七夕記念 SS:姫子は彼と願いたい
七夕記念ショートストーリー
一年前のお話です。
今日は年に一度の七夕祭り。
天の川を隔てて離れてしまった織姫と彦星がカササギの翼に乗って逢瀬する祝いの日に、私――姫島姫子は教室の窓から空をぽーっと眺めていました。
雲ひとつない青空に澄み渡る空気。これだけ快晴なら織姫と彦星はきっと無事に天の川を渡ることができるに違いありません。
そんな絵空事にも似た妄想を思い浮かべつつ、誰に届くでもない小さなため息を一つ吐いてしまいます。
悩みの種はこれ。机の上に置かれた短冊。
「これ、どうしたようかなぁ……」
私立有栖川魔法学園では七月七日を重要な記念日として設けており、その熱の入り用は世間一般の七夕への認識とは大きく異なります。
それがどれくらいかと言えば、七月七日の記念日は通常授業が午前中のみであると教師が公言し、では午後に何をするのかといえば『七夕祭り』なる行事を開催するほど。
いや七夕祭りってなんでしょうか。
『皆さん。今日の午後までに短冊に願い事を書いておいて下さい』
聞いたところによれば、なんでも『魔法使い』の世界では七夕を神聖な祝いの日として認定しているそうです。
そんな話は初めて耳にしましたが、あのマシロ先生が根拠のない曖昧な話をするとも思えません。おそらく本当の話なのだろうと結論づけます。
きっと私が知らなかった世界の一つなのです。お恥ずかしい限りだ。
閑話休題。
さて話を戻すとして、私は再び目の前に放り出された短冊へと目を配ります。
マシロ先生曰く、この短冊はこれから体育館に用意される笹竹に全校生徒が一斉に飾るそうです。
魔法使いにとって大切な『願い』を天に届けるという、願掛けをする催し事。それが『七夕祭り』。
一応、話によれば願い事はなんでもいいそうです。
早く魔法が使えるようになりたい。将来有名な魔法使いになりたい。美味しいご飯が食べたい。宝くじが当たりますように。素敵な男性と出会えますように。etc……etc……。
例えば同じクラスの東間……(なんだっけ?)くんは短冊を受け取るなりデカデカと『巨乳のカノジョが欲しい!』と書き記していました。
なぜ知っているかって? 短冊を書きながら恥ずかしげもなく口にしていたので。
なお当然女子のみなさんはドン引きでしたよ。
あとは他にもカルナさんは『優介と結婚する(断言)』とか、松永さんも『ユーと寝る(断言)』とか……まぁこの二人平常運転ですね。
それともう一人、佐倉さんは『素敵な出会いをありがとうございます』……ってなんかお礼を言っちゃってるケースもありますが、そんな彼女たちを素直にすごいと思えるのは一才の迷いもなく願い事を口にすることが出来ることでしょう。
普通は躊躇ってしまうものだと思います。
恥ずかしい、外聞を気にしてしまう、あるいは願い事がたくさんあって迷っちゃう。
そんなすぐに決めなくても良い『願い』を、すぐに思い浮かべ伝えることの出来る彼女たちは本当にすごいです。
きっと彼女たちの中には自分がしっかり芯となって存在しているのでしょう。
そんな意志の強さを見せる彼女たちが、同い年としてはとても羨ましい限りです。
「――ふぅ。……よしっ」
ともあれそんなことばかり考えていても仕方ありません。
なんでもいいからみんなに見られても困らない願いを一つ、さっさと短冊に書いてしまわなければ。
「うーん、何がいいかなぁ」
えぇ、まぁ思いつきません。願い事……なにかあるかなぁ。
とりあえず何かアイデアはないかと教室を見渡してみることに。
クラスメイト同士がお話をしていたり、一人でスマートフォンを操作していたり、何かの本を読んでいたり、食事をしていたり……こう言ってはなんですがありふれた光景がそこには広がっていました。
でも残念ながらあまりにも普通すぎて――。
「――あっ」
その時ふと一人の男の子の姿が目に映りました。
近しい間柄の女子生徒と会話している彼の姿に、私はひとつの閃きを見出しましう。
――そうか。これがありましたか。
私は心の中でポンと叩くと、机の上に用意していたペンを手に取り短冊へと『願い』を書き始めます。
――新作のゲームを友人と楽しめますように
******
午後になり、私たちは体育館へと足を運日ます。
短冊を飾る順番は三年生たちから始まり、二年生、一年生へと続いていく。その中でもさらに私たちのクラスは最後ということもあり、用意された笹竹にはすでに願い事の記された短冊で上から下までびっしりと埋まっていました。
「せんせー! これどこに飾ってもいいんですかー?」
誰かが手を上げながら質問を投げかけます。
その問いにマシロ先生は問題ありませんと返事を返す。
高いところでも低いところでも、どこでも好きに飾って下さいとの話みたいです。
「よっしゃあ! それじゃあなるべく高いところに飾ろうぜ! 潤、手伝ってくれよ!」
「えー。用務員室とかで脚立を借りてくればいいのに」
率先して騒ぎ始める男子生徒コンビ。
そっか。やっぱりみんな高いところに飾りたがるのか。
言われてみれば確かに上の方に短冊が多く飾られているように見えます。
少しでも早く願いが叶うように、みたいな願掛けかな?
