第86話 研究好きな例のあの人
ボルカノ島民に見守られながらトブーンに分乗した私たちは、バルーンに乗り換えることなくそのままぺリコローソ島を目指すことにした。
やっぱりトブーンの方がずっと速いからね。
「それじゃあ、みんな! さようならー、元気でねー!」
私はトブーンのプロペラ音に負けじと大きな声を張り上げた。
「ひのめがみさまもー」
「お元気でー」
お互いに手を振り合ったところで、アルフォンソの操縦するトブーンが先に飛び立って行った。
そして私たちも、先を行くトブーンへと続く。
「もう見えなくなっちゃいましたね」
下を見ると、別れを惜しむ間もなく密集した木々がボルカノ島民たちの姿を隠してしまっていた。
「これだけ木が生えてるとな……。ジュリオは次に来るとき、あの場所を見つけられるのかな」
それは私もちょっと心配です。
そういえば、あの島って結局なんていう名前なんだろう?
ボルカノ島民が暮らすことになったというのに、いつまでも無人島呼びじゃおかしいよね。
「クリス様、これからたびたび行き来するなら、やっぱりあの島には名前が必要ですよね。どんな名前がいいでしょうか?」
名無しじゃ何かと不便だよ。
「また勝手なことをしてマーニに叱られるなよ? 名付けは重要なことなんだから」
「そうでした……。マーニが付けた名前があるかもしれませんね。それじゃ、確認するまで、もうしばらく無人島と呼ぶことにします」
マーニは結構怒りんぼだからね。
私もさすがに学習したよ。
「ああ、そうした方がいい。ところで、さっきもらった手土産。珍しい果物をたくさんもらえてよかったよな」
だよね!
クリス様も遠慮しつつ、やっぱりあの果物が気になっていたようだ。
いろんな種類の果物をもらえて本当に嬉しいな。
自分たちだけでは、食べられるかどうかすら分からなかったもんね。
「味見が楽しみですね。種を捨てないようにちゃんと取っておかないと」
「俺たちの領で育つといいな」
大丈夫、そこは自信があります!
「カレンの魔法があれば絶対に上手くいきますよ!」
「そうだな。俺も上手くいく気がするよ。なにしろ、あの大きくて甘いいちごの栽培に成功した実績がある」
そうそう、ブランドいちごのあまキング!
あの時の大成功には興奮したなあー、懐かしい思い出だ。
まあ、栽培に挑戦したのはガブリエルで、魔法をかけたのはカレンデュラだから、私たちは何にもしてないけど。
それにしても、ガブリエルってああ見えて、植物の世話にマメなんだよね。
なんだかんだと、よくわからないこだわりを発揮してたっけ。
「ーーそうだわ! ガブリエル様のあのこだわり……、あれをチョコレートに発揮してくれれば」
ガブリエルはあの時、温度だの日当たりだの水の量だのを少しずつ変え、何通りかの方法で育てて、最善の育成方法を編み出していた。
ああいう地道な実験が苦にならないタイプなら、チョコレートの製造方法についてもきっと興味を持つ気がする!
「ん? どうした?」
「クリス様、今日採ってきたカカオの実、あれをガブリエル様にお任せしてみませんか?」
ボルカノ島民は、カカオの実を飲み物にすると言っていた。
つまり、固形のチョコレートにする技術は彼らにはないのだ。
「ガブリエルに?」
「はい。飲み物にするだけでも、途方もない作業があるとボルカノ島民が言っていたでしょう? 固形のチョコレートやココアパウダーを作るには、さらに高度な技術が必要になる筈なんです」
私のカンでは、カカオバターとココアパウダーに分ける作業が最難関だと思う。
正直、私には出来る気がしないから、ガブリエルにやってもらえると助かる。
「なるほど。ガブリエルは研究が好きだし、それに甘いものに目がないから引き受けるかもしれないな」
引き受けてくれるなら、魔法具の一つや二つお付けしますよ!
