまま右手を前に出す形で身体を横向きに、次に腰を屈めることでやや低い体勢へと姿勢を変える。
イメージするは柔の技。
回避ではなく対処を選択する男子生徒は、すぐさまに身体を脱力させると必要な分の力だけを右腕に込め――タイミングを合わせて右足を一歩前へと踏み出す。
――ふっ
着弾寸前。
コンマにも満たない絶妙な時間の中で、彼は迫る魔法弾の下へとその身を潜らせると、続けて斜め上向きに向けて掬うように右手の甲で逸らし上げる。
必然と目の当たりにする女子生徒の引き攣った表情を視界に映しつつ、彼は次の攻撃へと意識を向ける。
******
「で、俺たちのグループは兄貴たちのクラスの担当ってわけだが。――とりあえずなんかあるやつ挙手!」
とある平日の昼下がり。
俺たち一年A組は午後イチから特別カリキュラムを受講していた。
題して『第二学年生に対する印象をまとめる授業』
曰く、来週に控えた六月度魔法対抗戦の前に俺たち一年生から二年生に向けられる印象とやらを資料にしてまとめる事が目的らしい。
なんて、言ってしまえば何がしたいのかよく分からない授業だが単なる座学でないのなら俺としては歓迎だ。
ただ椅子に座って黒板を眺めながら話を聞くだけの授業よりも何倍も楽しいし、何よりもグループ活動ってところが気が楽で良い。
それとなく駄弁ってても文句を言われなさそうだしな。
「はいはいはーいっ! そりゃあなんと言っても優介先輩でしょ! クラス代表だし? めっちゃ格好良いし? もう一般基礎学科クラスっていうよりも優介クラスって言われたって違和感ないって――」
「あー、はいはい。他に意見あるやついるかー?」
案の定この手の話題にさっそく暴走して見せる美桜をよそに、俺は机を囲って並び座るメンバーへと声をかける。
いま集まってるのは十数人のクラスメイトたちで、授業ということもあり仲良しメンバーってわけでもないからか少し消極的な雰囲気が見られている。
こういう時に美桜という空気を読まない存在は非常にありがたいが、さてここからどうしたものか。
「え、えっと……西園寺くん。これは、その……どういうお話をすれば、良いのかな?」
その中の一人がおずおず手を上げながら意見を口にする。
おぉ、グッジョブだぜ。
「お、良い質問だ。伊南さん。とかなんとか言って俺もどうしようかなーって考えてたんだけどさ」
そう。この課題は結構ふんわりとしている部分がある。
俺たちの二年生への印象をまとめて発表すること。先生が提示した課題内容はそれだけで、具体的にどういう話をするだとかどんなふうにまとめろだとかそういう指定は一切ない。
言い方はあれだが、もしかしたら適当に発表したとしても怒られないのではなかろうか。
「そうだなぁ。俺としては最初にみんなの先輩たちへの印象とか感想みたいなのを箇条書きみたいに出し続けてまとめるってのが良いんじゃないかと思うんだが……雪代さん。なんか考えとかあるかな」
俺はひとまず思いつく提案を提示した後、クラスのご意見番こと雪代紗耶さんへと意見を促す。
なんというか、彼女のまとめ役としての存在感はとても頼りになるというのがクラス全体の共通認識になりつつある今日この頃――のはずだったのだが、一方でそんな雪代さんといえば、我関せずといった様子で窓から空を眺めていた。
おぉ、今日は協調性に欠ける雪代さんなんですかね。とかなんとか思っていた矢先、唐突に彼女はすーっと俺の方へ視線を向ける。
対する俺はといえば、向けられた視線を逸らすことも出来ずにそのまま数秒ほど彼女の瞳と見つめ合ってしまう。
――え、何この時間。
そんなふいに生まれた微妙な気まずさを感じさせる時間は、先に口を開いた彼女の言葉で終わるを迎える。
「私も西園寺くんの意見で良いと思います。例えば先ほどの藤林さんのように特定のどなたかの印象を口にするも良し。四月に開催された魔法対抗戦の特に抱いた感想を口にするも良し。まずはそんな感じで話を進める形で良いのではないでしょうか」
「よ、よーし。それじゃあそんな感じでいくか!」
凛とした声色で方向性を示してくれる雪代さんに賛同しつつ、先ほど感じた気まずさを一旦頭の中から弾き出す。
別に女子とちょっと目を合わせたってだけだろ。俺は何に動揺してんだか。
そんな上手く飲み込めない自分の感情に疑問を浮かべつつ、俺は再びメンバーへと意見を促そうと周りを見渡す。
「それじゃあ……和尚。なんか頼む」
