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第88話 庶民的な宿


私が必死に胸のむかつきと戦っているうちに、テーブルの上に所狭しと並んでいた山盛りの料理は、すべて男3人の胃の中へと消えて行った。


「ふうー、食った食った。もうこのまますぐにでも寝たいな」


満腹になったジュリオが、椅子の背もたれにぐーっと体重をかけながら言う。


私も……、一刻も早く宿に落ち着きたいです……。

みんなが食べ終わるの、ずっと待ってた……。


「近くにいい宿がありますかね? 給仕係に聞いてみましょうか。ーーあ、すみません!」


アルフォンソが、タイミングよく通りかかった給仕係を呼び止めた。


「はいー、およびでしょうかー?」


「すみません、実は僕たち、今夜の宿を探しているところなんです。どこかに良い宿はありませんか?」


「島で一番の宿でしたらー、王宮の近くにありますよー。ここから歩くと15分ほどですー」


歩いて15分……。

もっと近くにないの?


「うーん……、あんまり歩きたくないよなあ」


お腹がいっぱいになって歩くのが億劫になったのか、ジュリオも気乗りしないようだ。

よし、ジュリオ、近場の宿を聞き出すんだ!


「それでしたらー、この建物の2階から上が宿になっていますがー」


そうなの!?

なら、もうここでいいじゃん、ここにしようよ!


「おお、打ってつけじゃないか。みんな、どうだ?」


大賛成です!


「俺は構わない。チェリーナも具合が悪そうだしな、近場の方が助かる」


「それじゃ、ここに決めましょう。空きがあるか聞いてきますので、みなさんはここで待っていてください」


アルフォンソがスッと席を立とうとすると、給仕係が手のひらをこちらに向けてそれを止めた。


「部屋の空きはありますからー。どうぞみなさんで向かってくださいー」


え、何で分かるの?


「もしかして、この店と宿は経営者が同じなんですか?」


アルフォンソが尋ねると、給仕係は頷いた。


「はいー、この店と宿は料理長夫婦が経営してましてー、宿の方はおかみさんが取り仕切ってますー。こういう風に宿があるかと聞かれることがあるのでー、うちの店の方でも空き状況を確認しておくんですよー」


へえー、同じ建物内の料理屋と宿が夫婦それぞれの職場なのかあ。

程よい距離感があるのがいいね。



ーーチリンチリン!


扉に付いた来客を知らせるベルが鳴り、なんとなくそちらを見ると、11~12歳くらいの女の子が1人で入って来るところだった。


「ああ、ちょうどよかった。あの子が宿までご案内いたしますよー」


給仕係はそういうと、女の子のところへ足早に歩いて行った。

どうやら、私たちが泊まることを伝えてくれているようだ。


女の子は私たちの方を見て笑顔を浮かべると、軽快な足取りで近づいてきて子どもらしく元気に挨拶をした。


「こんばんはー! お客さんたち、今日はうちの宿にお泊りになると聞きましたー。わたしがご案内いたしますー」


「こんばんは。あなたは宿の娘さんなの? まだ小さいのに、お家のお手伝いをしててえらいわねえ」


私がそう声をかけると、女の子はなぜか笑顔を消してしまう。

え、どしたの?


「わたし……、もう大人ですー! 16歳ですからー!」


「えッ!? じゅ、16!?」


そんなに小さいのに!?

130センチもなさそうだけど……。


「お手伝いじゃなくてー、毎日働いてお給料をもらっているんですー!」


ご、ごめんね!?

そういえば、この辺りの人達って、すごく小さいのが普通なんだった……。


「ごめんなさいね。私たちは他国から来たものだから、この島のことはよくわからなくて」


私が慌てて謝ると、女の子はハッとした顔になってしょんぼりしてしまった。


「わたしこそ、ごめんなさい……。お客さんなのにー……。いつも子どもに間違われるから、ついムキになってしまいましたー」


なるほど、小柄なペリコローソ島民から見ても小さいのね。

それは外国人の私には難題過ぎたよ……。


「えーと、それじゃ、宿まで案内してもらえるかな? 部屋は2人部屋が1つと、1人部屋を2つ頼みたいんだけど、大丈夫?」


アルフォンソが女の子を励ますように明るい声で尋ねる。


「はいー。今日は大型船が着く日ではないのでー、部屋は空いていますー」


大型船が着く日だと満室になるんだ?