……いや、最初にあげると頑張らないかもしれないな。
魔法具は成功報酬ってことにしようか。
うん、それがいい。
「ぺリコローソ島へ着いたら、早速ガブリエル様に連絡してみましょう」
性格がアレだから忘れがちだけど、ガブリエルって実は魔法学院を首席で卒業した上、現在は王宮魔術師として働いているエリートなんだよね。
王宮魔術師といえば、国中から選りすぐりの魔法使いを集めた精鋭エリート集団だ。
3種類もの属性を持つばかりか、どれも甲乙つけがたいほどの強さだというガブリエルは、そんなすごい人たちの中でも頭一つ抜けた存在なのだという。
そうだよ、これを成功させられるのはガブリエルをおいて他にいない!
「わかった。とりあえず今はぺリコローソ島へ急ぐとしよう。日が傾いて来たようだ」
言われてみれば、太陽がだいぶ水平線に近づいてきた。
今から迷子にでもなったら真っ暗になっちゃうよ。
私たちの前を飛ぶアルフォンソのトブーンに、遅れないようにしっかり付いていかないとな。
「ふう……、なんだか疲れましたね……」
「ああ、俺も疲れたよ。それに腹が減った」
私もお腹ペコペコです……。
あれからしばらく飛行を続け、やっとぺリコローソ島へ着いたのは太陽が沈み始めた頃だった。
海の上って……、休憩する場所がないのが地味につらいよね……。
よく考えたらさ、南の島を目指して飛び続けてたら、降りられる島が見つからなくて徹夜でバルーンを操縦……なんて状況になってたかもしれないじゃない!?
超たいへんじゃん!
近場で探し物が見つかってほんと助かった。
はー、危ない危ない。
「おーい、宿を探す前に何か食べに行こう。腹が減って死にそうだよ」
先にトブーンを着地させていたジュリオが、お腹をさすりながら近づいて来た。
「私もお腹が空きました。あのー、アルフォンソはどこですか?」
ジュリオと一緒にいる筈のアルフォンソの姿が見えない。
「ああ、その辺の人に食事できる場所を聞いてくるってさ」
さすが、アルフォンソ!
いつでもどこでも、どんな時でも気が利きます!
「そうなんですね。ーーあっ、あっちでアルフォンソが手を振っているわ」
何気なく辺りを見回していた私は、少し先の十字路で手を振るアルフォンソに気が付いた。
「よし、行ってみるか」
「はい」
私たちは揃ってアルフォンソのいる方へ歩き出した。
「チェリーナ、近くに美味しい料理屋があるそうだよ。大海老料理が特に有名な店なんだって」
ええっ、ほんと!?
行くよ、行く行く!
「わあっ! 大海老食べたい! 大海老を食べられるなんて、私たちついてましたね!」
有名店の大海老かあ、どんなに美味しいか楽しみだな!
「俺はいつでも食べられるんだけど。でも、そんなに喜ばれると嫌とは言えないな」
ジュリオが小躍りしそうな私の様子に笑いを堪えている。
そうそう、めったに食べられない私たちに付き合ってね!
「さあっ、行きましょっ! アルフォンソ、その店へ連れて行ってちょうだい!」
「あっ、チェリーナ。どこ行くの、店はこっちだよ」
あ、そっちなの?
てっきりアルフォンソの背後の方向だと思ったのに、ここの角を曲がるのね。
「こっちね」
「あそこの赤い看板が出てるところだよ」
アルフォンソが指さした方向を見ると、看板に海老の絵が描いてあるー!
これは期待が高まる!
私は思わずタタッと小走りになって、店へ向かった。
すぐに到着した私は、張り切って店の扉を開け放つ。
「こんばんはー! 4人なんですけどー、テーブルは空いていますかー?」
「いらっしゃいませー」
給仕係が私たちに気付いてこちらへやってきた。
扉を開けたとたんに、ここまで海老のいい匂いが漂ってくる。
はあー、いいにおいー、はあー……、……ん!?
「うッ……」
クサッ!