選んだのは俺の悪友こと通称――和尚。
物静かで柔らかい雰囲気を醸し出しつつもセクハラまがいの発言で女子から嫌われるという大層アホなやつだが、俺は割と和尚のことを評価している。
まごうことなきアホだが、意外と頭がキレる。それが和尚に抱く俺の印象だった。
「うむ。承知した。……そうじゃのう」
いつもと変わらぬ特徴的な言葉遣いで返事をしつつ、和尚は目を閉じながらさすりと自分の頬を撫でる。
そんなやけに様になっている仕草を続ける先、うむと一言呟いた和尚は意見を口にする。
「一般基礎学科クラスの女性先輩たちはとても綺麗じゃな」
「せやな」
まじかよこいつ。
思わず無意識に返事を返してしまうも、まぁ期待を裏切らない男だと内心で妙な納得をしてしまう。
「キモい」
「しね」
「マジでキモい」
まぁ女性を綺麗だと感想を伝えただけであそこまでボロクソ言われるのもやつしかいないだろうし、それを受けても涼しい顔で微笑みを浮かべていられるのもやはりやつしかいないだろう。
とは言え、さすがにそれだけの感想で終わる和尚ではないはず。
ここ三ヶ月の付き合いでただの女性大好きエロ坊主というわけではないことを薄らと分かり始めてきた。
ひとまず周囲からの罵声(十割女子)を止めると、和尚に向けて話の続きを促す。
さぁ、挽回のチャンスだぞ。
「む? 話の続きとな? 特にはないが」
悪いみんな。こいつやっぱりただの女大好きクソ坊主だったわ。
******
続いて黒いグローブを両手に嵌めた大柄の男子生徒が物陰から戦場へと躍り出る。
継続して放たれる魔法弾は男子生徒を避けるように標的へと狙い放たれる一方で、対する彼はといえばふらりとその場で足踏みしながらその身に近づく男子生徒へと視線を移す。
腕を掲げながらすでに臨戦態勢に入っている男子生徒が笑みを浮かべていることを確認し、通り過ぎる魔法には目もくれず愚直に突き進む男子生徒を正面に見据える。
開戦まで残り十メートル。
一秒後に始まる近接戦闘に向けて両腕を身体の前に構えることで迎撃体制を取り始めるも、ぴくりと身体が反応した次の瞬間に彼はその身を大きく後方へと跳ね下がる。
――チューン
突き刺さるは魔法の弾丸。
先ほどまで自身が立っていた場所への攻撃を視認する。
すぐさまに彼はある一方へと視線を走らせるがそこに人の影は見当たらない。
本気で仕留める気だったか、それとも察知されることを織り込み済みだったか。いずれにせよかの狙撃手は簡単に見つかってくれるつもりはないらしい。
それに何より、男子生徒はもう目前まで迫っていた。
******
グループのみんなから意見を聞いていた中で、やはり関心が高いのはいわゆる「戦闘力」に起因する話題だった。
やっぱり魔法で競い合っている時が一番派手だし目立つからな。
例えば指先に光を灯したり、手で風を起こしたり、離れた位置においてあるものを動かしたり。そういった超常現象のような事象を起こす魔法を先輩たちが使っている姿を見たことはあるが、言ってしまえばなんかちょっと地味だ。
一方で四月の魔法対抗戦で見せた魔法弾なんかは基礎魔法とやらに分類されるらしいが、それでもスカッとする面白さがあった。
将来魔法使いとして社会で生きていく場合に必要となる能力は前者なのかもしれないが、青春に生きる俺たち学生の大半は後者の方に何倍もの魅力を感じているに違いない。
と来れば必然と出てくるお決まりのテーマ――そう、最強ランキング。
一般基礎学科クラスは誰が強いのか。
この手の話題は誰もが少なからず関心を抱くためか普段口を開かないようなメンバーまで関心を示した表情を浮かべているし、その最たる代表格の雪代さんまで顎に手を当てて思案した様子を見せている。
……てかどうでもいいけど、なんか仕草が兄貴を彷彿させるのは気のせいだろうか。
「でも、やっぱりよく分かんないよね。ここらへんのパワーバランスって結局どうなってるんだろ」
そう疑問を口にしながらメンバーの一人が指を指すのは最強候補として有力視される四名の名前が書き記されている。
【魔弾】スメラギ・アリス
【飛翔】山田麗華
【魔法使い】西園寺優介
そしてこの中で唯一二つ名を持たない生徒――藤堂絢
「うーん。あの時見た感想としてはやっぱり山田先輩じゃないかと思うんだよね。だってあんなに早く動かれたら魔法を当てようにもどうしようもないでしょ」
