第93話 迫りくる悪夢
あっ!
もしかして、自力で考え付いた魔法具しか出せないとか、実はそういう制限があるのかも!
いままで適当にペンタブを使い続けてきたけど、そう考えれば辻褄が合うんじゃない?
「あのー、ガブリエル様の発案じゃダメみたいです」
「は? なんで俺が悪いみたいな言い方なんだよ」
いや、ガブリエル個人に原因があるとまでは言わないけど。
自力で考えることに意義があるみたいなんですよね。
「チェリーナ、それなら試しに自分で思いついたものを出してみれば?」
アルフォンソの提案に、私はなるほどと頷いた。
確かに、試してみればすぐに分かることだ。
よーし、ガブリエルが悪いのか私が悪いのか、ここではっきりさせておこう!
……でも、急に妙案は浮かばないな。
とりあえず通信機でいいか。
「ーーポチッとな!」
シーン……。
「あ、あら? おかしいわね」
声が小さかった?
「ーーポチッとな! ポチッとな! ポチッとなーーー!」
シーーーン…………。
どんなに声を張り上げても、通信機は現れない。
う、嘘でしょ……?
まさか私、魔法を使えなくなっちゃったの?
「チェリーナ、どうしたんだよ? ふざけて……」
クリス様は一瞬、私がふざけてわざとやっているのではと疑ったようだった。
だけど、私が本気で動揺していることが伝わったのか、最後まで言わずに口を噤んだ。
「クリス様……! わたし、わたしの魔法がっ! どうして!?」
焦るあまりに涙がこぼれそうになる。
私から魔法を取ったら、何も残らない。
私なんて、可愛いだけが取り柄のただのお嬢様だ……!
「チェリーナ! 落ち着けって。たまたま調子が悪いだけかもしれないじゃないか」
クリス様が背中に手を回してさすってくれるけど、私はとても落ち着けそうになかった。
「チェリーナ、以前ラヴィエータに聞いたことがあるんだけど、ラヴィエータは自分の怪我を自分の光魔法で治せないんだ。痛みで意識を集中できなくなるからなんだって。チェリーナも怪我をしてから具合が良くなかっただろう? だから、今は集中できないだけなんじゃないかな?」
アルフォンソがなだめるように口にした言葉に、一縷の希望を見出した私はほーっと息を吐いた。
「そうね……。きっと怪我のせいで調子が狂っているんだわ」
一時的なことなら、しばらく休養すればまた魔法を使えるようになるだろう。
「そんな大怪我をしたのか?」
ガブリエルは片眉を吊り上げながら尋ねた。
「はい……、大量に出血してしまって……」
嘘じゃないよ、本当にザックリいったんだからね。
あれは私の人生で一番の大出血だった。
「ほんの2~3滴だったのに、あれくらいで調子が狂うものか?」
ジュリオ!?
少なく見積もっても4~5滴、悪くすれば6滴以上だったかもしれないから!
「私は繊細なんです。箱入りのお嬢様ですから」
「100歩譲って血筋がお嬢様なのは認めるが、そんなことより俺の報酬はどうなるんだよ?」
ガブリエル……、自分の報酬より私の体を心配してよね!
それに、100歩譲ってもらわなくても、私は繊細なお嬢様です!
「成功報酬ということでお願い致しますわ。どうしても前払いでとおっしゃるなら、アイテム袋に入っている魔法具から一つ選んでいただければお渡ししますけれど」
「いや、俺の魔法具がほしい。仕方がないから後にしてやる。ありがたく思え」
むむむ、ムカつくーーー!
俺の魔法具って言うなら自分で出せよ!
「ーーやはり来ていたのだな。ここに来ていながら私に挨拶がないとはどういうことだ?」
言いがかりのような言葉とともに現れたのは……、はい、ガルコス公爵です……。
今日も全身黒ずくめな上に、おまけに髪まで真っ黒。
なのに、黒いマントでなぜか口元を隠すようにしているのは何なんですか?
吸血鬼に憧れてるのかな、この人。
「ガルコス公爵、お久しぶりでございます」
「ついに私の部下になる決心がついたということだな?」
いいえ?
なんでそう思ったの?
「私たちはガブリエル様に用事があって訪ねて来ただけですわ。すぐにお暇いたします」
私がバッサリとガルコス公爵の期待を切って捨てると、ガルコス公爵はバサッと大袈裟にマントをひるがえして顔を露わにした。
ちょっと……、埃が立つって……。
「何故なのだッ! 王宮魔術師は国中の魔法使いの憧れの的! 誰もがなりたいと夢に見ているというのに!」
え?
初耳だな。
「あッ、魔術師長! 見つけましたよ! こちらにいらしたのですね!」
ガブリエルの執務室の扉を完全に閉めていなかったらしく、細くあいた隙間から部下らしき人物がガルコス公爵を見とがめた。
「……しまった! 顔を隠していたのに何故分かった!?」
「声が聞こえましたから」
ガルコス公爵……、そんなんで隠れてるつもりだったんですか?
「ぐぬぬ……、少しだけだ! すぐに戻る!」
「いえ、今戻ってください」
ガルコス公爵とその部下は、呆気にとられる私たちの前でぎゃあぎゃあと押し問答を始めてしまった。
あの、迷惑なんでよそでやってもらえるかな?
ブーブーブーブーブー!
「あらっ、通信機よ、通信機が鳴っているわ! ーーはいっ、こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
はー、助かった。
誰からかな?
『チェリーナか? 俺だ』
「お父様!」
ちょうどお父様に聞いてほしい話がたくさんあるんですー!
私、手をざっくり切っちゃってー。
『……大変なことになった。魔物が大量発生してな。今回は俺が見た中でも群を抜いて数が多い』
周りに聞かれないようにしているのか、お父様はボソボソと声を潜めて話し出した。
「ま、魔物が……? 大量発生……」
魔物の大量発生。
私も一度だけ、身をもって体験したことがある。
目の前に突然現れた恐ろしい魔獣に、お母様と私はもう少しで殺されてしまうところだったのだ。
あれは今から10年前、私が8歳の時だった。
そしてお兄様が産まれた時にも起きたと聞いているから、20年前にも大量発生したということになる。
10年前と……、20年前……?
『ーー激しい戦いになるだろう。だからチェリーナ、お前もーー』
そういえば……、どこかで”魔物の大量発生は10年周期で起こる”と聞いたような……?
あれはどこだった?
どこで聞いた?
「あっ、そうだ!」
キキエーラの本だ!
あの本の中に、魔物が大量発生する周期についての記述があった。
なんということだ、どうして私はあの時聞き流してしまったんだろう。
10年周期であることにもっと注意を払っていれば、前もって対策を立てられたかもしれないというのに!
それに、この前魔の森の上空を飛んだ時、いやに恐ろし気に見えたのは、気のせいなどではなく本当に魔素に異常があったからだったのだ。
『ーーリーナ、チェリーナ! 聞いているのか?』
「えっ、もちろんです!」
途中から周期の事で頭がいっぱいになっていた。
だけど、聞かなくてもお父様の言いたいことは分かる。
わざわざこうして連絡してきたということは、私に力を貸してほしいという意味に他ならない。
『それじゃあな』
「はい!」
ツーという音がして通話が切れると、私はぎゅっと通信機を握りしめ決意を新たにした。
今は体調が悪いなどと言っている時ではない。
ここで頑張らずに、いつ頑張るというの!
待っていてください、今すぐお父様の元へ駆けつけます!




