05-3
程なく首都が見えて来た。
白い石で整備された、大きな建物の密集する街だ。
少し北側に見える要塞は城だろうか。
ひと際大きく、光を跳ね返す明るい灰色の建物。
街は、教会だろうか。十字架の掲げられた建物を中心に、円状に広がっている。
外壁に囲まれているわけでもなく、外とはオープンに出入り出来るようであった。
危険な動物が少ないのだろう。
動物もきっと賢くて、人の世界に近寄らずに生きていられるのかも知れない。
人の暮らす範囲よりも、自然の方が断然に広い世界だし。
「じゃそろそろ降りるか。余所者はなるべく警戒されないようにしなきゃな」
巳央に腕を引っ張られ、今度は急降下させられた。
陽成の口から「ひえっ!」と情けない悲鳴が漏れる。
さすがに首都の様子は違った。
道行く人間の服装は小綺麗だし、見た目も薄汚れてはいない。
だが、やはり誰もがハイティーン以下の子供である。成人が見当たらない。
街にはショップやアパートメントが並んでいる。
古い時代の建物のままなのだろうが、営業しているショップもあった。
材料があり子供でも作れる物で、売れるほど大量に生産出来る物なのだろう。
まずキャンドルショップ、その隣は……。
「そう言えば暖炉とかストーブとか使うなら、必要だよな。他のエネルギーは技術が要り過ぎるし」
エネルギーショップ――薪が売られているのか。
買う子が居ると言う事は、その子は森で薪を集めるより、他に優先してやる事があるのだな。
――キース達の町だって、家畜の飼育とか農業とかやってたもんな。
陽成は資本主義システム以外を知らないけれど、やはり社会生活は商売が基本なのだろうか。
子供だけで貨幣価値を安定させるとか難しそうだけど、そうでもなかったりするのかな。
そう言えば政治や経済での外交は、どうなっているのだろう。
考えれば考えるほど、不思議な事がたくさんある。国内だけで社会を回す事は出来るのか。
――いや。子供しか居ないのなら、ヘタに外交なんかしちゃいけないかも。
国外に大人が居るとすれば、かつてのアフリカのように奴隷として輸出されかねない。
子供しか居ないと言う事は、軍事力など低過ぎるのだろうし、それでは国と国民を守る事など出来はしない。
――考えてみれば、例え狡猾だろうが〈優秀な大人〉と言うのは、国にとって必要なんだなぁ。
綺麗事だけで世界が出来ているわけではないのだろう、陽成の住んでいる現実世界は。
「失礼だが」
背後から声がして、陽成は振り向いた。
そこにはジャケットスタイルの制服らしき物を着た、高校生くらいの男が立っていた。
胸ポケットにエンブレムが刺繍してある。布も古そうだし、着古しているのが一目で分かる。
だが彼は姿勢よく立っていて、きちんとした教育を受けた人間である事がすぐに分かった。
――人って躾を受けるかどうかで、こんなにも違うんだな。
「おふたりはどちらの国の方か、聞かせて欲しい」
「日本です」と巳央は答えた。
「ご旅行ですか」
「そうです。異国の文化を勉強しています」
彼の目つきはとても鋭く、ケンカ腰で怒鳴って来たサミーより迫力がある。
「この国はとても統制されているようだ。まだこの地に足を踏み入れて数分も経ってはいないのに、職務質問を受けるとはね」
「失礼。だがこちらにも少し事情があるのだ。不快な思いをする前に、ここから離れた方がいいと忠告させてもらおう」
「外国人が散歩すると、捕まりますか」
「そのような事は無い。だが、何事にも例外はある、とだけ言わせて頂く。では失礼」
背中を向けた彼に巳央は「ちょっと待って」と言った。
彼は足を止め、振り向いてくれた。
「ここの図書館は、どちらです?」
「この道を少し進んだ先に、階段がある。上ると広場があって、その突き当たりの建物のひとつが図書館だ。では」
「どうもありがとう」と微笑み、巳央は彼に小さく手を振った。
そして振り向きざまに真顔で「だってさ」と言った。
「図書館に行くの?」
「何なりと情報はあるだろ」
「古い情報しかないんじゃないのかな」
巳央は歩き始め、陽成も後を追う。
「だが街を歩いたって、得られるモンはあまり無いだろ。どうやら俺ら監視されてるみたいだし、なら、図書館の方が少しマシじゃん」
階段を上る。
陽射しが降り注ぐ広場には、小さいバザールが広がっていた。
野菜やフルーツが並んでいる。客も商売人も、全員が子供だ。
――子供用のお買い物イベント会場みたい。やっぱり不思議な光景だなぁ。
シンボルツリーのような一本の大きな木があって、その手前にバザール、奥に建物が並んでいる。
ゴシック建築、と言うのだろうか。重厚な雰囲気のデザインだった。
そこに出入りする人は結構多い。