「だよな! 相手の、なんだっけ……あのめっちゃ強かった相手の金髪の先輩。――まぁいいや。で、中盤からあの人一人に押され気味だったのに山田先輩が加勢したことで一気に選挙区がひっくり返ったじゃんか。どう見たって山田先輩が最強だって」
まぁ確かに一理ある。
四月の魔法対抗戦で見せた山田先輩の立ち回りというか速度は尋常ではなかった。
それこそ漫画とかアニメとか、とにかくあの時の山田先輩の動きは人に許された能力を明らかに超えている。
たとえいくらアリス先輩や藤堂先輩が優れた魔法使いであろうともあの速さを前に何かできるとも思えない。
あくまで個人戦を前提に置く話にはなるが、二年生全体を見渡したって山田先輩は最強の一角に当たるのかもしれない――なんて大半の奴らは考えるんだろうな。
だけど俺と、そしておそらく雪代さんの意見も違うはずだ。
「ねぇ雪代さんの意見はどうかな?」
そんな考えを知ってか知らずか、美桜が雪代さんへと意見を促す。
「……私、ですか?」
「そう。雪代さんの意見が聞きたいなーって」
いやこいつのことだから多分確信犯だろうな。
とはいえ、やっぱり俺も彼女の意見は気になる。
俺のとっての佐倉先輩のように、雪代さんにとっての兄貴。ともすればおそらくは――。
「……そうですね。これが個人戦という観点であれば――いえ、そうでなかったとしても、誰が一番強いのかと言われれば答えは決まってます」
そう意見を述べる雪代さんは、そのまま一点に指を差す。
******
――我が名は山田麗華。その役割に準じ、己が道切り開く
――我が名は山田麗華。いま願うは届かぬ憧憬の疾さ
――我が欲する其の役割は【ナイト】
遥か離れた認識されない領域の外から、【飛翔】はその手に竹刀を握り一直線に駆け抜ける。
瞬く暇さえ与えない。その絶対的な速度で【飛翔】が選択するのは突きの型。
得意とする振り上げではなく、最小の動きで繰り広げることのできる必確の一撃。
接近戦が得意な東間翔也を主体として、後方からは強力な魔力弾を構える藤堂絢、そして【魔弾】が要所を威嚇射撃で援護することでようやく生み出された隙の間を決して外すわけにはいかない。
時間にして数秒にも満たず、また攻撃が認識される頃には反応することさえままならない完璧なタイミング。
例えこの一撃で倒せなくても構わない。
竹刀で与えるダメージがさらなる隙を生み出し残りのメンバーで仕留めることができれば策は成就する。
そのための一突き、勝利への一撃を決めるため魔を詰める最後の一歩を大きく踏み出し【飛翔】はついに標的を捉える。
味方すら存在を認識できないほどの最速の魔法使いは、そうして勝利をその手に収めようとする。
******
「理論的に説明することが難しいのですが、ただ私には先輩が負ける姿というものが想像出来ません」
それは感想と言うには随分と力のこもった意見だった。
確信している。そう言って差し支えないほどに彼女の言葉は澱みなかった。
「確かに山田先輩の魔法は強力なものであると認識しています。あれだけ早く動かれたらどう対処すべきなのか私には一向に分かりません。――ですが、ただ動きが早いだけであの先輩が負けてしまうものなのでしょうか」
それは誰に問いかけているのか。
そう考えてしまうくらいには、雪代さんはここではないどこかを見ているような気がしてならない。
そんな独特の雰囲気で続ける彼女の話に、気がつけば周囲は関心を惹きつけられている。
「なら、西園寺先輩はどうやって山田先輩に勝つと思う?」
再び意見を促す美桜の言葉に、雪代さんは「さぁ?」と表情を変えずに首を傾げる。
「まぁですが、きっと魔法でなんとかしてしまうのではないでしょうか。だって彼の二つ名は【魔法使い】なのですから」
つぶやきと同時に、彼女はすいと右腕を挙げると左から右にかけて身体の前を水平に横薙ぐ。
「――それ、なんの動き?」
投げかけられたその問いに、聞いているのかいないのか彼女は独り言で返事を返す。
「たしかあの時、あなたはこんな風に言ってましたよね」
******
息をするよりも先に竹刀が届く絶対の距離まで近づいた時、【飛翔】は彼がゆっくりと指で空を薙ぐ様子を視界に映す。
線をなぞるように水平に、それはまるで空を切るように。
【飛翔】があと数十センチメートルの距離を縮めるまでの間に、ただそれだけの所作で彼の魔法は完成する。
******
「――其の風断つ」