すいてる日で助かったな。


そして、私たちは会計を済ませると、持ち帰り用の料理を注文してから店を出た。

出来た料理は店の人がアルフォンソの部屋まで運んでくれることになったので、私たちは自室でゆっくりと休める。


はあ……、今日は本当に大変な一日だった……。

部屋に入ったら、早く寝たいよ。






「ガブリエルに連絡しなくていいのか?」


案内された部屋のベッドに倒れ込むように横たわった私の傍へ寄り、優しく髪を撫でながらクリス様が言った。


「えっ?」


ガブリエル……?


「カカオの実のことをガブリエルに頼むんだろ?」


「ああ……、その話……」


そう言えばそうだった。


「明日か明後日、魔法塔を訪ねることになるんだろ? ガブリエルは仕事中だろうから、前もって連絡しておかないと会えないかもしれないぞ」


ですね。

職場にアポなし突撃じゃ、多忙なガブリエルが捕まらないかもしれない。


「そうですね。それに、ビビにも会いたいですから、トリスタン伯爵家にも連絡を……ふう……」


「まだ体調がよくならないか? その様子じゃ、明日王都まで向かうのは無理そうだな。明日の午前中はこの島を軽く観光して、夜はアゴスト伯爵家に泊めてもらうか」


ここから王都まで、だいぶ距離があるもんね……。

明日体調がどうなってるか分からないけど、アゴスト伯爵家に行くだけでも限界かもしれない。


行けたら行くから時間作って待ってて、なんてガブリエルに言ったら殺されるよ……。


「はい……。明日は無理かもしれませんので、ガブリエル様には明後日お会いしたいです」


「よし、ガブリエルとトリスタン伯爵家には俺から連絡しておくから、お前はもう寝ろ」


クリス様から連絡してくれるのか、よかった……。

今はガブリエルとやり合う気力がないよ。


まぶたを閉じたらすぐにでも眠れそうだけど、その前にお風呂に入りたい。

今日はだいぶ汚れちゃったしな。


「お風呂に……」


「この宿では湯舟には浸かれないぞ。さっき受付でお湯を使うなら別料金だって言われたろ。桶1杯で……、いくらだったかな」


そんなこと言われたっけ?

聞いてなかった……。


「なら、せめてシャワーを」


アイテム袋の中に、火消し君スーパー温水バージョンがありますから。


「洗い場は1階の裏庭だぞ。行けるのか?」


うう……!

部屋にバストイレが付いてないなんて信じられないよ。


こういう部屋オンリーの庶民的な宿に泊まるのは初めてだ。

部屋自体は真っ白なリネン類が清潔な印象で、綺麗に整えられてはいるんだけど、設備的に大問題だよ……。


「がんばって……、行ってきます……」


一瞬面倒臭さが勝ちそうになったけど、やっぱりどうしてもシャワーを浴びてさっぱりしたい。


「気を付けるんだぞ。シャワーを浴びる時は鍵を掛けろよ? 俺も連絡が済んだら行くから」


「はい」


私は部屋を出ると、重い体を引きずるようにして一段一段慎重に階段を下りた。


ええと、裏庭はどっちだ。

こっちかな?


あ、きっとあの扉がたくさん並んでる掘っ立て小屋が洗い場だ!

料理屋の厨房から漏れる明かりで真っ暗ではないけど、だいぶ暗いな。


洗い場の明かりのスイッチは……。

ないよね……、電気がないもんね。


「仕方がない。このまま入るしかないわね」


幸い、明り取りにするためか、扉の上下が15センチほど開いている。

せめて一番明かりが差し込む場所を使うとしよう。


私は真ん中の扉に手を掛け、ギイッと手前に引いた。


「ーーっ!? キャーーーーーッ!」


えっ、悲鳴!?

暗くてよく分からなかったけど、奥の方に目を凝らすとぼうっと白い肉の塊が見える……!?


えええ!

人がいたの!?


しかも、声から察するに、先客はおじさん!?






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