04-4
キースに連れて行かれた先は、キッチンだった。
六人がけのテーブルセットにアイランド型のカウンター、そして立派な水回り。
確かに日常的に使用されているのだろう。
リビングとは違って生活感が有り、埃も被ってはいなかった。
カントリー調の棚が並んでいて、大量の食器が収められている。
見慣れない食品の箱なんかも並んでいて、思わず吸い寄せられた。シリアルやコーンスターチ、のようだ。
「そこら辺の箱、中身は入ってないぞ」
「えっ……そうなんだ。なら、どうして飾ってるの」
コーンスターチって不味い不味い、とよく聞くから、一度食べてみたかったのに。
購入してまで試したいわけでもないし。
「ディスプレイって言うのか? そーゆー飾り事をするの好きな奴が居るんだよ、アンティークなんだってさ、俺にはよく分からんが。食い物の加工品なんかもう、誰も作ってないよ。教えてくれる人も居ないしな」
――え?
「食事、どうしてるの」
家畜は居たし、品質を気にしなければ農業くらいはやっているだろう。
山や海に行けば果実とか魚とか入手出来るだろうけど。
「あぁ、小麦でパンくらいは焼くな」
「そうなんだ、ふぅん」
バリエーションが少なそうで、何だか寂しい話である。
「陽成。ナンか作れ」
「え? いや、勝手な事出来ないよ」
他人が台所に入る事の意味を、巳央は分からないらしい。
自分のテリトリーに侵入されて嬉しい主婦が居るだろうか。
――主婦? 居るの?
「ねぇ、ごはんは誰が作ってるの?」
「誰か。誰でも作る。適当にな」
男の手料理臭がプンプンして来たぞ。
もしかしてマトモに食事をしていないのではないだろうか。
「肉を焼いたり? 加工品を作ってないって、塩すらも無いって事?」
「塩って何だよ」
「う……わ、分かった。さと……いや蜂蜜くらいなら、ある?」
「あー、どっかあるんじゃないかな。女の子が好きだから、勝手に使ったら怒られるかも、だぞ」
――どこの世界でも女の子は甘い物がお好き、と。
教えてくれる人が居ない、と言っていた。
ここには大人達の気配が感じられない。親さえも居ないのか?
何が起こればこんな事態になると言うのだろう。子供達は生活しているのに。
こうなってしまっている事の〈原因〉……。
『俺達に原因は分からない』
さっきキースはそう言った。
分からなくても自分に生命がある限り、生きなければならない。
自力だけで生きる事は、きっと凄く大変な事なのだ。
陽成が漠然と思い巡らすよりも、きっと、ずうっと。
「あの、食材と台所、借りていい?」
「……いいけど」
「ありがとう」
キースの許可を貰えた。
陽成は道具や食材をチェックする。
火が使えて水が使えて……おや、そう言えばライフラインは使えるのか。
「あれ? このレンジ、ガスレンジじゃないのか」
「あー、それな。ガスの精製なんて出来ないから、俺達」
石が組んであって、焚き木を使うようになっている。
――き、キャンプレベルだな……僕に使いこなせるかな、ここのキッチン。
とりあえず湯を沸かし、見つけたハーブティーを彼ら三人に出した。
ハーブは育てている女の子が居るらしくて、お茶はそれを飲んでいるのだと言う。健康には良さそうである。
そして果実を見つけた。パンがあると言っていたし、ジャムでも作ろう。
そしてミルクと卵と蜂蜜で、カスタードクリームだ。
甘い物はともかく――塩。
「ねぇキース。近くに海、無いの」
「海とかって、聞いた事無い。それがどうかしたのか」
「う、ううん。別に」
聞いた事の無いレベルか。ならばとても遠いのだろう。
――醤油も無い、ソースも無い、味噌も無い。あああ!
陽成の頭の中に、あらゆる調味料が浮かんでは消えて行く。それら全て、ここには〈無い〉のに。
初めてではないだろうか。キッチンに立ってこんなにも、強い挫折を味わっているのは。
――大人が居ないんじゃ貿易、なんてやってるわけないか。
陽成は呆然として、鍋の中のクリームを練り続けた。
ねりねり、ねりねり。
そうだ。こんな時こそ、無心に還ろう。
ニンニクがあった。トマトもある。
簡単なガーリックトーストが出来るのに、肝心のオリーブオイルが……無い。
もうひとり自分が居れば、ミルクを撹拌させてバターを作らせるのに。
クリームの次はジャムを作るので、まだ作れない。
いや待て。ガーリックトーストって、バターで代用出来るものなのだろうか。
それは美味しい、のか?
陽成の頭の中は食べ物の思考を巡らせ、トリップ状態だった。
だがフと現実に戻った時、こんな言葉が耳に届いたのだ。
巳央の声で「この国のトップは誰なんだ」と。
久しぶりに戻って来た感覚だった。
そう言えば自分は見知らぬキッチンで、ネリネリ混ぜ混ぜしていたのだっけ。
鍋の中は……無事だ、焦げては居ない。最大に火力を弱らせてあるから。
使い慣れない場所で煮炊きする時は、火力を落とす事が一番いい。
「エンペラーか? キングか? プレジデントか?」
「王族が居たと聞いたような気がする」
「大人が姿を消したって、公務員はどうしてるんだ?」
「公務員?」
「国の為に働く奴らだ。司法行政立法……この国のシステムは知らないけど、まぁどこも似たような組織はあるだろ」
――三権分立ってヤツのアレだな。
「それもよく分からないなぁ」
「公務員が逃げ出すレベルか」
「いや、どうなんだろ……う~ん」
キースが考え込んでいる。
「まぁ大人が逃げたんだか、姿を消したんだか分からないが、子供は無事よな? お前らみたいに。他の地域でもそうなんじゃないのか」
「そうかも知れないけど、よく分からないよ」
「相互に連絡を取り合ったりしていないのか。異常事態だぞ」
「毎日色々と精一杯でな」
「じゃあ地図あるか? 地図」
「地図、ねぇ。どこかにはあるんだろうけど」
「この家なら書斎くらいあるよな?」
「ああ、確か二階に」
「よし、探すぞ。手伝え。居眠りしてんじゃねぇ、サミー。お前も来いっ」
「んあ? ぬあ?」
「あーあ、泣いて寝たからまぶた腫れてんじゃねーか。ブサイクだわー」
――あぁ、もう。ああ言う事いちいち言わないで欲しいなぁ。
陽成が振り向くと、巳央がサミーの腕を引っ張り上げている所だった。
キースの姿はもう見えない。廊下から足音が聞こえる。
陽成の視線に気付いたのか、巳央がこちらを見た。
「お前はそのまま、いい香りを出し続けていなさい。誰か来て興味を持ったら、メンドくさがらずにちゃんと教えてやれよ」
――そう言う意図があったのか。
「分かった」
「ほらサミー、本を見に行くぞ。本だぞ、嬉しいなあっ?」
「本なんか興味ないよ……字、読めないんだもん……」
寝ぼけた声で彼は呟いた。
そして一拍の間の、後。
「なっにー! マジか、ナンて事だっ。そこから仕切り直しが必要か、この国はっ!」
――もしかして地図があったって、ここの人達ってそれを読めないのでは……。いや、図形だからある程度分かるよね、いくら何でも。記号とかは意味を知らなければ分からないけど。
「ここの書斎に〈さんすうドリル〉なんて、無ぇんだろうなぁ……はぁ」
ため息を吐きながら巳央は、サミーを引っ張って行った。




