第75話 あふれる恐怖
結局、私たちは高速救助船を3艘出し、操縦方法を教えてからボルカノ島を後にした。
船が3艘だったのは、操縦できそうな年長の子どもが3人しかいなかったからだけど……。
「船はあれで足りたのかしら……」
私は誰に言うともなく独り言を言った。
1艘に20人は乗船可能だろうし、それに、ロープで繋げばもともと持っていた小舟を引っ張ることもできる。
だけど、島民が何人いるのか分からないから、全員分に足りたのかやっぱり心配だよ……。
「仕方がないさ。いくら操縦が簡単とは言え、あまりにも幼い子どもに任せるのは危険だ」
「そうですよね……」
おばあさんの話によれば、この島に集落は一つしかなく、そこに住む人もそう多くはないそうだ。
以前はもっと多くの住民がいたものの、故郷を捨てて豊かなぺリコローソ島へ移り住む人が絶えないのだという。
「チェリーナ。いくらお前が便利な魔法具を創造する力があるとしても、神様と同じ力があるわけじゃないんだ。あの島の住民の生死に責任を持つことなんて、それこそ本物の神様でもなければ不可能なことだよ。チェリーナが気に病んでも仕方がない」
「はい……」
自分にそんな力がないことは分かっている。
だけど……、何か大事なことを見落としているような、そんな気がしてならないのだ。
ーードオォォォーーーーン……!
私の思考を遮るように、遠くで爆発音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
ジュリオが音の出所を探して辺りを見回している。
私もぐるりと見てみたけど、どこから聞こえた音なのか見当も付かない。
音の聞こえ方からして、かなり距離があるように思えるけど……。
「あっ、あれは!」
その時、双眼鏡を覗いていたアルフォンソが焦ったような声をあげた。
「どうしたの!?」
「た、たいへんだ! さっきの島が……! 山から煙が出ている!」
山から煙が……?
山火事であんな音がする?
ーー違う。
あれは、火山が噴火したんだ……!
「アルフォンソ、急いで戻ってちょうだい!」
そうだ、これが引っ掛かっていたんだ……!
最初にあの山を見たとき、私はなんて思った?
富士山に形が似ていると思ったんじゃないの?
綺麗な三角形の頂上付近が、少し平らになっている富士山に。
「”恐怖の大王があふるる時”と言うのは、マグマが噴き出してくるという意味だったんだわ! 早く、早く助けに行かないと……!」
ああ、どうして私は、2つの山の類似点にもっと注目しなかったんだろう……。
活火山である富士山には、頂上に噴火口がある。
その噴火口が、山の頂を少しだけ切り取ったように平坦に見せているのだ。
「ま、マグマ……?」
「熱せられて溶けた鉄が、突然山から噴き出してくるようなものと思ってください。火よりもはるかに高温で、それに飲まれたらとても生きてはいられません。たとえ海に逃げたとしても、遠くに離れなければ水蒸気で火傷するわ!」
私が必死に説明する間にも、アルフォンソは素早くバルーンを方向転換し、ボルカノ島へ向けて加速し始めた。
「そ、そんなことが現実に起こるのか……? 山から鉄が噴き出してくるなんて聞いたこともない」
ジュリオが真っ青になりながら疑問を口にした。
「正確には鉄ではありません。分かりやすくするためにそう言っただけですから」
ああ……、自分の勘の悪さに嫌気がさしてくる。
どうしてもっと早く気づけなかったんだろう。
山と地震を結び付けて考えれば、噴火の可能性に思い至ってもよかった筈だ。
子ども達は、あんなに必死になって私に助けを求めていたのに……!
「みんな……! どうか無事でいて!」
私は両手をぎゅっと握りしめ、わずかに影が見えて来たボルカノ島を祈るような気持ちで見つめた。
ボルカノ島に近づくにつれ、私たちはもうもうと立ち込める大きな煙に圧倒された。
山頂から噴き出しているのはもちろんのこと、山肌を伝って海へと流れ込んだマグマが、途切れることなく大きな煙を立ち上らせている。
終わりが来る気配がまるで見えない恐ろしい光景に、私はガタガタと体が震えるのを止めることが出来なかった。
「いたぞ! 船がたくさん浮かんでいる!」
双眼鏡を見ていたジュリオが、生存者を発見したようだ。
よかった、ここまで逃げて来られたんだ……。
この辺りは、ボルカノ島から数キロは離れている。
ここまでくれば水蒸気で火傷する心配はないだろう。
「大丈夫ですかーっ!?」
「あっ、ひのめがみ様ー!」
私が声をかけると、高速救助船の一つから返事があった。
近づいてよく見ると、さっき出会った一番年長の男の子だ。
高速救助船を先頭にして、数珠つなぎに小舟を繋いでいる。
「みんな、無事なの?」
「だいじょうぶさー! ちょうどみんなで逃げるれんしゅうをしていたところだったのさー!」
高速救助船をもらうや否や、早速村人を集めて避難訓練をするとは……!
のんびりした口調とは裏腹に、なんと頭の回る賢い子なんだ!
「よかったわ……」
「本当によかった。あのまま舟に乗っていれば助かったのに、俺たちが島へ連れ戻したばかりに死んでしまったなんてことになったら……。とてもじゃないけど一生忘れられないよ」
クリス様がほーっとため息を漏らした。
ほんと、トラウマ案件だよ……。
あのまま流されていても命が危なかったとは思うけど、マグマに焼かれて死ぬよりは苦しまなかったかもしれないし、どこかの島に漂着することだってあり得るもんね。
「しかし、逃げる練習をしていたところなら、水も食料も何も持ってきてないよな」
おそらく、みんな着の身着のままだろう。
家も財産も、何もかも失くしてしまって不安に思っているだろうな……。
「このままには出来ませんね。僕たちが先頭になってぺリコローソ島まで誘導しましょう」
私もアルフォンソに賛成!
このまま広い海を彷徨って、飢え死にすることになったら大変だよ。
「そうだな。いやしかし、危うく見殺しにするところだったとは……。本当に肝が冷えたよ」
「僕もですよ。おとぎ話だと思っていたのに、まさか本当にこんなことが起こるなんて」
ジュリオとアルフォンソも私と同様に、子ども達の訴えを無下にしてしまったと罪悪感に駆られていたようだ。
「さあ、そろそろ出発しよう。水も食料もないんじゃ、のんびりしてはいられないからな」
クリス様の言う通り、早く送り届けてあげないと。
今後の身の振り方を考えたり、やることはたくさんあるもんね。
「そうですね。ーーみんなー! ぺリコローソ島まで送るから、私たちに付いて来てねー!」
「わかったさー!」
そして私たちは、船が遅れずに付いて来ていることを確認しながら、ぺリコローソ島を目指してゆっくりと進み始めた。
「ーー止まれ、止まれーッ!」
私たちは、突然鳴り響いた怒声に目を瞬かせた。
「何事だ……?」
「どうしたんでしょう? あッ!」
籠から下を覗き込むと、向こうからやって来た中型船がボルカノ島民の一行の前に立ちはだかるようにして停船していた。
え、あの船が向こうから来るのはちょっと前から見えてたけど、てっきりすれ違うのかと思ってたよ?
ぺリコローソ島なんてすぐそこに見えてるのに、こんなところに海賊なんて出るの?




