第94話 戦いの場へ
「魔物がッ! 大量発生したのだな!」
私が通話を終えるのを待ち構えていたガルコス公爵が、唾を飛ばしながらわめき散らした。
「こうしてはおれん、今すぐプリマヴェーラ辺境伯領へ共に参ろうぞ! 皆の者、出合え出合えー!」
石造りの壁にわんわんと反響してうるさいんだけど……。
エスタンゴロ砦には私が行くし、ガルコス公爵の出番はないから。
「ガルコス公爵、魔の森はとても危険なところですので……」
諦めてください。
移動時間が何時間もあるのに、道中ずっと一緒なんて辛すぎる。
「何を言う! 私がいなくてどうやって戦うと言うのだ! 魔物どもめ、首を洗って待っているがいい。このガリアーノ・ガルコスが一匹残らず仕留めてくれるわ! フフフフフ……、ハハハハハ……、ハーーーッハッハッハ!」
あの……、どこの悪役ですか……?
あんなに反り返って腰を痛めないのかな。
それに都合よく忘れてるようだけど、今までガルコス公爵の手を一度たりとも借りたことないし、手助けなしでもプリマヴェーラ辺境伯家がキッチリ守り続けてるから。
「ガルコス公爵、気持ちは分かるが、公爵の役目はこの王都で王族の命を守ることにある。ここは我々に任せていただきたい」
クリス様は毅然とした態度で、興奮するガルコス公爵をたしなめた。
「むうぅ……」
国王陛下の実の息子であるクリス様にそう言われてしまっては、さすがのガルコス公爵も反論しにくいようだ。
「その通りです、父上。大人しく王宮へ向かってください」
ガブリエルはそう言うと、自分のアイテム袋から結界のマントを取り出した。
「ーー時間を無駄には出来ない。急ぐぞ!」
バサリとマントを羽織りながら、ガブリエルは返事を待たずに足早に執務室を出て行ってしまう。
えっ、ガブリエルも行くの!?
呼んでないよ!
「チェリーナ、急ごう」
「は、はいっ!」
そうだ、ここで誰が行くとか行かないとかで揉めてる場合じゃない。
ガブリエルに付いて行ったジュリオとアルフォンソに遅れないよう、急いで後を追わないと!
「ぐぬぬぬぬ……、おのれー!」
おー、怖……。
ギリギリと歯噛みするガルコス公爵の視線を背中に感じながら、私たちは足早に階段を駆け下りた。
「最速トブーンで向かおう。チェリーナ、大丈夫か?」
「はい!」
今ならアドレナリンがたっぷり出てると思うんで、たぶん行ける筈!
「俺が先に行って食い止めてやるから、ゆっくり来てもいいぞ。じゃあな」
すでに自分のトブーンに乗り込んでリモコンを構えているガブリエルは、私たちが準備できるのを待たずにさっさと飛び立って行った。
す、素早いな……。
この行動力があれば、王宮魔術師じゃなくて騎士でもやって行けるかもしれない。
ガブリエルってなんだかんだ言っても強いもんね。
「クリス様、チェリーナ、僕たちも先に出発します!」
ガブリエルが飛んで行くのをボサッと見ているうちに、いつの間にかアルフォンソとジュリオまでもが飛び立ってしまった。
ああもう、のんびりしてる場合じゃないんだから急がないとー!
「チェリーナ、早く座ってシートベルトを締めてくれよ」
「は、はいっ! すみません!」
シシシ、シートベルトを……ッ!
ああっ、手が震えて上手くはめられない!