「へぇ? 役所が機能してるんだな、一応。これは驚いた」
「役所? どこが?」
「あの左の建物だよ、図書館に比べたらシンプルなデザインだな。図書館は宗教施設の流用みたいだ、修道院とかのさ」
「ふぅん」
うさぎが小坂を利用してまで、元に戻したい世界。
それにデズモンドもあまり異議を持ってはいないみたいだった。
こうやって頑張っている子供達が居るけれど、それでもやはり無理なのだろうな。
「みんな勉強して、どうにか踏ん張ってるようだ。でもやっぱムチャよな。こんな状態、そう続くとは思えない」
「いや、続いてるんじゃないの? キース達の話じゃ、もう長い期間、彼らだけだったみたいだし」
クスッ、と巳央が苦笑いを浮かべた。
「それは〈陽成基準の時間〉だな。他に比べられる〈物差し〉をお前は持ってないから仕方ないけど」
確かに、自分の感覚で言ってしまった。
でも言われてみればそうである。
例えば「十年」は陽成にとってもの凄く長い時間の単位だが、歴史にとってはきっと、あっという間の事なのだろう。現に大人達もそう言っているし。
「とりあえず図書館に入ってみよーぜぃ」
巳央が歩き始める。
陽成はいつものように彼を追いかけた。
最上階まで吹き抜けの建物だった。
各階の本棚が、一階から見上げられる。
壁と見間違うほどの面積が、本の背表紙で埋め尽くされている。それが、見上げるほどにある。
各階層の本棚が、ここから見えている分だけのはずはない。
今、陽成の目に見えているのはそれこそ、本棚の〈一面〉のはずだ。
――なんて空間だ。うちの地元の図書館なんて、ここに比べたらラーメン屋さんの本棚レベルだ。
入り口には総合カウンターがあり、エントランス前から見て左手が閲覧席のようだ。結構混雑している。
巳央がホール見取り図を確認してから、最上階のフロアに向かった。
上に行くほど利用者は少ない。
郷土資料コーナーでいくつかの棚を通り過ぎ、突然立ち止まる巳央。
「あった」と呟き、背表紙に指先を伸ばした。
「ん? 何の本?」と小声で話しながら巳央に近づく。
「王家に関する資料な。キースが言ってたろ、王族が居るって」
いつもより遥かに穏やかな声を出す巳央。
図書館は、彼でさえ気を遣うアカデミックな場所である。
「それで何を調べるの」
「そうねぇ……何か手がかりに巡り会えるといいねぇ。お前はお菓子のレシピ集でも見てればぁ?」
自分にも調べろとは言わないのか。
そりゃ巳央みたいに特別な能力は持っていないし、小坂以下の感性なのだろうけど。
でもそうハッキリ「お前は向こうで遊んでろ」と言われると、少し寂しい。
役立たずなのは分かっているつもりだけれど。
だがそんな不満を巳央に伝えても仕方の無い事だ。
現に陽成に出来る事など無さそうだと、自分でも思うのだし。
――実用書のコーナーか。何階かな……。
陽成がその場を離れようとした時。
「何冊か見繕ったら、戻って来いよ。迷子になられても困るんだから」
「う、うん……」
また、子供扱い。
「バッチリ勉強しとけ。帰って作ってもらうの、楽しみにしてるからな」
そんな言葉で少し、心が元気になる。
「うん、分かった」
自分は単純だ。こんな簡単にコントロールされてしまっている。
「マズかったらレシピのせいじゃなく、アレンジすら出来ないお前のせいな」
「う……っ」
「陽成、『はい』は?」
そんなの、納得出来ない。
確かにレシピを見れば、ある程度のイメージは出来る。
それを自分なりに味を整えるくらいなら、出来なくはないと思う。
陽成は巳央の真横に立って、言った。
「命令じゃないのなら、僕は巳央のために努力する。でも命令されるのなら『はい』なんて、絶対言わないっ」
小声で、強く言った。
巳央はくだらない物を見るような流し目で、こちらを見ている。
そして口を歪めて小さく笑った。
「〈命令〉ねぇ……。俺、何か陽成に命令した事ってあったっけ?」
「え。無かったっけ?」
はぁ、とため息を吐かれる。
「この程度の事でそんな反応するとはな。どうした? 心がささくれてんじゃないのか?」
否応無く昔の事を思い出すような事に巻き込まれているのだ。
イライラしていたかも知れない。
「いいか陽成。俺はいつだって、どこでだって、誰と居たって〈お前の知ってる巳央〉だぞ。それ以上でも以下でもない。〈お前の知ってる俺〉だ。そうやって、拗ねて見せたってムダだからな」
「ムダ、って……」
――何が?
「声、出すなよ」
そう言って巳央は、瞬時に陽成の背後に回り、そして。
陽成の両足の間から頭部を出した。
――…………は?
気付くと自分の身体は彼の両肩に持ち上げられ、抱え上げられていた。
肩車、である。
――ぎゃ……! ちょっ……ちょっと!
