06-1
「それは……無理だ」
男は言った。
「なぜだ? 俺達と一緒に居ると言う事は、監視がラクだってコトだぞ」
「そう言う事ではない。城は立ち入り禁止だ。何人たりとも入ってはならない。それが例え王族の関係者であったとしてもだ」
「へぇ? ナニがあった?」
数秒の間の後、彼は静かに言った。
「――怪異」と。
男――クライドの話はこうだ。
城の中には未だに幼き姫君・ウォーレリアが眠っている。
ウォーレリアとはさっき巳央が文献で見つけた、現国王とされている男のひ孫に当たる姫らしい。
つまり孫の子供、だ。
この国の異常事態が認識され始めた初期の頃、武官の子息達が城内の様子を見に行った事があったらしい。
だが彼らは入城して早々、逃げ出して来たと伝えられている。
そして叫んだ。
「城の中には化け物が居る!」と。
次々と大人達が姿を消してゆく中、軍人も官僚も例外ではなかった。
となると多分、王家の大人達も無事ではいないだろう。
あの城の中に居残ってしまった、たったひとりの子供。
それが王女ウォーレリア。当時七歳。
「化け物、とは? なぜ姫君が〈眠っている〉と言い切れる?」
「私が知っているのは伝聞に過ぎない、完全に正確な情報ではない部分もあるだろう。だがそう伝えられているのだ。その後も城の様子を見に行く者達は居たらしい。だが姫君の元に辿り着く前に皆、逃げ帰って来る。帰って来れなかった者は、城内で生命を落としたと聞いている」
――どうしてこうなる……?
小坂の両親が離婚しちゃう! どころではない。
ここまで来て化け物騒動、だなんて。
「ならやっぱり一緒に来い。伝聞ではなく、その目で確かめろ。そして可能なら、それを解決するべきだ。そうだろう?」
「正体の分からない者達と城に同行など、断る!」
「いいのか? ずうっとこのままで。俺はお前がこの国の将来を憂いている人間に思えた。だからこうやって話もしている。俺達の事を信用出来ないと言うなら、それは仕方の無い事だ。ならそれを逆手に取り、この国にとって〈死なせても困らない余所者〉を利用し、闇を取り払おうくらいの気にはなれないのか? お前達はどこかでケリを着ける必要があると、俺は思うんだがな」
クライドは巳央を睨みつける。だが反論はしない。
「見取り図は暗記して来た。あの資料が間違っていなければ、俺が迷う事はない」
「だが、私ひとりの一存では……」
「立ち入り禁止って、中に入るヤツを心配して禁止してるだけだろ。なら、誰もお前を強く責めやしないと思うぞ。中に入るヤツが痛い目に遭うってだけなんだからな」
クライドは俯き、数秒、考え込む様子を見せる。
そして。
「分かった」と言った。
「だが忠告しておく。お前達が城内の物に手を着けたら、私は躊躇無く斬らせてもらうからな」
巳央がこちらを向いた。真顔で。
「……俺ら、調度品泥棒に見えるのか?」と呟く。
「さ、さぁ? 僕に聞かれても」
「あのなー、お前。言っとくわ。俺が好きなのは旨そうな動物だし、卵だし、綺麗な水と空気とあいつなの」
指を、さされた。
――そこで僕っ?
まぁ嫌われてるよりはマシだけど。こんな風に宣言されると、妙な気分だ。
――しかも今の順番で、一番最後だし。
「美術品も金貨も王家の財宝も、キョーミ無ぇわ」
それらと同じカテゴリーに入れられて〈好き〉に分類されたのか。
なんだかちょっと、不満……。
一度、クライド自身の武器を取りに彼の自宅らしき場所に立ち寄って、それから城へと向かう。
あまり人目につきたくない、とクライドが言うので、裏の林の方にある関係者通用門から城の敷地内に入った。
監視などはされていない。
あんな噂があるのでは、好き好んで侵入する者など居ないのだろう。
庭内の植物は生い茂り鬱蒼として、昼間だと言うのに周囲は暗い。
刺のある植物が蔓を伸ばしている。それに陽成は何度か指や服を引っ掛けた。
とても歩き難い。
そして近づいた重厚な石造りの強固な建物は、陽成の通う学校の校舎より何倍も大きかった。
思わず見上げる。最上部がよく見えない。高過ぎて、頭がクラリとした。
これが他人を拒絶していると言う城か。
――ん? 城に意識があるの?
「で、どこから入るって? 正面玄関じゃないんだろ?」
「関係者が出入りしていた通用口はいくつもある。ここから一番近い所は……確か」
「ならこっちだな」と言う巳央に、陽成は引っ張られる。
それに付いて来るクライド。
「鍵開いてるのかぁ? 閉まってたらぶち壊すコトになるけど?」
「どうしてすぐ壊すんだよぉ」
「だってメンドクサいもんよ」
壁に沿ってしばらく歩くと、扉が見えた。
「木製だな。壊せるな」
巳央が取っ手に手を掛けた。そして、数秒。
青い瞳が取っ手を見つめる。
その横顔がピクリ、と微かに動いたのを陽成は見た。
眉がわずかに、不快そうに反応したのだ。
「どうしたの?」
陽成は不安になる。
「あ、いや……大丈夫、開いてる」
巳央が手首を動かすと、扉は外に向かって開いた。
扉の形にぽっかりと、闇が姿を現す。
吸い込まれそうな暗さだ。
「懐中電……いや、クライド。キャンドル持ってるか?」
巳央がそう聞いた時、突然。
ふ。ふ。ふふふ……ふ。
壁の燭台照明が突然、灯った。
ここの扉は通路に通じていたようで、淡い光が奥に向かって灯っている。
「バレてんぞ、俺らの訪問」
「そのようだな」
「誘われてるぅ~。このまま行くけど、クライド」
「なんだ」
「大丈夫か。その剣、使いこなせるのか」
学校の制服のような物を着ている彼に、確かに不似合いな剣であった。
その辺の高校生が競技用の物ではなく、真剣を持っているように見える。
「私に不釣り合いな、立派な剣だろう?」
「そうだな。お前の身体には少し、大き過ぎるように見える」
「だがこれは、曾祖父から受け継がれた大切な剣だ。扱える程度には、鍛えているさ」
「その身体をか?」
「この身体を、だ」
「偉いな、お前は。ジィさんも喜んでるだろう」
クライドは苦笑いを浮かべた。
「あ。ひとつ言っとくわ。お前、俺がどんな姿になってもビビるなよ? それは幻影だから」
巳央はクライドに、静かに言った。
「どう言う意味だ?」
「俺は幻惑を使って戦うんだ。だから何を見ても怯まず冷静に戦え、ってコト」
――嘘つき……。
小手先の飛び道具が通用しないとなれば、巳央は正体を現して戦うつもりなのだろう。人の姿で出来る事には、限界がある。
ヘビの化け物を見たクライドに退治されてしまってはたまらない。
先に釘を刺しておくのは、正しい事だ。
「さ、入るか。陽成、傍を離れるなよ」
巳央にぎゅっ。と強く手を握られる。
痛い、とクレームを言いそうになったが、巳央は珍しく本気なのだろうな。
陽成は自分も、その手を握り返した。




