04-5
彼らが部屋を出てからすぐ、ひとりの女の子が姿を現した。
キッチンの入り口から顔を半分だけ出し、こちらをジッと見つめている。シャーリーだった。
「どうしたの? 入っておいでよ」
笑いかけると彼女はにこっ、と笑って入って来た。
「そうだ、今これ作ってるんだけど、食べてみる?」
「いいの?」
「勿論だよ。みんなに食べて貰うために作ってるんだからさ」
シャーリーは頬を染めて、陽成の元へ駆け寄って来た。
「あー、でもまだ待って。食べるのはこれが出来上がってからね。その前に、手を洗って来て」
「え?」と不思議そうに小首を傾げる。
「僕のお菓子は手を洗ってからでないと、食べてはいけないんだ。そう言う決まりなの」
「うん、分かった! ……いっぱいある? いっぱい食べていい?」
「いいよ。ミルクパンをふたつも使って作ったんだもん。全部食べてね」
するとシャーリーはキッチンの出入り口の方に向かって。
「みんな、いっぱいあるからいいよって!」
その瞬間、廊下から女の子の集団がズラリと姿を現した。
シャーリーより幼い子から、キースより年上に見える子まで、各年齢が揃っている。
――うわあっ! ……うちのクラスの女子より多いんじゃないの。
二十人くらいは居るだろうか。数の多さに気後れしそうになる。だが。
「……えっと、手っ。手を洗って。何よりもまず、手を洗って来てっ」
きゃあきゃあワイワイ騒がしい子達に向かって、陽成は一生懸命声を出した。
ここで負けてはいけないのだ。
六人がけのテーブルセットには、収まりきれない彼女達。
小さい子達は走り回ったりしているが、年上のお姉さん達は着席して会話をしている。
ひとつのイスに半分ずつ腰掛けたり、お姉さんが小さい子を抱っこしたりもしている。
デズモンドやサミーやキースとは、全然違う集団だった。
本当に〈ここ〉の住人なのだろうか、この女の子達は。陽成のクラスメート達と、雰囲気があまり変わらない。
ある意味、怖いではないか。
――ミルクパンふたつ分じゃ、全然足りないじゃんっ。
焦って再び果実に手を伸ばす陽成。ジャムを追加だ、追加。
「あ、あのさシャーリー。パン、どこにあるか知らない? これね、パンにつけて食べる物なんだよ」
「パン? ウチにある。持って来ようか?」
「そう? でもこの人数で食べるんじゃ足りなくない?」
「すぐ焼けるもん」
「そっか、すぐ焼けるのか……それなら……え?」
――ちょっと待って。僕の知ってるパンは、すぐ焼けない……あ。
名称が同じだからって、その物が同じとは限らない。
――小麦……すぐ焼ける……。
陽成の頭にはクレープ生地しか浮かばなかった。それも卵やバターや塩など何も入っていない、ただ水に溶いて焼いただけのヤツ。
――加工品の話してたからなぁ、思い込んでしまったぁ~。そっか、そっかあぁ~。
どう言う物か確認したいから、とりあえず持って来てもらう事にしよう。それから。
「シャーリー、ここにストックしてある小麦粉は、これでいいのかな」
棚の中にあったケースを取り出す。
「うん、多分」
「そうよ、それが小麦粉よ。可愛い顔のお兄さん、お手伝いしましょうか?」
声の方を見ると、男物のシャツを羽織った黒髪の少女がこちらを見ていた。
背中くらいまである長い髪をポニーテールにし、涼しげな瞳で微笑んでいる。
――かっかわ……いい?
そう言えば小坂にも言われた。
いやでもあれは、宿題に泣いていた子供時代の陽成の事だから、顔が可愛いとか言われたわけじゃない……けど。
聞き慣れない褒め言葉に、頭が混乱しかかる。
「そ、そうか。よかった、ありがと。ベーキングパウダー……なんて、あるわけないよね。ははっ」
「ベーナントカは知らないわ。でも手伝うから。さぁ、何か指示して」
ぴたり。と真横に並ばれた。
陽成が一歩、彼女から退く。
すると追い打ちを掛けるように、また一歩彼女が近づいて来た。
パーソナルスペースを攻められるのって、息苦しくてイヤなのに。
「う、あ、えっと……名前、は?」
「デイジーよ。あなたは?」
「僕は、陽成」
「ヒナ! 優しくて可愛い響きだわ。ね、ヒナ」
「デイジー、もうちょっと、距離を」
「ちょっとデイジー、あんた抜け駆けする気っ?」
――へ?
長いブロンド髪の女の子が、デイジーの身体を背後から引っ張った。
それと同時にシャーリーも「ヒナ、わたしもお手伝いするっ」と志願してくれるのだ。
「あ……りがとシャーリー。パン、よろしく」
「ヒナっ、あたしにも!」
「じゃデイジー、卵持って来て……」
「わたし、にはっ?」
今度はブロンドの子だ。
ちょっと待って欲しい、いきなり何なのだ。
甘い香りが彼女達を元気にしたとでも言うのか?
