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星空の海辺に  作者: あおい
04
13/23

04-5

 彼らが部屋を出てからすぐ、ひとりの女の子が姿を現した。

 キッチンの入り口から顔を半分だけ出し、こちらをジッと見つめている。シャーリーだった。


「どうしたの? 入っておいでよ」


 笑いかけると彼女はにこっ、と笑って入って来た。


「そうだ、今これ作ってるんだけど、食べてみる?」


「いいの?」


「勿論だよ。みんなに食べて貰うために作ってるんだからさ」


 シャーリーは頬を染めて、陽成の元へ駆け寄って来た。


「あー、でもまだ待って。食べるのはこれが出来上がってからね。その前に、手を洗って来て」


「え?」と不思議そうに小首を傾げる。


「僕のお菓子は手を洗ってからでないと、食べてはいけないんだ。そう言う決まりなの」


「うん、分かった! ……いっぱいある? いっぱい食べていい?」


「いいよ。ミルクパンをふたつも使って作ったんだもん。全部食べてね」


 するとシャーリーはキッチンの出入り口の方に向かって。


「みんな、いっぱいあるからいいよって!」


 その瞬間、廊下から女の子の集団がズラリと姿を現した。

 シャーリーより幼い子から、キースより年上に見える子まで、各年齢が揃っている。


 ――うわあっ! ……うちのクラスの女子より多いんじゃないの。


 二十人くらいは居るだろうか。数の多さに気後れしそうになる。だが。


「……えっと、手っ。手を洗って。何よりもまず、手を洗って来てっ」


 きゃあきゃあワイワイ騒がしい子達に向かって、陽成は一生懸命声を出した。

 ここで負けてはいけないのだ。



 六人がけのテーブルセットには、収まりきれない彼女達。

 小さい子達は走り回ったりしているが、年上のお姉さん達は着席して会話をしている。

 ひとつのイスに半分ずつ腰掛けたり、お姉さんが小さい子を抱っこしたりもしている。


 デズモンドやサミーやキースとは、全然違う集団だった。

 本当に〈ここ〉の住人なのだろうか、この女の子達は。陽成のクラスメート達と、雰囲気があまり変わらない。

 ある意味、怖いではないか。


 ――ミルクパンふたつ分じゃ、全然足りないじゃんっ。


 焦って再び果実に手を伸ばす陽成。ジャムを追加だ、追加。


「あ、あのさシャーリー。パン、どこにあるか知らない? これね、パンにつけて食べる物なんだよ」


「パン? ウチにある。持って来ようか?」


「そう? でもこの人数で食べるんじゃ足りなくない?」


「すぐ焼けるもん」


「そっか、すぐ焼けるのか……それなら……え?」


 ――ちょっと待って。僕の知ってるパンは、すぐ焼けない……あ。


 名称が同じだからって、その物が同じとは限らない。


 ――小麦……すぐ焼ける……。


 陽成の頭にはクレープ生地しか浮かばなかった。それも卵やバターや塩など何も入っていない、ただ水に溶いて焼いただけのヤツ。


 ――加工品の話してたからなぁ、思い込んでしまったぁ~。そっか、そっかあぁ~。


 どう言う物か確認したいから、とりあえず持って来てもらう事にしよう。それから。


「シャーリー、ここにストックしてある小麦粉は、これでいいのかな」


 棚の中にあったケースを取り出す。


「うん、多分」


「そうよ、それが小麦粉よ。可愛い顔のお兄さん、お手伝いしましょうか?」


 声の方を見ると、男物のシャツを羽織った黒髪の少女がこちらを見ていた。

 背中くらいまである長い髪をポニーテールにし、涼しげな瞳で微笑んでいる。


 ――かっかわ……いい?


 そう言えば小坂にも言われた。

 いやでもあれは、宿題に泣いていた子供時代の陽成の事だから、顔が可愛いとか言われたわけじゃない……けど。


 聞き慣れない褒め言葉に、頭が混乱しかかる。


「そ、そうか。よかった、ありがと。ベーキングパウダー……なんて、あるわけないよね。ははっ」


「ベーナントカは知らないわ。でも手伝うから。さぁ、何か指示して」


 ぴたり。と真横に並ばれた。


 陽成が一歩、彼女から退く。

 すると追い打ちを掛けるように、また一歩彼女が近づいて来た。

 パーソナルスペースを攻められるのって、息苦しくてイヤなのに。


「う、あ、えっと……名前、は?」


「デイジーよ。あなたは?」


「僕は、陽成」


「ヒナ! 優しくて可愛い響きだわ。ね、ヒナ」


「デイジー、もうちょっと、距離を」


「ちょっとデイジー、あんた抜け駆けする気っ?」


 ――へ?


 長いブロンド髪の女の子が、デイジーの身体を背後から引っ張った。

 それと同時にシャーリーも「ヒナ、わたしもお手伝いするっ」と志願してくれるのだ。


「あ……りがとシャーリー。パン、よろしく」


「ヒナっ、あたしにも!」


「じゃデイジー、卵持って来て……」


「わたし、にはっ?」


 今度はブロンドの子だ。


 ちょっと待って欲しい、いきなり何なのだ。

 甘い香りが彼女達を元気にしたとでも言うのか?


