第95話 燃え盛る炎
既に日が傾きかけているせいで、こんなに近くに来るまで異変に気付けなかった。
だけど、いったん気付いてみれば、広範囲からもうもうと煙をあげているのが見て取れる。
「あんなに煙が……、どういうことなんだ……」
「わかりませんけど、急ぎましょう!」
エスタンゴロ砦が燃えているなら、早く火消し君スーパーフライングバージョンで消し止めないと!
でも……、あれだけの広範囲だと焼け石に水なんじゃ……。
砦の備品として置いてある分と、アイテム袋に入っている分をかき集めても足りるかどうか不安が残る。
「……ジュリオが何か合図してるな」
前を行くアルフォンソとジュリオのトブーンに目を向けると、確かにジュリオが振り向いて何事か合図している。
えっ、なになに?
自分たち2人を指さしてから手をまっすぐ前へ、次に私たちを指さして手を下に向けているね。
「えーと、私が思うに、あれは”俺たちにしっかり付いてこいよ、壁にぶつかって落ちないように気を付けろ”と言いたいのではないでしょうか」
たぶんこの解釈で合ってる筈だ。
障壁にぶつかったら危ないもんね。
私も子どもの頃に、うっかりぶつかりそうになっちゃってさー。
「違うだろ。ジュリオたちはエスタンゴロ砦を通り越して、そのまま魔の森へ入るつもりなんだよ。だけど、俺たちには安全な所へ下りろと言っているんだと思う。チェリーナを連れて、この状態の魔の森へは行けないからな」
「ええっ、あの手にはそんな意味が!? ジュリオ様……!」
やっぱりジュリオは私への心遣いも忘れない、気のいいお兄さんだよ。
一方その頃ガブリエルは……、うん、思った通り振り向く気配もありません。
そうだ、優しいジュリオにお礼を言っておこうっと。
「あ・り・が・と・う。ありがとう!」
私は顔の高さに上げた右手を、口の動きに合わせて左から右へ少しずつずらした。
「……その手になんの意味が?」
「え? ありがとうの意味ですけど?」
いやだな、クリス様。
口で”ありがとう”って言ってるのに、意味は”このやろう”ですとか、ある訳ないでしょ?
「伝わってないようだぞ……」
ええ、なんで?
あっ、ジュリオ!
首を傾げないでよ!
煙に気付いてからスピードを上げたこともあって、程なく私たちはエスタンゴロ砦の上空へ到着した。
「ーーあら? 砦に火がついていたわけじゃないみたいです」
上から見る限り、火の手も見えないし、騎士たちが消火活動をしている様子もない。
よく考えてみれば、エスタンゴロ砦も障壁も頑丈な石で出来ている。
燃えるような材質のものは建物内なら少しはあるだろうけど、ここまでの煙が出るほど大量にはない筈だ。
「砦の向こうから煙が上がっているんだな。ということは、義父上の魔法で魔の森が火の海になってるってことか」
そうなりますね……。
「でも、火が燃え広がらないようにといつも気を付けていたのに……」
お父様が思い切り火魔法を使っても大丈夫なように、木を切り倒して整地もしているし。
「それにしても、熱気がすごいな。いったん砦に下りるぞ」
「はい」
うう……、熱気もすごいけど、ものが焼けるにおいがキツイ。
木だけじゃなくて、あまり考えたくはないけど、たぶん魔物が焼けるにおいも混ざってるんだよね……。
うぷっ、想像して吐きそう。
「あッ、お嬢様! 何故ここへ!?」
私たちが中庭へトブーンを着地させると、顔見知りの騎士が私を見とがめた。
「お父様に呼ばれたのよ」
「……チェーザレ様が?」
思いっきり顔に”嘘つけ”って書いてあるけど、本当だからね!?
「ーーチェリーナ! なんで来たんだよ!?」
「お父様!」
背後から現れたお父様が、なぜか非難がましく私を見ている。
え?
お父様が呼んだんでしょ?
「いま大変なことになってるから来るなって連絡しただろう」
ええー!?
