第78話 無人島のあるじ
あの場所を知っているのは、ここには私しかいないのだ。
もっとよく考えて思い出すしかない。
木を切って、崖を渡った後はどうなったんだっけ……。
「あっ! そういえば、崖を渡ったところでマーニに出会ったんだったわ! そうよ、マーニに案内してもらえばいいじゃない!」
マーニなら、この島の隅から隅まで知っているに違いないよ!
「そうしてもらえると助かるな。そういえば、チェリーナとマーニは最初仲が悪かったよなあ。しょっちゅうケンカしていたというか、チェリーナが1人で勝手に腹を立てていたっけ」
勝手にじゃありませんよ?
マーニってば、最初の頃は私に対してやたらケンカ腰だったんだよね。
しかも、それを他の人には見られないように、隠れてちょっかいを出すという狡猾っぷりでさ……。
「そんなこともありましたね。でも今となっては固い絆で結ばれた親友同士ですから! さっそく呼んでみますね。ーーマーニ、マーニちゃーん! ちょっと来てほしいなぁー!」
私は猫なで声でマーニに呼び掛けた。
…………来ないな?
ちゃん付けが悪かったか?
「マーニーーー! マーニ様ーーーー! 出でよ、神獣! おいでませーーー!」
これならどうだ!
(お前………! なんなんだ、これはッ!)
ヒイッ!?
空中に現れるや否や、マーニはスタッと着地するよりも早く私を責め立てた。
なななな、何かやっちゃいましたでしょうかっ!?
(俺の島に勝手に人間どもを……! こんなに大勢引き入れるとはどういう了見だ!)
「ええっ!?」
俺の島……!?
そういえば、最初に会った時にも、私が勝手に木を切り倒したと言ってずいぶん怒ってたんだった。
それが原因で最初の頃ケンカ腰だったことを、たった今思い出したよ!
こ、これはまずい……。
「チェリーナ、どうした?」
「クリス様……! どうしましょう、マーニが……、勝手にこの島へ人を連れてきたことを怒っています……」
(当たり前だ! 俺の島なんだぞ!)
うわあ……。
フォルトゥーナ王国側の問題なら何とでもなると思った私が馬鹿でした。
なんだって島の主であるマーニのことを忘れていたのか……。
「マ、マーニ。実はボルカノ島で火山が噴火して、人が住めなくなってしまったのよ。この人たちはどこにも行くところがないの。ここでマーニが見捨てたら、この人たちは海上を漂うしかなくなってしまうわ。そんなことになったら、みんな死んでしまうかもしれない……」
宝石のような青い目に睨みつけられ若干怯みながらも、私は懸命に事情を説明した。
(むう……、勝手に連れて来ておいて断れないように追い込むとは……。なんて卑怯な奴なんだ、お前は!)
「ごめんなさい、マーニ! 私にできることなら、なんでもお礼をするわ。だから、せめて少しの間だけでも、みんなを受け入れてあげてくれないかしら?」
何度でも謝るし、お礼もしますので、何卒よろしくお願いします!