――いや、待て。落ち着くんだ。本当に手伝ってくれると言うのなら、バター作らせちゃえ。
以前、生クリームを使い遊びで作った事があるが、あれは時間かかるし、疲れるし。
――家じゃペットボトルに入れて撹拌したけど、ここにはボトル……。
見回すと、ガラスのビンなら床の端に置かれていた。それこそジャムが入っていたような、広口のビンだ。
――煮沸消毒すれば使えるかな。
「じゃあきみ、さ」
「コンスタンスよ!」
「じゃあコンスタンス、よく聞いて」
陽成は彼女に手順を説明した。
大きな鍋に湯を沸かす事、ビンを入れて殺菌する事、それからミルクを入れて液体を振り続ける事――。
「とても時間が掛かるんだ、腕も疲れるよ。だからみんなで協力し合って頑張ってくれるかな」
「オーケー、任せて。あなたと仲良くなれるなら、頑張る」
――……え?
「や、やだっ。あははっ。じゃあガーデンの方にあるカマドでビンを消毒して来るわ」
キャーッ、と声を出しながらコンスタンスはキッチンから出て行った。
くすっ、と小さく笑う息がテーブルの方から聞こえた。
陽成がそちらを見ると、全員がこっちを見ていた。思わず息が止まりそうになる。
「あなたも大変ね。素敵な男の子が来たって、あの子達大はしゃぎしてたのよ」
一番年上っぽい、落ち着いた雰囲気の人がそう言った。それでも二十歳にはなっていないだろう。
「私はもうひとりの方がタイプかな~」
彼女がそう言うと「わたしも!」「あたしも!」と次々に声が上がる。
もう一人とは、巳央の事だろう。
彼が女の子に気に入れられる事は、珍しい事ではない。
銀と青の派手な色彩でキラキラしているし、顔の配置だって完璧だと思う。
でも自分は、陽成は。
特別にどうと言う事もない、普通どころか地味なのに。
「ヒナもだけど、ここには居ないタイプだもんね」
――そうでしょうね。
珍しいから目立っているだけか。なら、自分なんかが注目されてしまうのも理解出来る。
「ねぇヒナ。彼の名前、教えてよ」
「巳央、です」
「そう、ミオって言うの。明るい響きね。好きだわ」
「友達にはミオきゅん、って呼ばれてました」
「ミオきゅん? ――わけが分からないわ」
「そうですよね。僕もそう思います」
「ふふっ。ヒナも可愛い」
からかわれているのかも知れない。
女子と対等に会話を続けられるなんて、思わない方がよさそうだ。
シャーリーの持って来てくれたパンを食べてもらい、その後、蜂蜜や卵やバターや木の実などを練り込んで適当に焼いたパンモドキを作って、彼女達に食べて貰った。
何人も食べ物に興味を抱いてくれて、作り方を聞いて来る子も何人かは居た。
「今度、教えてね」と言われたけれど、今度っていつだろう。
自分達はここに、そう長居はしないと思うのだが。
とりあえずみんな、喜んで帰ってくれた。
食事会と言うよりティーパーティーだったが、盛り上がってくれて良かった。
だが、疲れた。
陽成はテーブルの上に〈余り物〉ではなく、〈取っておいた物〉をセッティングする。
巳央とキースとサミー、そして小坂の分である。
みんな頑張っている。自分に出来る事は、これくらい。
――掃除を手伝う暇も無かったな……もう夜だよ。
古い柱時計が何度か鳴った。
見に行けばきっと今の時刻も分かるだろうが、まだ手は離せない。
湯を沸かしてお茶を淹れるのだ。
その時、かたん。と小さな物音がして、キッチンの入り口に小坂が姿を現した。
その表情は少し、疲れているようだった。あのリビングをひとりで何時間も掃除していれば、疲れもするだろう。
「あ、ちょうど良かった」
久々に見る小坂の姿に、ホッとする陽成。
見知らぬ女の子達に囲まれて、すごく心細かったのだ。
「こんなのしか作れなかったけど、食べて」
小坂はため息を吐きながら小さく頷く。
そして「手を洗って来る」と呟き、行ってしまった。
いそいそとセッティングを終わらせた陽成は、シンクの片付けに取りかかった。
鍋も皿も、洗い物がいっぱいだ。出すのに忙しくて、片付ける暇など無かったから。
――疲れた。
でも自分より小坂や巳央達の方が疲れているだろう。
男子組はまだ戻って来ないし。
――そんなに読みふける文献でも発見したのかな。
「あの、湯山くん」
小坂の声に「なに」と振り向く。
「シャワールームを見つけたの。使えるみたいだから、シャワー浴びて来る」
「え……でもお湯が出ないんじゃないの?」
「全身埃まみれだと思うから、そのままはイヤなの。冷たいのくらい我慢する……じゃあ」
――でも大丈夫かな……。風邪なんて引かなきゃいいけど。アストラル体とは言え、寒いものは寒いし。
正直、ここは肌寒い。
日本も秋でそれなりに涼しかったけれど、ここはもう少し寒いのだ。
――水を浴びる、って事だよね……。
そして再び、同じ制服を着るのだろうか。
埃みまれと言うなら、服の方が汚れていそうだが。
――この家、女性は居なかったのかな。
陽成は洗い物を一時中断し、燭台を持って二階に走った。