やがて次々とクラスメイトたちが笹竹へと近づき短冊を飾り始める。
それなら私もと足を進めようとした頃、不意に背後から声をかけられました。
「姫島さんは短冊になんて書いたの?」
思わずびくりと身体が跳ね上がる。
後ろを振り向けばそこには彼――西園寺優介くんの姿が見えるではありませんか。
イケメンと呼んでも差し支えない整った顔立ちに、一見すると真面目そうなメガネ男子を思わせる様相。
そこにはいつもと変わりのない西園寺くんが立っていました。
「さ、西園寺くん!? もうっ! 急に声をかけないで欲しいよ」
「一応さっきから声を掛けてたつもりなんだけど……なんかごめんね?」
言葉ほど悪びれた様子を見せず、彼は謝罪の言葉を口にする。
まぁ私も別にそれほど怒っているわけではないので良しとしましょう。
「で、なんだっけ。短冊? それならこれだけど」
そう言いながら私は短冊を西園寺くんに差し出す。
彼は短冊を受け取ると書かれている文字をチラリと眺め、ふっと鼻で笑う。
――待って。この人、いま鼻で笑いませんでした?
「ふっ、姫島さんらしい願いだね」
「あー、ついに堂々と笑ってるよ!」
「ごめんごめん。全然そんなつもりじゃなかったんだけど」
「ふんだっ! じゃあ当然西園寺くんの短冊にはさぞ素晴らしい願いが書かれてるんでしょうねぇ!」
憤慨した私の様子に気圧されてか、彼は無言で短冊を私に差し出す。
ふん! と勢いのままに短冊を奪い取り、そのまま文字を眺めます。
「なになに……『ひなたさんが人に迷惑をかけない良識ある大人になりますように』……」
……………………。
「なんか、ごめんね?」
「うぅん。いいんだ」
私はそっと彼に短冊を返す。
先ほどまでの熱はどこへやら、お互いに視線を逸らしたまま不思議な時間を過ごす羽目になる。
あー。うん。いや、なんかホントごめんね。
******
「七夕ってさ、なんか面白いよね」
「急にどうしたの?」
西園寺くんと二人で笹竹に短冊をつけようと手を伸ばす中、彼は私にしか聞こえない声で話しかけてくる。
「いや、なにかを形にして『願う』なんて、くすぐったいような恥ずかしいようなってさ。前まであんまり意識したことがなかったけど、なんかちょっと不思議な気分だよ」
「それは、たしかにそうだね」
それはきっと手に持つ短冊の願い事の話ではなく、彼と私しか知り得ない『願い』を指しているのでしょう。
お互い胸の内に秘めるそれぞれの『願い』あるいは『希望』。
そして、姫島姫子と西園寺優介の約束。
「まだ分かんないけどさ。来年でも再来年でも、いつか短冊に『願い』をかけるようになって。それが叶ったらいいなって思うんだよね」
視線をこちらに向けず、彼は声だけを私に届ける。
本当の願いを短冊にかけるように、か。
「……それも西園寺くんの『願い』なのかな?」
「あーうん。言われてみればそうかも。――しまったな。ひなたさんのことなんかよりそっちを願うべきだったか……」
「ふふっ、何よそれ」
ここでも邪魔をするのかひなたさん。そんな恨み言を口にしながらも、彼は笑みを浮かべて短冊を飾る。
私もそれに倣って彼と同じ場所に一緒に吊るす。
「――来年の今頃」
「うん?」
「来年の七夕でさ。私たちが今度は短冊になんて『願い』を書くのか。なんだか今から少し楽しみになってきたかも」
これからの一年間で私や西園寺くんの何かが変わるのだろうか。
遠ざけてきた『魔法』を通じて、私はその『願い』を表立って口にすることはできるだろうか。
「それじゃあさ。来年もまた一緒に短冊を飾ろうよ。そしたらその答えも分かるでしょ」
「うん。そうだね。――でも私と西園寺くんが同じクラスになるとは限らないけどね」
「その時は――また何か考えるよ」
そうか。ではもう一つだけ。
願わくば、来年も彼と一緒に短冊を飾ることが出来ますように。
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