(仕方がないな……。しばらくの間だけだぞ)
「ありがとう、マーニ! ……ちなみに、しばらくってどれくらいかしら?」
1週間とかじゃ困るんだけど。
(まあ、100年が限度だな。それ以上は1日たりとも延ばさないぞ。それだけあれば、もともと住んでいた島も人の住める状態に戻るだろう)
「ひゃ、100年!? そんなに住んでいいの?」
助かるけど、神獣にとっての「しばらく」のスパンに驚くよ。
まあ、何百年も生きていると、そういう感覚になってくるのかもしれないね。
(早く出て行ってくれるならそれに越したことはない)
「わかったわ。みんなにもちゃんと説明しておくわね」
これ以上迷惑かけないように、マーニの意思をきちんと伝えておこう。
「ーーみんな、実はこの島は、ここにいる神獣マーニのものなの。ボルカノ島の自然が回復するまでの間だけ、この島に住むことを許してくれたわ。許された期間は最長100年よ。だから、いずれは故郷の島へ帰ると約束してほしいの」
私がマーニを神獣だと紹介すると、ボルカノ島民は驚愕の表情を浮かべて一斉にひれ伏した。
「おお……! まさか神獣さまの島に住まわせていただけるとはー!」
「神獣様のお言いつけ通りにいたしますー!」
「ありがとうございますー、しんじゅうさまー!」
ボルカノ島民は次々と感謝の言葉を口にしていく。
火の女神の件でも思ったけど、この島の人たちって神々に対する信仰心がすごいな。
(ふん。まあ、いい心がけだ。お前よりよっぽど俺の偉大さを分かってるじゃないか)
あ、はい。
気分が良くなってきたようで何よりです。
しっぽの揺らめきが、機嫌が回復してきたことを物語っているね。
(それじゃ、俺はジョアン侯爵家へ戻るぞ)
「ちょちょちょ、待って待ってッ! 私たちを水場へ案内してほしくて呼んだのよ! ほら、マルティーノおじさまが住んでた小屋の近くの、果物がいっぱい生っている場所があったでしょ?」
私は必死にマーニを腕の中に捕まえて、帰ってしまうのを阻止した。
まったく、怒られるためにわざわざ呼ぶわけないでしょ!?
マーニがいないと、私たち道に迷っちゃうから!
(お前のずうずうしさにはブレがないな。いっそ清々しい程だ)
「えへへ。マーニちゃーん、お願いよー」
(仕方がないな……。案内してやるから離せ!)
マーニはそう言うと、身をよじらせて私の腕から抜け出し、くるりと踵を返して歩き始めた。
あれ、水場はそっち?
おかしいな、私の記憶では反対方向だったんだけどな。
危うくみんなを引き連れてジャングルを彷徨うところだったよ……。
マーニに来てもらえて本当に助かった。
「それではみなさーん! ご案内しますのでー、しっかり付いて来てくださーい!」
高速救助船は錨を下ろしてあるから、繋いだ小舟もそのままで大丈夫だよね。
それから、小さな子どもは大人におんぶしてもらってと。
よし、準備は万端だ!
「そうだ、目印に旗でも持った方がいいかしら?」
みんながガイド役の私を見失ったら困る。
(お前の髪が旗代わりになってるだろ。どこにいても目立ってるぞ)
「え、そうかしら?」
「チェリーナ、マーニと何を話してるんだ? 俺たちにも分かるように通訳してくれよ」
そうでした。
「マーニが、私の髪が旗代わりになるだろうって言っています」
「ははっ、なるほどな。確かにどこにいてもチェリーナのことは一目で見つけられる」
そうなのかな?
うちでは赤毛率がめっちゃ高いから、あんまり目立ってない気がするけど。
それに、お父様より目立つ人って見たことないよ。
(馬鹿だな。クリスティアーノの場合は髪色は関係ない。クリスティアーノはマルチェリーナのことが好きだから一目で見つけられるんだよ)
「ええっ、そうなの!? やだッ、マーニったら!」
もう、みんなの前で恥ずかしいよ!
「なんだよ?」
「マーニが……、クリス様が私のことを一目で見つけられるのは、好きだからだって言うんです……」
私がマーニの言葉を伝えると、心なしかクリス様の頬にサッと赤みが差した。
「……」
否定しない!
当たりなんだあー!
「うへえ……。いつまでこんなの聞かされなくちゃならないんだよ。勘弁してくれ」
「まあ、新婚ですからね……。隙あらばイチャつきたい時期なんでしょう……。まあ、ジュリオ様や僕の方がもっと新婚なんですけどね」
文句もぼやきも、今の私にはまったく気にならない。
なんだかフワフワした気分でそれどころじゃないから……。
ああー!
やっぱり、みんなで旅行するんじゃなくて、2人で来ればよかったかな。
今更だけど、ちょっと後悔してきた。
2人きりで来れば、素敵な新婚旅行になったのになあ。




