第74話 島の言い伝え
「何がどうなっているんだ?」
おばあさんと子ども達の必死な様子に、クリス様は面食らったようにつぶやいた。
「わ、分かりません……」
私が聞きたいくらいです。
「えーと、おばあさん。よかったら、僕たちに詳しい事情を話してくれませんか? 火の女神様とは何のことなんです?」
「おお、従者さま! ……従者さま?」
アルフォンソに返事をしかけたおばあさんは、途中で何事かを疑問に思ったらしく押し黙ってしまう。
そして次にクリス様を見てやはり首を傾げ、最後にジュリオを見てついに納得して頷いた。
えっと、何に納得したのかな……?
「おばあさん、どうかしましたか? 困ったことがあるなら、私たちに話してみてください」
私はおばあさんに説明を促した。
「言い伝えが本当になって驚いているのさー」
「言い伝え……?」
ますます意味が分からない。
もしかして、チェリーナ聖女説がここまで伝わってきてるとか?
でもさあー、私どう見てもおばあさんより若いよね。
言い伝えられるほどの年じゃないと思うんだけど……。
「むかしむかしのことさー……。このボルカノ島には、何もかもを見通しているとしか思えない程お力の強い、ヒノミコ様という巫女様がおられたんだよー。そしてヒノミコ様は、この島に恐ろしい災いが降りかかること、火の女神様によって救われることを予言なすったのさー」
「へえー……」
なんだあ、ただのおとぎ話じゃないの。
そういう話ならどこの土地でも一つや二つはあるんだろうけど、女神様だって勝手に期待されても困ると思うよ?
「俺たちに何の関係もなさそうだな……」
「そうですね」
「大体、こんなのんびりしたところで何から助けてほしいんだ?」
ほんと、それ。
「おばあさん、さっきは助けてくださいと言っていましたが、何から助けてほしいのですか?」
分かりやすく手短に説明お願いしますよ。
「恐怖の大王からさー」
またそれか……。
だから恐怖の大王って何なの?
もしかして海賊とか?
自慢じゃないけど私、攻撃魔法は全くダメなんですよ。
だから海賊をやっつけるとか、そういう荒っぽいことは無理なんです。
「おばあさん……。申し訳ありませんけど、私は見ての通り可愛いだけが取り柄の、ただの非力なお嬢様なんです。だから戦うなんて私にはとてもとても」
ほんとに、見た時点で分かってほしかったよね。
「可愛いだけが取り柄って……」
「そんなことを自分で言う人見たことないよ」
「もう奥様だろ、チェリーナ」
みんな、ヒソヒソうるさいよ?
いま真剣な話をしてるんだから私語は慎んでください。
「あの崖の上ーー」
おばあさんはそう言うと、スッと遠くを指さした。
そして崖を見つめたまま、スラスラと歌うように言葉を紡いだ。
「ーー”恐怖の大王があふるる時
一人残らず海へ逃れよ
火の女神は空から舞い降りる
たくましき従者と共に
我らを救うために舞い降りる”ーー」
おばあさんは腕を下ろし、私たちの方へ向き直った。
「あの崖の上の石碑に刻まれている言葉さー」
ええと、いま考えるからちょっと待って。
出だしが意味不明だけど、子ども達は言い伝えに従って海に逃げていたと。
そこへ私たちがバルーンで飛んできたから、”火の女神は空から舞い降りる”に該当しちゃったってことなの?
それから、クリス様とアルフォンソはたくましいって感じじゃないけど、ジュリオがいるから”たくましき従者と共に”の部分もおまけしてセーフになったと。
……うん。
さっきよりは状況を把握したけど、結局恐怖の大王が何なのか分からないよね!?
「恐怖の大王って一体なんなんだ?」
疑問に思った部分はみんな一緒だったようで、ジュリオがおばあさんに尋ねている。
「それは分からないのさー」
は……?
はあっ?
はああーーーっ!?
なんじゃそら。
分からないものから逃げているだの、助けてくれだの、気は確かなんだろうか。
「ーーコホン。それじゃ、そろそろ出発しようか。おばあさん、僕たちは先を急ぐので、これで失礼しますね」
アルフォンソがニコッと営業スマイルを浮かべながら暇を告げた。
そうだよね、それがいいよ。
なんだか訳が分からないし、時間がもったいないからサクッと退散しましょう。
「ま、まって! ほんとうに、きょうふの大王がくるのさー!」
「ここのところこの島はおかしいのさー!」
「ぐらぐらゆれるのさー!」
私に見捨てられると思ったのか、子ども達がワッと縋り付いて来た。
「えっ、本当に何か異常なことがあるというの? ぐらぐら揺れるって地震のことかしら?」
「ジシン……」
「ジシン?」
「ジシン」
え、みんな地震を知らないの?
子ども達はキョトンとして、オウムのように同じ言葉を繰り返すばかりだ。
「ジシンってなんだ?」
クリス様も知らないですと!?
そういえば、地震大国の日本とは違って、フォルトゥーナ王国で地震を感じたことなんてなかったかも。
「地震とは、地面が揺れることを言うんです。大きな地震が起こると、建物が壊れたり、大きな波が襲ってきたりと危険なんですよ」
「あ、あたってる……! ぼくたちの家がこわれたんだよー! やっぱり、ひのめがみ様でまちがいなかったのさー! かみが火のようにまっかだし、めがみ様だからこんなにおおきいんだよー! こんなにおおきい女の人は見たことないのさー!」
年長の男の子が感極まったように叫んだ。
え、なんだろ。
感動中申し訳ないけど人違いだし、こんな大きい女見たことないって……褒められてる気がしないぞ。
「ぶっくくく」
「笑ったら失礼ですよ、フフッ」
「チェリーナは大きいんじゃなくて背が高いんだよ」
そうですよ、クリス様の言うように私は背が高いだけなんです!
両親とも高身長なんだから、背が高くなるのは当たり前だし。
ぜんぜん悔しくなんてないんだからね!
「女神様のことより、今は地震の方が重要よ。恐怖の大王っていうのは地震のことなの……? おかしいわ。もしそうなら、海へ逃げろなんて言うかしら?」
津波に飲まれたら一巻の終わりなんだから、ヒノミコ様が本物の預言者ならそんなことを言う筈ないよね。
それに、恐怖の大王が”あふるる時”って言い方がしっくりこない。
地震があふれるなんて、普通はそんな言い方しないと思う。
「チェリーナ。地面が揺れるのを止めるなんて、人間の出来ることじゃないよ。それに、いつそれが起こるのかも分からないじゃないか。僕たちが力になれることなんて……」
言いにくそうにアルフォンソが口にした言葉に、私も頷かざるを得ない。
私たちは先を急ぐ身で、ずっとここにいる訳には行かないのだから。
だけど……、何かが引っかかる……。
「高速救助船をいくつか置いて行ったらどうだ? 小舟で逃げるよりも早いし、助かる確率が上がるかもしれない」
クリス様の言う通り、それくらいしか救う手立てはないように思える。
ただの人間の女の子である私が、本物の女神様のように圧倒的な力で助けることなど不可能なのだから。
「そうですね……」
私はチラリと子ども達とおばあさんの方を見た。
「めがみさま……」
うっ……。
そんな捨てられた子犬のような目で見ないで……!
ううう、一体どうしたらいいの。




