04-3
案内された家は立派だった。
立派だけれど鍵も掛かっていなくて、少年らはそれが当然のように扉を開け、中へと入った。
玄関から調度品が飾られている。壷だとか、アンティーク調の時計だとか。
左壁には少女の肖像画が掛けられていた。ローティーンの女の子がドレスを着て背筋を伸ばしこちらを見ている、バストアップの絵だ。だがそれも埃まみれで、長い期間放置されている事を語っていた。
グイッ! と陽成の袖が再び引っ張られた。
小坂がビクビクして、身体を寄せて来る。
「どうしたの」と小声で聞くと「だって虫とか居そうだし」と泣き声で答えた。
「虫が苦手なの? クモ? ゴキブリ?」
「ムカデだってカマキリだってバッタだって苦手よっ。平気な虫は……カナブンくらいかな」
カナブンが平気ならゴキブリやクワガタも平気そうなものだが。
――もしかしてゴキブリが〈ギラギラ〉じゃなく〈キラキラ〉してたら、平気? なのかも。色も黄金色とかさ。
陽成達が通されたのはリビングだった。
マントルピースの下は暖炉になっていて、煤で汚れている。
花柄が織り込まれている布製のソファとテーブルがセッティングしてあり、庭に面した方にはサンルームが続いている。
掃除さえされていたら綺麗なのだろうなぁ。と陽成は思った。
だが、埃まみれだ。
「ねぇ、窓開けるけどいいっ?」
小坂は少年達に向かって言った。
お伺いを立てると言うよりも、宣言である。
「お、おう……」
広くて大きい窓だった。日本の住宅の物とは違う。天井が高くて、その分窓も縦長い。
上に押し上げるタイプで、小坂が手間取っている。
陽成が手伝い、無事に窓が上がると、彼女は「ありがと」と呟き、小さく微笑んだ。
「ううん。この部屋埃っぽいから、他の窓も開けよ。あ、でも寒い?」
「平気よ、空気の入れ替えしよ」
ふたりで部屋中の窓を開け終わった時、室内にさっきまで無かった木製のイスが三つ、運び込まれていた。
そのイスは綺麗だった。埃を拭き取ってくれた物、なのだろうか。
――確かにあのソファには座りたくないし。
「キース兄さんが来てくれるまで、頼むからここで大人しくしててくれ」
「私達、暴れたりしないわ。ねぇ湯山くん」
「う、うん」
「折角イス持って来てくれたんだ。まぁ座ってゆっくりしよう……なんてな。お前らさ、この屋敷に普段から出入りしてんだろ?」
「えーっ、こんな埃まみれなのにぃ?」
「他の部屋使ってるんだろ?」
「どーしてそう思うんだよっ」と少年が口を尖らせる。
「ここ、村長だか町長だか、そーゆーヤツの自宅だっだんだろ? 周囲の家より二周りくらいデカいもんな。お前らが集会所にするなら、ある程度の人数を収容出来る必要があるわけだし。つまり、お前はバカ正直に俺達を案内してくれたわけだ」
「別にっ。集会する場所はココだけってワケじゃねーし」
「そりゃそーか。俺の推理なんか気にするな、はははっ」
「ねぇ、やっぱり窓を開けたくらいじゃ落ち着かないよ。お掃除しちゃダメ?」
少年は小坂の言葉に「はあっ?」と声を上げた。
「ナニ言ってんのアンタ? まさかここに落ち着こうってんじゃねーだろうなっ」
「滞在時間がいくらでも、こんな環境耐えられないっ。バケツ雑巾箒っ、早くっ」
「図々しい女だなっ、快適に過ごそうとかしてんじゃねえっ」
「雑巾くらい貸せないの? ケチっ」
「そー言うコト言ってんじゃねーだろ! 図々しいその神経どうにかしろよっ」
「うるせぇ! 掃除道具セットくらい、黙って貸しやがれ!」
巳央は少年の耳元で怒鳴りつけた。
少年は耳を手で押さえ、半泣きになって廊下に消えた。
「何も泣かせる事ないじゃん、可哀想だよ」
「いやだって、グチグチうるせぇからさ、つい……」
「彼らにとっては僕達、余所者で敵かも知れないのに」