 ――いや、待て。落ち着くんだ。本当に手伝ってくれると言うのなら、バター作らせちゃえ。


 以前、生クリームを使い遊びで作った事があるが、あれは時間かかるし、疲れるし。


 ――家じゃペットボトルに入れて撹拌したけど、ここにはボトル……。


 見回すと、ガラスのビンなら床の端に置かれていた。それこそジャムが入っていたような、広口のビンだ。


 ――煮沸消毒すれば使えるかな。


「じゃあきみ、さ」


「コンスタンスよ!」


「じゃあコンスタンス、よく聞いて」


 陽成は彼女に手順を説明した。

 大きな鍋に湯を沸かす事、ビンを入れて殺菌する事、それからミルクを入れて液体を振り続ける事――。


「とても時間が掛かるんだ、腕も疲れるよ。だからみんなで協力し合って頑張ってくれるかな」


「オーケー、任せて。あなたと仲良くなれるなら、頑張る」


 ――……え?


「や、やだっ。あははっ。じゃあガーデンの方にあるカマドでビンを消毒して来るわ」


 キャーッ、と声を出しながらコンスタンスはキッチンから出て行った。


 くすっ、と小さく笑う息がテーブルの方から聞こえた。

 陽成がそちらを見ると、全員がこっちを見ていた。思わず息が止まりそうになる。


「あなたも大変ね。素敵な男の子が来たって、あの子達大はしゃぎしてたのよ」


 一番年上っぽい、落ち着いた雰囲気の人がそう言った。それでも二十歳にはなっていないだろう。


「私はもうひとりの方がタイプかな~」


 彼女がそう言うと「わたしも!」「あたしも!」と次々に声が上がる。


 もう一人とは、巳央の事だろう。

 彼が女の子に気に入れられる事は、珍しい事ではない。

 銀と青の派手な色彩でキラキラしているし、顔の配置だって完璧だと思う。


 でも自分は、陽成は。

 特別にどうと言う事もない、普通どころか地味なのに。


「ヒナもだけど、ここには居ないタイプだもんね」


 ――そうでしょうね。


 珍しいから目立っているだけか。なら、自分なんかが注目されてしまうのも理解出来る。


「ねぇヒナ。彼の名前、教えてよ」


「巳央、です」


「そう、ミオって言うの。明るい響きね。好きだわ」


「友達にはミオきゅん、って呼ばれてました」


「ミオきゅん? ――わけが分からないわ」


「そうですよね。僕もそう思います」


「ふふっ。ヒナも可愛い」


 からかわれているのかも知れない。

 女子と対等に会話を続けられるなんて、思わない方がよさそうだ。



 シャーリーの持って来てくれたパンを食べてもらい、その後、蜂蜜や卵やバターや木の実などを練り込んで適当に焼いたパンモドキを作って、彼女達に食べて貰った。


 何人も食べ物に興味を抱いてくれて、作り方を聞いて来る子も何人かは居た。

「今度、教えてね」と言われたけれど、今度っていつだろう。

 自分達はここに、そう長居はしないと思うのだが。


 とりあえずみんな、喜んで帰ってくれた。

 食事会と言うよりティーパーティーだったが、盛り上がってくれて良かった。

 だが、疲れた。


 陽成はテーブルの上に〈余り物〉ではなく、〈取っておいた物〉をセッティングする。

 巳央とキースとサミー、そして小坂の分である。


 みんな頑張っている。自分に出来る事は、これくらい。


 ――掃除を手伝う暇も無かったな……もう夜だよ。


 古い柱時計が何度か鳴った。

 見に行けばきっと今の時刻も分かるだろうが、まだ手は離せない。

 湯を沸かしてお茶を淹れるのだ。


 その時、かたん。と小さな物音がして、キッチンの入り口に小坂が姿を現した。

 その表情は少し、疲れているようだった。あのリビングをひとりで何時間も掃除していれば、疲れもするだろう。


「あ、ちょうど良かった」


 久々に見る小坂の姿に、ホッとする陽成。

 見知らぬ女の子達に囲まれて、すごく心細かったのだ。


「こんなのしか作れなかったけど、食べて」


 小坂はため息を吐きながら小さく頷く。

 そして「手を洗って来る」と呟き、行ってしまった。


 いそいそとセッティングを終わらせた陽成は、シンクの片付けに取りかかった。

 鍋も皿も、洗い物がいっぱいだ。出すのに忙しくて、片付ける暇など無かったから。


 ――疲れた。


 でも自分より小坂や巳央達の方が疲れているだろう。

 男子組はまだ戻って来ないし。


 ――そんなに読みふける文献でも発見したのかな。


「あの、湯山くん」


 小坂の声に「なに」と振り向く。


「シャワールームを見つけたの。使えるみたいだから、シャワー浴びて来る」


「え……でもお湯が出ないんじゃないの?」


「全身埃まみれだと思うから、そのままはイヤなの。冷たいのくらい我慢する……じゃあ」


 ――でも大丈夫かな……。風邪なんて引かなきゃいいけど。アストラル体とは言え、寒いものは寒いし。


 正直、ここは肌寒い。

 日本も秋でそれなりに涼しかったけれど、ここはもう少し寒いのだ。


 ――水を浴びる、って事だよね……。


 そして再び、同じ制服を着るのだろうか。

 埃みまれと言うなら、服の方が汚れていそうだが。


 ――この家、女性は居なかったのかな。


 陽成は洗い物を一時中断し、燭台を持って二階に走った。

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