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■05■
翌朝、キースと巳央に叩き起こされ、陽成は朝食を作らされた。
サミーの自宅で、だ。
とりあえずパンケーキモドキを焼いて、お茶と共にリビングのテーブルに運ぶ。
全員で食事をしながら、巳央がこれからの予定を話す。
「首都へ行ってみよ。そこもきちんとした運営が出来てるとは思えねーけどな」
「遠い?」と聞く陽成に、巳央は「遠い」と即答した。
それを聞いた小坂が「うっ」と息を詰まらせる。
女の子に長距離移動はシンドいだろう。
「何反応してんだよ、小坂はここに残れ」
「えっヤだどうしてっ」
「こいつらに勉強教えてやれ、何でもいいから役にたちそうなヤツ」
巳央は視線でサミーを指した。
サミーがお茶を器官に流してしまったらしく、咳き込み始める。
「字も読めないんだ。だから書物を自力で読みこなす事が出来ないみたいでさ」
「ABCから教えろって言うの? まぁ、英語は嫌いじゃないからいいけど」
「英語、なのかなぁ~?」と巳央が言う。
「え、イタリア語? フランス語? ならムリよ」
巳央がぽん、と一冊の本を小坂に投げ渡した。
「何よ」
「そこの棚に入ってた本だ、内容は知らね。ちょっとお前、読んでみろ」
「え~……読めないでしょ」と言いながら、パラパラとページを捲る彼女。そして。
「ん~。『……つまりそう結論づけた彼の判断は間違っていたのだ。その定義は以下の通りである』――何コレ。読めるっ」
「外見がどぉ見ても日本人とは違うコイツらとさァ、自然に会話出来るようなスキルを、小坂も陽成も持ってないだろ。こいつらだって同様だ。自国の字も読めないのに、日本語会話をマスターしてるわけないよな」
それは、確かに。
「だから今の俺達は、互いに〈意味〉をやり取りしている。分かるか?」
陽成は巳央から、よく聞かされて来た。
呪文とは〈意味〉なのだと。
〈神の名〉とは〈意味〉なのだと。
彼らとの意思の疎通も〈意味〉なのだと、巳央は言っている。
〈意味〉だから言葉が通じて、〈意味〉だから文字が解読出来る。
「俺達同士は〈記号〉のやり取り、こいつらとは〈意味〉のやり取りだ。小坂、分かるか?」
小坂は首を横に振った。
「分からないなら仕方ないな、それはまぁいいや。とにかくさ、俺達余所者がこの国の文化を伝えられるわけがないし、字を教える事は出来ないだろ。だからさ、それ以外の事を教えてやれよ」
「具体的にはっ?」
「数字は同じみたいだったから、昨日はかけ算までやった」
「一日でぇ? サミーくん凄いね」
小坂の褒め言葉にサミーが照れ笑いをする。耳まで赤くして。
「うん。コイツ飲み込み速いんだよな。だからこのまま放置しとくのはもったいないと思ってさ……残酷だよな、知識や歴史が受け継がれないってのも。国の息の根を止める事が出来るんだぞ」
今。刻一刻と、ここは衰退へと向かっている。
「国家は大きな家族だ。小坂、分かるよな? 家庭が壊れそうになった時の恐怖を覚えてるだろ」
「……忘れられるわけないじゃない」
「だから今日一日、コイツら頼むな」
そう。たった一日。
いつ日本に戻るかは分からないけれど、自分達は決して〈ここ〉に長居するわけではないのだ。
何かを伝えられるのは〈今〉しか無い。
「う……分かった。私に何が出来るのか、ちょっと考えてみる」
「よし、じゃあ頼むな。陽成、もう行くぞ」
巳央は立ち上がった。
するとキースも「一緒に行こうか」と立ち上がる。
「いや、お前はいつものように〈ここ〉を守れよ。〈柱〉はフラフラすんな、みんなが少しでも安心して過ごせるようにな」
陽成と巳央は町を抜け出した。
森へ続く道を歩いていると、巳央が「そろそろいいかな」と呟いた。
何の事だろうと思った時、彼は地面を蹴った。
その身体がスウッ、と宙に浮く。
陽成の頭部より高い位置に巳央のスニーカーがあり、彼はその位置をキープしている。
いつものジャンプとは、なんだか違うではないか。状況が。
そして彼は少しだけ降りて来て、スッと腕を差し出して来た。
「おいで、陽成」と微笑んで囁く。どう言う事だろう。
「早くおいで。時間が無い」
――と言われても。
意味が分からず、でもそのままおずおずと右手を差し出す。
すると腕が強く引っ張られ、抱き上げられた。
宙、へ。
――う・わ・あっ!
自分の身体もその高さをキープしている。
巳央に強く抱きかかえられて、ではない。
浮いているのだ、自分の身体も。
理解が出来ずに硬直する。高い所は得意ではなかった。
「この世界での俺達は、これが本来の姿だ。地面を歩いていたのは小坂をパニくらせないためと、固定観念だな」
左腕を強く引っ張られて宙を進む。
巳央がどんどん高度を上げ、引っ張られている陽成の視界も広がってゆく。
森の上空を飛ぶ。眼下に飛ぶ鳥が見えた。
「ま、待って巳央っ。あまり高い所まで行かないでっ」
まさか飛行機の高度までは行かないだろうけど、ちょっと怖くなった。
巳央は時々、無茶を平気でやってくれるから。
「おう、そんな無駄なエネルギーは使わないわ。高度より速度だな」
巳央は少し意地悪そうに笑い、言葉の通りスピードを上げた。
空気の音がうるさく、呼吸もし難く……なりはしなかった。
――あ、あれっ?
まるでアレだ。リニアカー。音も無く滑らかで速い。
「今の俺達はアストラル体。星の世界にすら旅立てる。だから〈ここ〉の首都へも一瞬だ」
一瞬、と言うのは大げさだった。
だが、そんなに間違ってもいない。
幾つもの町を確認し、街道など関係無く、森も山も飛び越える。
自分はピタリと宙に浮いたまま、周囲の映像が背後に流れているような、そんな感じであった。
「そう言えばお前、小坂と手でも繋いで寝たのか」
空を飛びながら突然、巳央が聞いて来た。
あまりにも唐突で驚いて、身体がビクンと反応する。
左腕は巳央に握られたままだ。
クイッ、と引き寄せられた。
――こ……怖い。ちょっと。
「てっ手、なんか」
繋いでなんかいない! と、嘘をつこうとした。けれど。
「体温が上がったな。脈も異常だな。嘘ついてんじゃねーぞ」
――くそぉ……!