「けど雑巾くらい貸してくれてもいいだろ、それでこっちが爆弾作るとかってわけじゃねーんだから」
カタン、と音がして、陽成は部屋の出入り口の方を見る。
さっき小坂が希望した掃除道具セットが放り込まれていた。
雑巾とバケツと箒が、フローリングに転がる。
陽成はそれらを拾い、巳央に箒を押し付け、小坂に雑巾を押し付け、自分はバケツを持った。
そして部屋を出ようと入り口に向かう。
「お前、どこ行くんだ」
「お水、要るでしょ。貰って来るから小坂さん、待ってて。巳央は掃除始めてていいから」
「いや、掃除するのは俺じゃねーし。ほら小坂」
「手伝ってよ、大掃除には男手が必要なの。高い場所の埃取りが一番最初よ。天井には届かなそうだから、壁の上からねっ。勿論シャンデリアもよ」
「おい、陽成っ。俺が掃除に巻き込まれようとしてるぞ、オイって!」
陽成は言い争う背後のふたりを振り返らず、そのまま部屋を出た。
廊下には目を潤ませた少年が、悔しそうな表情をして突っ立っている。
陽成は彼の前にしゃがみ込み、頬を流れている涙をハンカチで拭ってあげた。
「僕は陽成。きみの名前、教えてくれるかな」
少年は俯いたまま、返事をしてくれない。
「ごめんね。でも僕達は、きみ達を虐めに来たわけじゃなくて、話を聞きたかっただけなんだ」
「んだよ、話って」
思いきり鼻声だ。
「ねぇ、名前は?」
「……サミー」
「分かった、サミーだね。僕達がここへ来たのは、僕達の世界が〈何か〉によって少し歪んでしまったから。苦しくて原因を解決しようと思って〈ここ〉へ来たんだ」
そこまで言ってみた。
数秒待ってみても、彼からのリアクションは無い。
「でも〈ここ〉へ来てみたら、僕達の状況より酷いね……その原因を知りたいんだよ。もし知っているなら聞かせてくれないかな」
サミーは数秒、戸惑いの表情を見せた。
そして小さく顔を横に振った時、別の声が答えたのだ。
「俺達に原因は分からない。分かるならとっくの昔に、誰かが手を打ってる」
声は廊下の奥から聞こえた。
陽成が視線を向けると、そこには陽成と同じくらいの男が立っていた。
チェックのシャツにジーンズ姿だ。
その右手には、彼らには似つかわしく無い立派な剣が握られていた。
――サミーは棒を持っていたけど、あいつは本物の武器を持ってるんだ。まぁサミー、まだ幼いしな。
「シャーリーが知らせて来た〈客〉って、お前の事か」
「キース兄さんっ」
サミーは彼の元へと走り寄る。
「お前、こいつの事泣かせたのか!」
「えっ! ぼっ僕じゃな……」
「泣かせたのは俺だ。やっと話の出来そうなヤツが来てくれて助かったよ」
振り向くと巳央がリビングの扉を左腕で押さえ、立っていた。
扉がドンドン、と音をたてている。中から小坂が叩いているのだろう。
何か声も聞こえるけれど、よく聞き取れない。
「他の部屋に案内してくれよ。お前らがいつも利用してる部屋があんだろ? 俺は大掃除に巻き込まれるのなんかゴメンだからな」
「あっあの、僕は陽成、彼は巳央です」
「俺はキースだ。分かった、別の部屋に案内しよう」
そう言って彼は、廊下を奥に向かって歩き出した。
後姿をよく見れば、その髪が明るいブロンドだと気付く。
彼の身体もやはり、埃まみれで薄汚れて見える。湯船につかる習慣は日本独自のものらしいけど、これだけ立派な家なのだ。バスルームくらいあるだろうに。
――ヨーロッパ人はあまり入浴の習慣が無いって言ってたっけなー。フランス人とか、食事前に手を洗う習慣すら無いらしいし。
日本は清潔過ぎてどうのこうの、と言われるみたいだが、ある程度は清潔な方がいいと思う。
でも他国の文化は他国の文化だ。尊重すべきであり、余所者が文句を言う筋合いは無い。
文化とは、それぞれの土地に育まれて来た〈歴史〉なのだから。