「落ち着け。エスタンゴロ砦には義父上がいるんだから慌てることはない。みんなが疲れた頃に回復薬を差し入れられればいい、それくらいの気持ちでいよう」
そうだ……。
エスタンゴロ砦には、お父様もお兄様もユリウスも、それにプリマヴェーラ辺境伯家の騎士たちもいる。
私が行っても戦いに参加できるわけじゃないんだから、今は気持ちを静めて、少しでも自分の体を回復させることに努めよう。
「わかりました……。もう大丈夫です」
いつの間にか手の震えは止まっている。
私はシートベルトの金具をバックルにカチッと差し込むと、クリス様に笑顔を向けた。
「それじゃ、出発するぞ。眠っていてもいいからな」
クリス様……、ありがたいですけど、さすがにこんな時に眠れるほど私の神経図太くないよ……。
そして、出発して数分のうちに、私たちはあっという間に王都を通り抜けた。
目印となる街道の上を飛んではいるものの、時折小さな町や村が見えるくらいで、基本的には単調な森の景色がどこまでも続く。
おしゃべりでもしてないと、ずっとこの景色じゃ……、眠くなって……きそ……う……。
「チェリーナ、そろそろ起きろ」
ん……、クリス様の声が聞こえる……?
「んん……、もうすこし……」
あと10分だけ……。
「いくらなんでも寝過ぎだぞ。飲まず食わずで大丈夫なのか?」
クリス様はそう言いながら、私の体をゆさゆさと揺さぶった。
もう……、わかったからそんなに揺らさないでよ……。
「しかし図太い女だな。こんな時に呑気にぐうすか寝てられるなんて信じがたい」
「そこはチェリーナですから……」
「南の島へ向かっている時も、ほぼ寝てたよな」
思いの外近くで聞こえた声に、私はパチッと目を開いた。
はッ……、私寝てた……?
うわあ、この状況は自分でも信じられない。
よく寝られたね、私!?
「し、失礼いたしました。長旅の疲れが出たのかもしれません」
「長旅って、1泊2日の旅の事か?」
いやいや、ジュリオ!
数え方が違うから!
アメティースタ公爵領を出発した日から数えると、3泊4日になるから!
「大体、お前が駆けつけて何か役に立つのか? 魔法を使えなくなったんだろう?」
うう……、それはそうだけど……。
「そこは気合で乗り切りたいなって」
「気合でどうにかなるなら、俺の魔法具も気合でどうにかしろ」
ええー、そうくる?
どんな時でも容赦ないな、ガブリエルめ……。
「まあ、そういじめてやるなよ。余計チェリーナの具合が悪くなりそうだ」
そうだよ!
みんな、もっと私をいたわって!
「チェリーナ、お腹は空いてない? 僕たちお昼を食べ損ねてるし、エスタンゴロ砦に着く前に少しお腹に入れておいたほうがいいと思うんだけど、食べられそうかな?」
そういえば、この騒ぎですっかり昼食のことを忘れていた。
でも、寝起きということもあって、そんなにガッツリは食べられそうもない。
「そうね……、それじゃあサンドイッチか果物でも……」
「戦いの前なのに肉を食わなくていいのか?」
うん、ジュリオは食べたらいいんじゃない?
「私はちょっと胸が苦しくて食べられそうにありません。これからの事を思うと緊張してしまって」
……みんな、そんな疑わしそうな目で見ないで!?
これでも本当に緊張してるから!
「じゃあ、僕のアイテム袋におべんとーがいくつかあるから。チェリーナはサンドイッチで、他の方は好みのおべんとーが当たらなくても文句は言わないということでお願いします」
「わかった」
アルフォンソ……、いつの間に私のお弁当をそんなにストックしてたのかな?
もしかして、私のアイテム袋よりアルフォンソの方が中身が充実してたりしてね。
……ありえるな。
そして、短い休憩を終え、再びトブーンで飛び立った私たちは、小一時間ほどでプリマヴェーラ辺境伯領へ入った。
ここまで来ればもう少しだ。
どんどんエスタンゴロ砦に近づくにつれ、否が応にも気持ちが高ぶって行くのを感じる。
私は落ち着きを取り戻すべく、両手で自分の頬をパンパンと力いっぱい叩いた。
うっ、ほっぺが痛い……。
力の加減を間違えた……。
「あ……、あれは……?」
「えっ、なんですか?」
呆然とするクリス様の声に気付いた私は、その視線の先に注意を向けた。
そして、目に飛び込んできた信じがたい光景に、私は一瞬何が何だか分からなくなる。
「うそ……、エスタンゴロ砦が……? エスタンゴロ砦が、燃えている……ッ!?」