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星空の海辺に  作者: あおい
06
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06-2

 城を守るのは、騎士の役目。

 武器を携えた鎧の化け物が次々と襲い来る。


 巳央が最初に倒した鎧から奪い取った槍を、陽成は持たされた。

 使い方など分からないし、結構重くて時間が経つにつれ、腕の筋肉が震えてくる。


 こんな物を持たされた方が動きが鈍るが、手ぶらと言うわけにもいかなかった。

 振り下ろされる剣を弾き返す事くらいは、しなければ。


 照明は壁のキャンドルだけ。

 火が風圧で揺れ、この場で動く全てのシルエットが揺らめいて見える。視界がとても悪かった。


 クライドは自分で言うだけあり、剣を使いこなしている。

 身体の動きも軽くて素早い。


 巳央は――生身の敵なら、口や指先から鋭い鱗を無数に飛ばして相手を切り刻んだり、その意地悪そうな牙から神経毒を吹き出すのがいつものスタイルだったが、無機物の鎧にそれは通用しなかった。


 巳央は制服の袖から更ににょろりと腕を伸ばし、騎士に巻き付き、グシャリ・ベコリと締め壊す。

 防御素材をあんな簡単に潰すなど、重機並みのパワーだ。

 それ以上かも知れない。恐ろしい。


 確かに、そんな異形の姿を見せては、クライドに切り捨てられても無理は無い。

 陽成の目から見てもシュールな光景なのだから。


 両腕がにょろ~ん!

 両足がにょろ~ん!

 首がにょろ~ん!

 胴体がにょろ~ん!


 それぞれが何メートルも伸び、蛇腹がうねり、敵に絡み付く。


 鎧の素材をグシャリ! と潰すと、途端にそれは抜け殻となり床に転がった。

 彼らが使っていた武器も、それぞれ操る者を失い、音をたて床に落ちて行く。


 巳央の異形を目にしたクライドは数秒、固まっていた。

 天井近くまで顔を伸ばしていた巳央が、ギロリと目を光らせ怒鳴りつける。


「ボケッとこっち見てんじゃねぇ! 幻覚だっつっただろ! お前の敵をとっとと仕留めろ!」


 耳元まで口が裂け、チロチロと赤い舌が蠢く。

 人の形を残しながらヘビの本性を丸出しにしている巳央など、陽成でさえ初めて見る。


 妖怪だ、化け物だ。モンスター!


 だが巳央だ。

 伸ばした腕を鞭のようにしならせ、陽成に襲い来る騎士を、猛烈な勢いで叩き破壊する。

 こんな時でさえ、陽成を助けてくれる。


 ――ぼっ僕、絶対にこのふたりにとって、足手まといだよね!


 なぜ当然のように付いて来てしまったのだろう。


 ――流れだ。それ以外に何も無いっ。うわあああ!


 戦力になれるはずがないのである。

 槍を振り回してはいるけれど、使い方すら分かっていないのだから。



 クライドと巳央の活躍で、とにかくフロアを先へ先へと進む。

 階段を上り、交差している廊下を右へ、左へ。

 巳央について走ってゆく。


 前方に騎士、後方からも騎士。

 ここで「あ、通路間違っちゃった」などと言われたら、疲れが爆発してしまう。

 そんな事はありませんように。



 フロアを進むに従って、騎士の数は減っていた。

 一時はどうなるかと思ったが、ピークは抜けたようだ。

 化け物は無限ではなく、有限だったのだろうな。


「辿り着いた、ここが西の塔だ。この上の階に姫君の部屋はある」


 階段の下に立ち、巳央は見上げた。

 ボンヤリとした夕方の光が開口部から入り込み、床に四角い影を落としている。

 早く決着をつけなければ、夜が来る。


 夜が来るとこの城は、どうなるだろう。

 このまま、何も変化は無いのか。それとも――。


「よし、行くか」


 巳央に突然膝カックンされ、体力を消耗していた陽成はバランスを崩し、目の前の階段に、右手を着いた。


 その時、触れた階段が光ったのである。


 ――えっ?


 ふわっ。と身体が浮き上がった。


「陽成っ」


 と叫んでこちらを見上げ、手を伸ばしてくれている巳央に向かって、陽成も腕を伸ばした。

 けれど。


 ふたりの指が触れそうになった時、陽成の指先に電流のような痛みが走った。


 反射的に手を引く陽成。

 見ると、巳央の手も何かに弾かれていた。

 小さな光がスパークしたように見えた。


 陽成の身体はまだ浮き上がっている。

 それは徐々に、ゆっくりと高度を上げ、そして。


 風を感じる程に素早さを増し、思わず陽成は両目を閉じる。


『陽成っ!』と、巳央の声が聞こえたような気が、した。





 これは……聞き覚えがある。


 ――波の音?


 陽成はゆっくりと目を開けた。

 暗い上空は遥か遠く、銀色の光が輝いている。


 星、のようだ。


 風が身体を撫でてゆく。潮の香りが強い。

 自分は海辺に寝ているのか?