「何やってんの、こんな所でっ」
小声で猛抗議する。
彼のデコにしがみつきながら。
「だってお前、コレやるとすぐ機嫌直すだろ」
ぴょんこぴょんこ、と弾んでいる。
子供の頃より重心が高いからだろうか、落ちそうで怖い。
「止めよ、止めよって! こんなの見られたら、恥ずかしくて死んじゃうよっ!」
「誰も来ねーだろ、こんなトコ」
「そんなの分からないよっ。僕達が監視されてるって言ったの、巳央のクセにっ」
「ウケてもらえるかも知れねーだろ。ガキのツボなんてどこにあるか分からないモンだ」
「うっウケ狙ってどうすんの!」
「ハグられるよりマシだろーが」
「あああ当たり前だっ」
「じゃあ甘んじて受け入れろ、これが俺達だ。羞恥心なんか捨てろよ」
すると巳央は陽成を抱えたまま、クルンクルンとスイングし始めた。
――こっ怖い……っ!
遠心力で振り落とされそうになる。けれどそのまま、二~三分振り回されて。
気付くと陽成は状況に慣れていた。
「……異世界の図書館で何やってんの、僕達」
「さぁ? でもどこに行っても俺達は俺達だからなー」
そしてもっと冷静になれるまで、陽成はそのまま肩車され続けて。
フと、思い出した。
――そう言えば巳央は人間の男ではなく、妖異だったんだよね……。
いつも何だかどこか小さく噛み合ないような、不思議な気がするのは、そうだ。
彼はヘビだったのだ。
今更ながら、改めて思った。
中庭のベンチの前に立ち、思い切り深呼吸をする。
図書館は便利だけれど、あの雰囲気はとにかく肩が凝る。正直苦手だ。
陽成だってそんなにはしゃぐ方ではないが、咳払いのひとつが目立つ空間は、ちょっと独特過ぎる。
「はー……。で、何か分かった?」
巳央は足を組んで座り、両腕を背もたれに掛けている。
その横に陽成は座った。
「んー。王族の大人達も居なくなったとして、子供は居るのか調べてみた。未だ玉座に名を残している王には、ひ孫に当たる王女が居るな」
「ひとりだけ?」
「いや、継承権から遠い子供達もそれなりに居るみたいだ」
「ふぅん。じゃあここがこんなにも頑張っていられるのは、その人達が活躍してるから?」
「ロイヤルデューティか……それはどうだろ? 多分この国の王は政治のトップなんだろうけど、いつだってそれを狙う人間は存在するはず。でも大人になったら消えてしまうこの国の子供達が、それを本気で獲りに行くかな? 王族のガキとは言え、国の為に無償で力を貸す人間がどれだけ居るんだか」
権力の濫用は、我欲を満たす事。
だがそんな現状は、この世界で長く持てない。自分の方が消えてしまう。
いくら自分の欲のためとは言え、それを入手する努力と、それを振り回せる期間を天秤にかけた時、どちらがマシだと考えるだろう。
もし玉座から遠い人間がそれを手に入れようとするならば。
それに費やされる努力はきっと、膨大なエネルギーを必要とするだろう。
手に入れた時点の残り時間など、ゴミみたいなものではないだろうか。
そんな事に自分の人生を使い果たしたい?
陽成なら、そんなのゴメンだ。
努力とか苦労とか、無意味に経験したくはない。
努力が実ったとしても、一瞬にしてその権力は散る。
「〈そんなヤツ〉は多分きっと、この世界では最初から努力なんかしない。ここを支えているのは、次世代に国を繋いでゆきたいと考える〈クソマジメ派〉だ」
「面白そうな話をしているな?」
陽成は驚いて、振り返る。
さっき声をかけて来た男がそこに居た。
「そいつみたいな、な」
驚きもせず、巳央は苦笑いを浮かべる。
陽成の背後から男は姿を現したのだ。
チラチラと陽成に視線を合わせていた巳央には、彼が見えていたのかも知れない。
「確かに異国の事を調べているのだな。熱心な旅行者だ」
「どうした? 本に書かれているこの程度の事を調べられただけで苦痛を感じ、姿を現したのか?」
「いや……。ところでそんな事を調べて、どうするつもりだ?」
「こっちにも事情があってなぁ~、〈ここ〉をこのまま放置しておくわけにはいかないんだわ。それではここで問題です。俺達はこの国をA・破壊しに来た。B・復興させに来た。さてどっち?」
「単なる破壊なら、この国の事など調べる必要は無いな」
「なら、助けに来たとでも?」
「目的のある破壊なら、下調べは必要だろう」
「ははっ。そりゃそうだ」
巳央は立ち上がり、彼の前に立った。
「そろそろ新しい情報が欲しかったんだわ」
「私が?」
「そう。俺達に付き合う気はないか?」
「どこへ行くつもりだ」
巳央は笑ってひと呼吸置き、囁いた。
「王女の寝室さ」