嘘だあ、来るななんて言ってた?
「来てじゃなくて、来るなって言ったんですか?」
紛らわしいよ!
来てほしくないなら、わざわざ連絡してこなければよくない?
「こんな時に観光ツアーで押しかけられたら困ると思って連絡したのに」
ああ……、そういうこと……。
「ーーチェーザレ様、この火は一体どうされたんですか?」
私がほんの少しお父様と話をしている間に、いつの間にかアルフォンソたちがエスタンゴロ砦にトブーンを下ろしていた。
魔の森の状態を確認して、いったん砦に戻ることにしたようだ。
「なんだ、アルフォンソまで来たのか? それに、ガブリエル君やジュリオ君まで……。チェリーナ、なんでこんな大ごとにしたんだよ……」
ええー、だって、すっごい大ピンチなのかなって。
少しでも助けになればと思って、取るものも取りあえず駆け付けて来たんですけど……。
「助けたいと思って……」
「はあー……。それじゃ、せっかく来たなら、火消し君スーパーとワインでも置いて行ってくれよ」
え、ワインはいらなくない!?
「それが……、ちょっと怪我をしてしまって、調子が出ないんです……。だからワインも出せません」
「お前……、ほんとに何しに来たんだよ? 具合が悪いなら家で寝ていろ」
お父様を心配して来たのにひどいッ!
「ところで義父上、消火活動に当たらなくていいのですか? それに魔物は?」
そうだよ、主力のお父様がこんなところでおしゃべりしてて大丈夫?
戦いはどうなったの?
「この火事だからな、魔物は逃げきれずに死んでいるだろう。……どうやって消化するかが問題なんだよなあ。どうするかな」
あ、魔物はもう解決済みでしたか。
なんだか拍子抜けです、お父様……。
「かなり火の手が強いようですが」
「そうなんだよ、チェレスがーー」
お兄様が?
「ーー俺の火魔法を、チェレスのやつが風魔法で扇ぐからこんなことになったんだよ。せっかく火事にならないように気を付けていたのに、これじゃ台無しだ」
お兄様……。
なんてことを。
「ですが……、あんなに大量に押し寄せた魔物をこんなにも早く退治できたのは……、僕の魔法も一役買って……」
お兄様、いたの!?
向こう側が透けて見えそうなほど影が薄いですよ?
口が達者なお兄様がこうも大人しいとは、自分のせいでこうなった自覚はあるんだな。
「魔物を退治するのも重要なことだが、魔の森が丸焼けになったらどうするんだ。魔の森があるおかげで生活が成り立ってる者もいるんだぞ」
そうだよ、冒険者はもちろん、プリマヴェーラ辺境伯家だって魔の森がなかったら国から防衛費をもらえないんだからね!
そしたら商売っ気のないウチなんか、あっという間に貧乏になっちゃうんだから!
「魔物たちが空堀を埋め尽くして、いまにも這い上がってきそうだったから、つい……」
お兄様め、あまりに大量の魔物が押し寄せて来たからパニックになったな。
……でも、あの深い空堀を魔物が埋め尽くしたなんて、考えただけでもゾッとする……。
「チェリーナの結界のレンガがちゃんと効いてたんだから、落ち着いて少しずつ仕留めればよかったんだよ」
あっ、私の結界のレンガ!
そうだった、それがあったよ。
なーんだ、準備万端だったんじゃないの!
「あの火事だが、やりようによっては俺の魔法で消火できるかもしれない」
「えっ、ガブリエル、それ本当!? ぜひ頼むよ!」
お兄様は思いがけないガブリエルの申し出に、パアッと顔を明るくした。
水魔法でどうにかするのかな?
「消火なら俺も手伝えるぞ」
ガブリエルに続いて、同じく水魔法使いのクリス様も手伝いを買って出る。
「ちょっと実験してみたいことがある。屋上に移動しよう」
え、実験て。
それ今じゃないとダメなの……?
ガブリエル、不要不急の実験はご遠慮願います……。