 ハッ、とし「巳央っ」と叫んで上半身を起こす。


「きゃっ」と小さな悲鳴が傍で聞こえた。


 声の方を振り向くと、波打つ海の手前。


 砂浜に白いドレスを着た少女が立っていた。

 ドレスとは言っても華美ではなく、シンプルなデザインの物である。


 十歳……いや、もう少し幼そうな子だ。シャーリーくらいだろうか。


 美しいブロンドが、月の光で輝いている。

 瞳は、巳央の物よりダークな青だ。紺色に近いかも知れない。


 なぜか左手にティアラを持っていた。


「ティアラ……もしかして、オーレリア姫?」


 彼女は警戒した表情を崩す事なく「はい」と返事をした。


「あなたは?」


「僕は……陽成。日本から来ました」



 海があったのか。

 キース達は海を知らないようだったが、知識として持っていないだけだったらしい。


 ――海があれば塩が入手出来るのに。


 そうすれば彼らの食生活は広がりを見せる。

 動き回っているのだろうから、塩分の補給とか大切だし。


「あの、あなたはどうしてここへ? いつからそこに?」


 さっきまでは誰も居なかったはずなのに、と彼女は呟いた。


「え? あ……どうしてだろ。階段で転けて、気付いたら今、ここに」


「まぁ、危ない」


「そうですね……はは。ところでここは? チャットウィンフィールドに海があるなんて、知りませんでした」


 姫君は少し俯いて「違うの」と呟いた。


「これは以前誰かが送ってくれた、遠い異国の絵はがきの景色です。わたくしの国に海は、ありません」


「あ、そうなんだ」


 やはりそうなのか。

 なら塩は、入手困難な事には変わらない。残念である。


「ですから、海の景色は憧れなのです。無限に打ち寄せる波は、ふたつと同じ物は無いのだと聞いています。銀色に煌めいて、美しいですよね」


「姫君は、貿易とかに興味は無いのですか」


「え?」


「あ、えっと……国と、国民の為に出来る事、と言うか」


 そう言うと彼女はその瞳からポロリ、と涙を零した。


「えっ! どっどうされたのですかっ」


 ――僕、ヘンな事言っちゃった? 泣いてる、どどどどうしようっ!


「わたくし、わたくし……怖い!」


「あの、姫君っ?」


 彼女は両手で顔を覆い、下を向き泣いている。


「大人が居なくなった国が、わたくしの両肩に乗っているのです……!」


 ――あ!


 責任感。

 彼女はそれに押し潰れされそうになっている。


「無理です! わたくしなどには、無理なのです! 経済も、政治も分からない……こんなわたくしに、国の運営など出来るわけがないのです……あなたにだってお分かりですよねっ」


 顔を上げ、その瞳が必死で訴えて来る。

 視線が強く、思いの強さが痛いほど伝わって来る。


 陽成は自分の動揺を抑えようと、呼吸を整えた。

 そして数秒後。

 なるべく声を落ち着け、姫君に話しかける。


「姫君。あなたは、この海の景色がとてもお好きなのですね」


「え? ……はい」


 好きな景色の中に逃げ込む、陽成もやって来た事だ。


 自分は、巳央の世界に逃げ込んだ。

 いつもいつも、彼の世界に甘えて来た。

 今だって、巳央から離れようなんて思いはしない。


「でも、ここに逃げていても、国民の声は聞こえます。彼らも嘆き、戸惑い、彷徨いながら生きている……それは分かっているのにわたくしは、怖くて、目覚める事が出来ませんっ」


 彼女をこのまま、この世界に籠らせていていいのだろうか。


 だが連れ出せば大人の居ない世界で、巨大過ぎる現実に踏みつぶされるかも知れない。

 彼女の精神が、その大き過ぎる責任に壊されないとは限らない。


「どこにも行きたく無い、現実になんか戻りたく無い。こんな気持ち、あなたにはありませんか?」


 あるに決まっている。

 強く激しい不安から、逃げ出さずにはいられない。

 正気を保ち続けられる自信も無い。


 好きで生まれたわけじゃない。生まれて来たくなんか、なかった……。


 不安と不満が頭の中で、何度爆発しそうになったか分からない。


 陽成は彼女の前まで行き、波の押し寄せる柔らかな砂浜に跪いた。

 そして目を閉じ、頭を下げる。


「姫君。あなたの本当の恐怖心など国民には伝わりませんし、私も本当に理解する事など出来ません。立場が違うのですから」


 数秒の間の後、「そう……ですよね」と小さな声が聞こえた。


「ですから、もっと私に嘆いて見せてください」


「え……」


「悲痛な叫びを、心の底からの絶望を声にして、私の鼓膜を破り脳を揺らすほど――あなたを私に見せてください」


 自分が、何を言っているのか分からない。


 陽成は巳央に誘導されるまま、チャットウィンフィールドの原因を処理するためここまで来た。


 だから必要なのか? 姫君の叫びが。

 自分の立場を呪う彼女の嘆きが。


「さぁ、私に……あなたの真実を」


 陽成は姫君を見上げ、右手を差し出した。


 彼女は小さな手で、陽成の右手を抱きしめる。

 小さく震える彼女から、指に口づけを受けた。


 陽成の鼓動がどくん。と反応する。


「私は思う存分、あなたを受け止めますから」



 彼女は泣き叫んだ。

 言葉など発しはしなかった。


 ただ、声を出して泣いた。


 呼吸が乱れ、声が掠れ、目が真っ赤になり瞼が浮腫んで来ても、それでも彼女の涙は涸れる事は無かった。

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