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第89話 腹立たしい話し相手


「ごごごご、ごめんなさーーーい!」


私は慌てて洗い場の扉をバタンと閉めた。


ひいぃ、何あれ、何あれ……!

まさか全裸じゃないよね!?


なんという視覚の暴力……!


「どうかしましたかー!」


女の子の声と共に、バタバタとけたたましい足音が近づいて来た。

おじさんの悲鳴を聞いて、2階から駆け下りて来たようだ。


「ああっ……、ごめんなさい!」


狙って開けたわけじゃなかったけど、この場合の加害者はどう考えても私だよね……。


私の方も精神的なダメージを受けてはいるけど……。

とにかく、この場では私に説明責任があることは確実だ。


「チェリーナ!」


「あ、クリス様」


女の子に続いて裏庭に飛び出してきたのは、血相を変えたクリス様だった。


うわあ、客室にまで悲鳴が聞こえたのか……。

片手に通信機を握りしめているところをみると、どうやらガブリエルと通話中だったらしい。


「大丈夫か!?」


「えっ、ええ、だいじょうぶです。あのっ、おさわがせして、えーそのっ、なんともはやっ」


ああっ、しどろもどろになりすぎて説明がままならない!



ーーギイィー……。


私が説明に四苦八苦していると、洗い場の扉が再び開いて、中から一人のおじさんがひょこっと顔を出した。


「なッ、なんだ、その男は! チェリーナ、この男に覗かれたのか!? そうなんだな!」


ちょちょちょッ、クリス様、違いますって!

怒りすぎだよ、顔が怖いから!


「ちがッ!」


クリス様は私の返事も待たずにおじさんに近づくと、今にも胸倉に掴みかからんばかりに腕を伸ばした。


「ひいーーー!」


被害者であるおじさんが腰を抜かしそうになっています……。

って、のんきに見てる場合じゃないよ!


「クリス様、待って! 違うんです! 加害者は私なんですーーーー!」


「……え? お前が覗いたのか……?」


いやいやいや、そんな目で見ないで!?

その言い方だと語弊があるから!


「わざとじゃありません! シャワーを浴びようとして扉を開けたら、中に先客がいたんですよ。それで、突然扉が開いたことに驚いて、こちらの男性が悲鳴をあげたというわけです」


「なんだ、驚かせるなよ。ーーあー、うちの妻が申し訳なかったな」


クリス様……、自分が掴みかかろうとした件はサラッと棚に上げましたね?

まずはそっちを謝った方がいいんじゃないかな?


「本当にごめんなさいね」


「い、いいえー、少し驚いただけですからー」


おじさんは顔を引きつらせながらも、怒ることなく許してくれた。

心の広いおじさんでよかったよ……。


そして、よく見たらおじさんは、料理人が着るコックコートとおぼしき白い服を着ている。

ホッ……、さっきは全裸じゃなかったんだね、その点についても心から安堵した。


「私がよく確かめなかったせいでこんな騒ぎになってしまって……。普段はどうやって確認しているのかしら?」


使用中は明かりがつくというわけでもないし、見分けが付かないよ。


「この札がかかっている時はー、中に人がいるという合図なんですよー」


おじさんは、扉の取っ手にぶら下がった札を見せながら教えてくれた。


札……、そんなのあったんだ……。

受付でちゃんと説明を聞いてなかったのが悔やまれるよ。


「おとうさんー、こんな時間にどうしてこんなところにいるのー? 仕事中にわざわざ洗い場を使うことないでしょうー」


あ、2人は親子なんだ?

それじゃ、このおじさんが料理屋と宿のオーナーってこと?


「ドルジの奴がー、俺にガーリックソースをぶちまけたんだよー」


「えっ、ドルジがー、またなのー?」


事情を聞くや否や、女の子は顔をしかめた。


「まただよー。ついさっきー、大海老料理をあるだけ買い上げるというお客さんが来てー。ドルジに生簀から海老を引き上げさせたらー、ちゃんと網に入れないもんだから海老が逃げ出したのさー。それを捕まえようとしてー、調理台の上のいろんなものをひっくり返したんだよー」


え、海老をあるだけ買い上げるって、もしや……。


「……それは、俺たちが頼んだ料理のことだよな。なにやら大変なことになっているようだが、もし無理なら諦めーー」


「いいえっ! とんでもございませんー! なるべく早くご用意いたしますのでー、もうしばらくお待ちくださいませー!」


まさかこの場に料理を注文した本人がいるとは思わず、厨房内の惨事を語ってしまったおじさんは、アタフタと身振り手振りを交えて必死に取り繕っている。


おじさん……、なんだかいろいろ迷惑かけたみたいで本当にごめんなさいね……。

私からのお詫びのしるし、どうか受け取ってください。


「あの、よかったらこれを使ってください。ここのボタンをポチッと押すとお湯が出てくるんです。お湯の方が汚れが落ちますから。さあ、早く着替えた方がいいですよ」


遠慮はいらないからね。

油たっぷりのソースが上から下までべっとり付いているし、温かいシャワーで流した方がさっぱりするから。


「はあ……?」


あ、いきなりお湯が出るって言われても分からないか。


「申し遅れましたけど、私たちは魔法使いなの。だから、魔法でお湯も出せるのよ」


何が何だか分からないといった様子のおじさんに、私は簡単に説明をした。


一度試せば病みつきになること間違いなしの魔法具だから!

ううん、お礼なんていいの。



『おいッ……! いつまで待たせる気だ……! それに、魔法具を勝手に誰にでもくれてやるんじゃない!』



うわッ、びっくりした!

この声はガブリエルだね!?


「ああ、悪い悪い。こっちは何でもなかったよ。それで明後日のことだがーー」


『いや、何でもあるぞ! ちょっとアレに代わってくれ!』


アレとは……?


「え、チェリーナと話したいのか? チェリーナは今具合がーー」


『元気に魔法具をバラまいているのが聞こえたぞ! これは大問題だ、代わってくれ! さあ!』


えー、嫌なんですけどー。

びっくりしたせいで気分が悪いのはどこかに行っちゃったけど、だからと言ってガブリエルと話す気分でもないんですけどー。


だけど、困り顔のクリス様を見ると、とてもそんな本音は言えやしない。


「はい、どうぞ。ここのボタンを押してくださいね。ーークリス様、私なら大丈夫ですから」


私はおじさんの手に火消し君スーパー温水バージョンを押し付けると、クリス様から通信機を受け取った。


「お待たせしました、ガブリエル様。どのようなご用件でしょうか」


『お前は、自分の出した魔法具をどのように捉えているのだ!』


何よ、いきなり……。

めんどくさいな。


なんか今日のガブリエルは、いつにも増して尊大で傲慢で嫌な感じ!


「どのようにって? 別に何も考えてませんけど」


『やはり思った通りだ! お前は何も考えていない! お前の出した魔法具は国の宝であるという自覚を持て!』


はあー?

私の個人的な所有物なのに、この人何言ってるの?


「ちょっと意味がわかりませんけどー」


放っといてほしいっていうかー。

ガブリエルにそんなこと言われる筋合いないっていうかー。


『長い歴史のある我が国においても、創造魔法の使い手は数えられるほどしか現れていない。それほど希少な存在なのだ。彼らの作り出したものは、現在は王宮の宝物庫に厳重に保管されている。お前の魔法具も、お前の死後にはそのように扱われる貴重な国の宝だということを忘れるな!』


え……、私の死後って……。

私まだ18歳なんだけど。


縁起でもないこと言わないでもらえるかな?






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